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「ロシア プーチン政権  反体制派弾圧に強まる抗議」(時論公論)

安間 英夫  解説委員

ロシアでは、毒殺未遂事件にあった反体制派の野党指導者が、帰国直後に逮捕、収監されることになり、不当な弾圧だとして内外から、プーチン政権に対する抗議の声が強まっています。
この時間は、プーチン政権がなぜ反体制派に強硬な姿勢をとるのか、その背景と課題について考えていきたいと思います。

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【繰り返された抗議デモ】
ロシアでは、先月下旬から3回にわたって全国各地で抗議デモが繰り広げられました。
治安当局は許可のない集会だとして厳しい取り締まりを実施。
参加者あわせて1万人以上が拘束される事態となりました。
一連のデモの規模・広がりは、プーチン大統領が、大統領に復帰することを決めた2011年から12年にかけて起きた抗議行動に続くものとなりました。

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【デモのきっかけは】
きっかけは、反体制派の野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(44歳)が逮捕されたことでした。
ナワリヌイ氏は、去年8月、国内を飛行機で移動中に突然体調を崩して意識不明の重体となり、ドイツの病院で治療を受けていました。
そして先月、ロシアに帰国したところ、空港で逮捕されました。
過去の経済事件で執行猶予付きの有罪判決を受けながら、居場所を知らせる義務に違反したというのがその理由でした。
さらに今月2日、裁判所がナワリヌイ氏の執行猶予を取り消し、禁錮3年半の実刑に切り替えると決定し、ナワリヌイ氏は収監されることになりました。

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【ナワリヌイ氏“毒殺未遂"事件】
ナワリヌイ氏について、ドイツ政府は、化学兵器に使われる神経剤による毒殺未遂事件だと発表。
国際的な調査報道グループも、ロシアの治安機関の職員のグループが関与していた疑いがあると発表しました。
さらにナワリヌイ氏が、グループのメンバーに政府高官の補佐官を名乗って電話したところ、このうち1人がナワリヌイ氏の「青い下着」に毒をつける作戦だったと認めたということです。

【プーチン“宮殿”を暴露】
さらに人々の抗議に火をつけた動画があります。
ナワリヌイ氏の調査チームが公開した動画です。
タイトルは「プーチンのための宮殿」。
ロシア南部の黒海沿岸に建設された豪邸をドローンで撮影しています。
建物の内部は、入手した写真や情報からCGで再現し、豪華な内装の劇場やカジノが計画されていると主張しました。
建設費は総額で1400億円。
プーチン大統領に親しい資産家などが建設費を負担したとして、「世界最大の賄賂」だと訴えています。

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【プーチン政権の反論】
これに対し、プーチン大統領はどのように反論したのでしょうか。
「私や親族のものではない」と否定しましたが、具体的な説明はしませんでした。
結局、プーチン大統領の長年の柔道仲間で大手建設会社を率いる実業家が、自分がホテルとして建設しているものだと名乗り出ました。
プーチン大統領の所有を否定して批判をかわすねらいがあったと見られますが、このことは、プーチン大統領に近い人間が富や利権を分け合っているという、ナワリヌイ氏が指摘した実態をかえって裏付ける結果となり、人々は、「絶対的な権力は絶対的に腐敗する」実例と受け止めたことでしょう。
動画で指摘されている事実関係や主張の真偽は検証が必要かもしれませんが、ナワリヌイ氏は、プーチン大統領の良いイメージと信頼を徹底的におとしめることを狙ったのでしょう。

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【プーチン大統領 強硬姿勢の背景は】
ここからは、プーチン大統領の強硬姿勢の背景について見ていきます。
プーチン大統領の支持率は今でも60%前後で、支持率が数%に過ぎないナワリヌイ氏は大統領の地位を脅かす政治家ではありません。
それでもプーチン政権は今回いつにも増して徹底的に取り締まる姿勢を示しました。
▼親族や関係者への家宅捜索に加えて、▼主要なSNSに対して違法な集会を呼びかけた投稿を削除しなかったとして最大550万円の罰金を課すと発表。
さらに▼ドイツ、スウェーデン、ポーランドの外交官が抗議活動に参加したのは違法だとして国外に追放すると発表しました。
こうした状況にナワリヌイ氏側は抗議デモをいったん中断することを決めました。
日本を含むG7とEUは、ナワリヌイ氏は政治犯だとして無条件での即時釈放を求める共同声明を発表し、プーチン政権を非難しています。
さらに外交官の追放についても、EU・ドイツなどが不当だと批判しています。

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ではプーチン政権がここまで抗議デモに神経をとがらせるのはなぜなのでしょうか。
そこには人権や民主主義をめぐってロシアと対立する欧米諸国の存在があります。
プーチン大統領はナワリヌイ氏について去年12月、「アメリカの特殊機関の支持を受けている」と指摘しました。
さらに先月、抗議デモなど反政権的な動きについても、帝政が倒れたロシア革命やソビエトの崩壊といった自国の歴史を例にあげながら、体制や国家の崩壊につながるおそれがあり、無許可のデモは決して容認できないという立場を示しました。
この発言から見て取れるのは、プーチン大統領にとってナワリヌイ氏は「欧米の手先」であり、背後にいる欧米が抗議デモによって体制転覆を狙っているという警戒感です。
つまり、プーチン大統領は、欧米に対する、体制や国家の存亡をかけた闘いと捉えているのではないかと考えられるのです。
プーチン大統領は、イラクやリビアで欧米が体制転覆をはかったと非難してきました。
さらに同じ旧ソビエトの隣国ウクライナで起きた政権交代や政変も、欧米が画策したという疑念をぬぐいさることはできていません。

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【強硬姿勢の課題は】
こうしたプーチン政権の強硬な姿勢に課題はないのでしょうか。
プーチン体制のもとでは、ナワリヌイ氏の事件に限らず、政治的な背景があるのではないかと疑われる事件が繰り返されてきました。
政権に批判的なジャーナリストや政治家が殺害された事件が相次ぎましたが、実行犯の訴追にとどまっています。
国外でも、反体制となった治安機関、情報機関の元スパイらがイギリスで毒殺されたり、毒殺未遂にあったりしました。
さらにプーチン大統領と対立した石油会社の社長が逮捕され、10年にわたって収監されたあと、事実上の国外追放となった事件もありました。
こうした一連の事件は、プーチン政権の、消すことのできない暗い影となり、社会の閉塞感を強めてきました。

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【若者たちの見方は】
今回の抗議デモでは、社会の閉塞感を訴える若者たちの姿が見られました。
その若者たちが、プーチン政権の主張を懐疑的に見ていることをうかがわせる世論調査の結果があります。
ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件の真相をどう考えるかについて、
▼政権側の犯行、▼西側の扇動、▼自作自演のうち、全体では、「自作自演」の割合が30%でもっとも高く、55歳以上ではさらに高いのに対し、24歳以下の若い世代では逆に、「政権側の犯行」とする割合が34%と最も高くなっています。
ロシアでは、経済の低迷、失業、新型コロナ対策への不満が高まっています。
20年以上にわたる長期のプーチン体制、そして不満を公然と口にすることもできない不自由さは、次の世代を担う若者たちの閉塞感をいっそう強めることになりかねません。

【終わりに】
ロシアでは、ことし秋に下院選挙が予定され、プーチン政権にとって一つの試金石となります。
確かに、20年間にわたって強固な体制を築いてきたプーチン大統領の政権基盤は、抗議デモによって今すぐ揺らぐものではないのかもしれません。
しかし、強権的な手法によって、果たして国民の求心力を維持していくことができるのか、若者の閉塞感を打破することができるのかどうかは疑問です。
抗議デモをきっかけにプーチン体制に懐疑的な層が増えていくことがないのか、世代交代の動向とともに、注意深く見ていく必要がありそうです。

(安間 英夫 解説委員)

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