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「コロナで"明暗"米中経済成長への課題」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

新型コロナウイルスの感染をいち早く抑え込んだとする中国と、いまも感染拡大が続くアメリカ。足元で明暗が分かれる形となった二つの巨大な経済は、今後の成長にむけてどのような課題を抱えているのか。この問題について考えていきたいと思います。

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 解説のポイントは三つです
1)回復遅れるアメリカと一人勝ちの中国
2) バイデン新政権で激化する覇権争い
3) 米中経済の力関係行方握る鍵は 

まずはバイデン政権が誕生したばかりのアメリカの景気の現状からみていきます。

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アメリカの去年の経済成長率は、マイナス3.5%と、74年ぶりの低い水準となりました。感染者の数が2600万人を超え、サービス業を中心に打撃を与えています。5日発表された1月の失業率は6.3%と、前の月より改善したものの、雇用環境は厳しい状況が続いています。こうした中でバイデン新政権は、日本円で一人当たり14万円余りの現金給付を含めた200兆円規模の経済対策を打ち出すなど、景気の下支えに懸命です。

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一方中国の去年の経済成長率は、2.3%。主要国の中で唯一のプラス成長で、いわば一人勝ちの状況です。背景には、経済対策が公共投資を後押ししたことや、感染が抑え込まれたことで消費が早期に回復したこと、さらに各国で需要が高まるテレワーク関連製品の輸出が好調なことがあります。ただ最近になって一部の地域で感染が確認されたことから、来月の全人代=全国人民代表大会の開催を前に、厳しい行動制限がとられて消費がにぶるおそれがあるなど、懸念材料がないわけではありません。
そうした中で中国政府は、新たな消費拡大策を進めています。

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中国では、農村から都市に出稼ぎに出て働く農民工と呼ばれるひとたちがいます。ところが、中国には都市戸籍と農村戸籍のふたつの種類の戸籍があり、こうした人たちは、都市で暮らしていても都市戸籍を与えられず、医療や子供の学校教育などの満足な行政サービスが受けられません。それを今後はこうした人々にも都市の戸籍を与えることで、様々な行政サービスを受けられるようにし、その分浮いたお金を家電製品や家具などの消費に回してもらう。それを内需の拡大につなげようとしているのです。
今年の米中それぞれの経済成長率について、IMFはアメリカが5.1%、中国が8.1%と予想しています。米中の間で、コロナ禍からの景気の回復に差がつく中、イギリスのシンクタンクは、従来の予想に比べ5年早く、2028年には中国がGDPの規模でアメリカを上回るという見通しを示しています。

2)バイデン新政権で激化する覇権争い

このように中国が経済面でアメリカに急速に追いつこうとしている中、バイデン新大統領は、中国に対し、厳しい姿勢を打ち出しています。

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バイデン氏は、4日、外交方針についての演説で、中国をアメリカの繁栄や安全保障、民主的な価値観に挑戦する競合国、と位置付け、対抗していく姿勢を強調。更に商務長官に指名されたレイモンド氏も、関税の引き上げやファーウェイなどのハイテク企業への制裁措置などを含め、中国に厳しく対応していく方針を示しています。これに対し、中国の習近平国家主席は先月オンラインで行われた国際的な会議で「対立という誤った道を進めば、最終的には各国の利益を損なう」と述べ、バイデン政権の出方を強くけん制しました。

3) 米中経済の力関係 行方握るカギは

このように、米中の覇権争いがますます激しくなる中で、経済面での力関係は今後どうなっていくでしょうか。私は二つの点に注目しています。一つは、アジアの成長の勢いをとりこめるかどうかです。

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中国は、去年、日本や韓国、アセアン諸国、それにオーストラリアとニュージーランドと共に、RCEP=地域的な包括的経済連携に合意しました。世界の人口やGDPのおよそ30%をカバーする巨大経済圏に加わることで、域内の国々との貿易や投資を拡大する足掛かりを築いたのです。さらに習国家主席は、去年11月、TPP・環太平洋パートナーシップ協定への参加も「積極的に検討する」と表明しました。TPPへ参加するには、国有企業に対する事実上の補助金を撤廃するなど、中国の国家体制の根幹に関わる変革が求められるため容易ではないのですが、自由貿易を促進する姿勢をアピールする戦略がうかがえます。

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一方、アメリカは、トランプ前大統領がTPPから離脱。バイデン大統領も、伯仲の大統領選挙が国家の分断の危機をもたらしたといわれる中で、まずは国内政策に専念せざるをない状況です。さらに大統領選挙で支持を受けた中西部などの製造業労働者に配慮して海外からの輸入拡大につながる自由貿易協定への参加にも慎重な構えです。しかしアジアの自由貿易圏に参加しなければ、この地域の経済成長の恩恵を得られないだけでなく、アメリカが本来求めてきたはずの自由で公正な貿易圏の拡大も停滞しかねません。アメリカがアジアの経済にどうかかわっていくのかは、中国との力関係を大きく左右することにもなる、重要な課題といえるでしょう。日本としても、アジアでの中国の存在感が過度に大きくなることのないよう、アメリカの政権交代を機に、改めてTPPへの参加を働きかけていく必要があります。

一方の中国には、国家資本主義ともいわれる独自の経済体制の下で、民間企業の活力を維持していけるかという課題がつきつけられていると思います。

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中国では去年11月、ネット販売事業最大手の「アリババグループ」の傘下の企業の株式上場が、予定されていたわずか二日前に延期となる異常事態が発生しました。この企業はスマホで申し込まれた融資を、AIを活用して実行するサービスで急速に事業規模を拡大。取り扱う資金の量が膨大なものとなったため、当局から銀行などと同様の規制に従うよう求められていたとみられます。

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これに対し企業側は融資先の取引履歴などのビッグデータをつかって信用力を分析し、AIが貸しても大丈夫だと判断した顧客に融資をする仕組みなので、貸し倒れのリスクは極めて少ない。いわばイノベーションが可能にしたこれまでにない金融ビジネスだとうたっています。アリババの創業者ジャック・マー氏は、公けの場で「イノベーションは、旧い金融監督の方式を恐れる。きのうの方法で未来は管理できない」と発言。当局の規制は時代遅れだと批判したのです。ところが習近平指導部のもとでは、そもそも経済分野も含めて共産党の統制に従うという大原則が打ち出されており、突然の上場の延期は、政府の指導に公然と反発するマー氏の発言が共産党指導部の逆鱗に触れたためではないかという見方が広がっています。
共産党が経済を統制するという方針には以前から懸念が出ていましたが、今回の一件は、実際に党指導部のさじ加減ひとつで民間企業の描く経営戦略が左右された。いわば、懸念が現実のものとなったものだとも捉えられ、あとに続く新興企業の経営者が委縮して、新たなイノベーションが生まれにくくなるのではないか、自由な経済活動を求める外国企業からも懸念を招くのではないかといった声も聞こえてきます。

中国がウイルスの感染を早期に抑え込み経済をいち早く回復にむかわせた裏には、当局の監視の下での検査と隔離という強権的な手法があったといわれています。しかしその国家による統制が経済の分野では民間企業の活力を削ぐことにもなりかねません。米中という二つの経済大国の力関係が今後どう変わっていくか。その行方は、それぞれが抱える課題にどう答えを出していくのかにかかっているようです。

(神子田 章博 解説委員)

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