NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「中国海警法施行 日本はどう対応すべきか」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

沖縄県の尖閣諸島周辺で活発な活動を続ける中国公船が所属する、海警局の権限などを定めた法律が中国で成立し、今月1日から施行されました。法律は、国際法に反するとみられる内容を含んでおり、日本を始め、国際社会から懸念が示されています。

j210210_01.jpg

(「海警法」とは)
今月1日、施行された中国の海警法は、海警局を含む海警機関の権限などを定めたものです。中国公船は、東シナ海や南シナ海で活発な活動を行ってきましたが、これまで海警局の権限の根拠となる法律はなく、大まかな通達程度しかありませんでした。海洋権益の主張を強めるために、法律を整備したものとみられます。

j210210_02.jpg

その内容を見ていきます。法律では、①中国の「管轄海域」で、国家主権や海洋権益に危害を与える行為を予防、制止、排除するとし、②外国政府の船舶が「管轄海域」に入った場合は、強制的に退去させることができ、③外国の組織や個人に、主権や管轄権が侵害された場合には、武器の使用を含む一切の必要な措置を取ることができるとしています。
この法律の問題点の1つは、日本の主張する境界線を大きく超えて、「管轄海域」を主張する恐れがあることです。

j210210_06.jpg

法律には、「管轄海域」の定義はありません。ただ、中国は、大陸棚について、沖縄諸島の西側にある沖縄トラフまで主権的権利を主張していることから、「管轄海域」は、沖縄トラフの西側までの海域に及ぶと主張する可能性があります。
尖閣諸島周辺での海警局の活動は、日本の領海や接続水域などでも行われており、認められるものではありません。
中国は、この海警法で、尖閣諸島は「管轄海域」に含まれると主張し、海警局が、周辺で漁を行っている日本漁船を、「違法操業」として、拿捕や臨検を行うことを正当化するのではないかとみられています。
さらに、尖閣諸島周辺で警備にあたっている海上保安庁の船を強制的に排除することや、必要な場合には、武器を使用することも、想定しているものとみられます。
専門家は、多くの国が批准する国連海洋法条約では、領海や排他的経済水域などの海域を設けて、沿岸国の権利を細かく規定しているのに対し、海警法は、そうした規定を無視して、広大な海域を、あたかも中国の領海のように扱い、主権を行使しようとするものだと批判しています。
海警法は、国際法に基づく海洋秩序を否定している恐れがあり、日本政府は、中国政府に対し、強い懸念を伝えました。

(海警局を重視する中国の狙い)
それでは、なぜ中国は、海洋権益の主張拡大のため、海警局を重視するのでしょうか。
そこには、日本の自衛隊やアメリカ軍の介入を防ぎながら、尖閣諸島に対する日本の施政権にゆさぶりをかけるという、したたかな計算があるとみられています。

j210210_07.jpg

尖閣諸島をめぐって、日本とアメリカは、日米が共同で対処することを定めた日米安保条約第5条の適用があることを確認しています。中国は、尖閣諸島などに海軍などの軍を用いれば、日本の自衛隊、ひいてはアメリカ軍の関与を招く可能性があります。むしろ、行政機関としての顔も持つ海警局が前面に出て、日本の執行管轄権にダメージを与えたほうが得策だとみているという指摘があります。

(準軍事組織化が進む海警局)
国際社会で、海警法に対する懸念が高まっているのは、法律の内容に加えて、海警局が純粋な法執行機関の枠を超えて、準軍事組織化が進んでいるという事情があります。

j210210_10.jpg

中国の海警局は、共産党の中央軍事委員会の指揮を受ける武装警察、武警に属しています。そして、中国国防法は、「中国の武装力は、人民解放軍、武警部隊、民兵により構成される」と規定していて、海警局は、人民解放軍と並んで、武装力と位置付けられているのです。2018年1月、習近平国家主席は、海警局を含む武警について、「軍の統合的な作戦体系に組み込む」と発言しています。
さらに、装備の面でも、準軍事組織化が進んでいます。2015年7月、中国海軍は、フリゲート艦3隻を、主砲を撤去し、船体を海警局の船の色に塗り替えて、引き渡しました。大型艦の中には、通常は軍艦に用いられる76ミリの主砲を備えた重武装のものもあるほか、最新の船は、海軍のフリゲート艦をベースに、ほぼ同一の船体と推進装置を使用しているとの指摘もあり、大型化・武装化を進めています。
また人事の面でも、海軍出身者が海警局の主要ポストについていて、組織面、装備面、人事面で準軍事組織化が進んでいます。

(今後、尖閣諸島周辺で懸念されること)
法律の施行後、ただちに海警局が挑発的な行為に出るかは、予断を許しませんが、今後、尖閣諸島周辺で、懸念される事態とはどのようなものがあるでしょうか。

j210210_12.jpg

今月6日、海警局の船2隻が、尖閣諸島周辺の領海に侵入し、日本漁船に接近する動きを繰り返しました。中国が、海域で恒常的に公船を航行させる段階から一歩進めて、漁船の取り締まりという、法執行の段階に入ろうとしているという指摘があります。
海警法の施行を受けて、海警局が、今後、日本漁船に対する追尾や嫌がらせに加え、臨検などを行う可能性があります。また、それを阻止しようとする海上保安庁の巡視船との間で、偶発的な衝突が発生するおそれも排除できず、不測の事態に備えて、政府内で、対応を確認しておく必要があります。
さらに、菅総理大臣は、去年12月、海上保安庁の体制強化を進める方針を決めましたが、必要があれば見直しを行い、警備体制を万全にしておく必要があります。

自民党内では、海警局の準軍事組織化が進んでいることを受けて、武力攻撃には至らないものの、海上保安庁では対応できない、いわゆる「グレーゾーン事態」への対応の強化を求める声が出ています。

j210210_16.jpg

2016年8月、尖閣諸島周辺に200から300隻の中国漁船が、中国公船に守られながら押しよせる事案が発生しましたが、中国漁船の乗組員の中には、海上民兵が含まれていたとの分析もあり、「グレーゾーン事態」への危機感が高まっているとみているからです。

例えば離島に武装集団が上陸したような場合、政府は、自衛隊による「海上警備行動」及び「治安出動」を閣議決定し、自衛隊が対応することになっています。自民党の国防部会の幹部は、「治安出動」は、警察権の行使であるため、武器使用が、正当防衛などに限られ、不十分だとして、武器使用基準を緩和すべきだという考えを示しています。また、一定の条件で、平時から自衛隊が海上保安庁と連携して、警備に当たれるようにすべきだなどの意見も出ていますが、中国海軍に介入する口実をあたえ、事態をエスカレートさせてしまうとの批判もあり、様々な視点からの検討が必要です。

(まとめ)
海警法は、国際法に反してでも海洋権益の拡大を図っていく中国の姿勢を浮き彫りにするものとなりました。
南シナ海では、すでに中国の力による現状変更が次々と起きていますが、東シナ海では、そこまでは至っていません。その理由について、専門家は、「日本が、海上保安庁、自衛隊、日米安保という3重の構えで、妥協のない決意を示していることが大きい」と指摘しています。
「冷静かつ毅然と押し返す」という、日本のこれまでの方針を守るには、隙のない体制を整えておく不断の取り組みとともに、中国への働きかけや国際社会を味方につける外交努力が、これまで以上に求められると思います。

(梶原 崇幹 解説委員)

キーワード

関連記事