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「ミャンマー政変 民主化を後退させるな」(時論公論)

藤下 超  解説委員

民主化が進んできたミャンマーで軍が政権を奪取するという衝撃的なニュースが飛び込んできました。
ミャンマー軍は、政権トップのアウン・サン・スー・チー国家顧問らを拘束し、全権を掌握したと発表しました。
軍は憲法に則った行動だと主張していますが、明らかなクーデターとの見方が広がっています。
今回の政変の背景には何があるのか。そして、ミャンマーは今後どうなるのか。
ミャンマー情勢について解説します。

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【軍が全権を掌握 スー・チー氏は抵抗を呼びかけ】
まず、きょう(2月1日)、これまでの動きをみてみましょう。
ミャンマー軍は、1日早朝、アウン・サン・スー・チー国家顧問と、ウィン・ミン大統領のほか、与党NLD=国民民主連盟の幹部を相次いで拘束しました。
拘束は地方の州知事など広範囲に及んでいるという情報もあります。
軍は非常事態を宣言し、ミン・アウン・フライン国軍司令官が全権を掌握したと発表しました。
これに対し、NLDは、事前に用意していたとされるスー・チー氏の声明を発表し、今回の事態を「クーデター」だと非難して、支持者に抵抗を呼びかけました。

【狙いは新議会開会の阻止か】
軍による突然の政権奪取の狙いは何でしょうか。
それを解くカギは、2月1日という日付にあります。
本来であれば、去年11月に行われた総選挙後初めてとなる議会が、首都ネピドーで開会する予定でした。
軍の今回の行動には、この議会の開会を阻止する狙いがあったと見られます。

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去年11月に投票が行われたミャンマーの総選挙で、スー・チー氏の率いるNLD=国民民主連盟は改選議席の80%を超える議席を獲得し、国民の圧倒的な支持を得ました。
その一方、軍の流れをくむ野党のUSDP=連邦団結発展党は、議席を減らして大敗しました。
この結果は、軍にとって予想外のものだったと言われています。
スー・チー氏の政権は、必ずしも大きな成果を上げていなかったため、前回よりも議席を減らすのではないかという見方が出ていたためです。
選挙結果をめぐって、軍は、有権者名簿に数百万人に上る名前の重複がみられるなど不備や不正があったとして、政権側に調査を迫っていました。
しかし、政権側はこれに応じず、議会を予定通り開会することにしたのです。
これに対し、軍は、非常事態を宣言し、全権を掌握することで、この議会の開会を阻止しました。
軍には、スー・チー氏の政党が圧勝した総選挙の結果を覆す狙いがあるものと見られます。

【背景には、軍の政権への不信感が】
総選挙をめぐっては、日本からも選挙監視団が派遣され、おおむね公正に行われたと、国際社会から評価されていました。
軍はなぜ、国際社会からの批判を覚悟してまで、選挙結果を覆そうとするのか。
背景には、この5年間、スー・チー氏との間で対話が進まず、軍が不信感を募らせていたことがあると見られています。

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ミャンマーのいまの政治は、政権トップのスー・チー氏と、軍という2つの権力のバランスの上に成り立っています。
ミャンマーには、政府が二つあるという人もいるほどです。
スー・チー氏の政党は、前回6年前の総選挙で圧勝し、政権を握りました。
しかし、それまで半世紀にわたってミャンマーを支配していたのは軍で、いまも政治的に強い力を保持しています。

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軍は、議会の4分の1の議席を割り当てられ、国防相や内相などの閣僚は、国軍司令官が任命しています。
また、軍はビジネスにも進出し、経済的にも大きな権益を握っています。
軍とスー・チー氏は、5年前の政権発足当初、お互い対話の姿勢を見せていました。
しかし、憲法改正など、より民主的な改革を目指すスー・チー氏と、権益を維持したい軍の間は次第に疎遠となり、外交筋によりますと、ほとんど意思の疎通のない状態だったといいます。
政権への不信感を募らせてきた軍には、選挙の圧勝で権力バランスがスー・チー氏の側に大きく傾き、政治的影響力が低下することへの強い懸念があったものと見られます。

【裏切られた国際社会の期待】
去年11月の総選挙の結果は、ミャンマーの国民が、軍の政治への関与に明確にノーを突き付けたものです。
それにもかかわらず、今回、軍が力で政権を奪取したことは、国民の意思に反するだけでなく、ここまでミャンマーの民主化を支援してきた国際社会の期待も裏切るものです。

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アメリカは、ホワイトハウスの報道官が声明を発表し、「最近の選挙結果を変えようとするいかなる試みにも反対する。こうした措置が取り消されなければ、われわれはその責任者に対して行動を起こす」としています。
日本は、加藤官房長官が、「民主化プロセスが損なわれる事態が生じていることに対し重大な懸念を有している」として、軍に対し民主的な政治体制の回復を求めました。
軍にもパイプのある日本には、民主化プロセスを軌道に戻すための働きかけを強めてほしいと思います。
ミャンマーは、1988年の軍事クーデターの後、国際社会から経済制裁を受け、発展から取り残されてきた苦い経験があります。
今回の事態を受けて、再び過去に逆戻りするのではないかという懸念が国民の間では高まっています。
注目されるのは、中国の対応です。
中国にとってミャンマーは陸路でインド洋につながる戦略上重要な位置にあります。
かつては、国際社会から孤立していた軍事政権を支えることで、ミャンマーへの影響力を強めてきた経緯もあります。
中国の今後の対応は、覇権争いをするアメリカだけでなく、日本やインドにとっても目の離せない動きになりそうです。
また、ミャンマーを含めた東南アジア10か国でつくるASEAN=東南アジア諸国連合は、基本的には内政に干渉しないことを原則としています。
しかし、軍による政権奪取を正当化するわけにはいかず、難しい対応を迫られるものと見られます。

【ミャンマーの今後は】

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今後、ミャンマーはどこに向かうのでしょうか。
軍は総選挙をやり直すとしていますが、その時期は明らかにしていません。
当面、スー・チー氏らを拘束したまま、政権を握り続ける可能性があります。
国際社会からは、スー・チー氏ら政権幹部の解放と去年11月に行われた選挙結果の尊重を求め、圧力が強まるでしょう。
スー・チー氏は、事前に用意したとされる声明で、今回の事態は憲法を無視した軍による「クーデター」だとして、国民に抵抗を呼び掛けています。
軍と市民の衝突が懸念されます。
軍が選挙をやり直すとしていることについて、ミャンマー情勢に詳しい上智大学の根本敬教授は、「同じように選挙をすれば、スー・チー氏のNLDが圧勝するのは目に見えている。軍が何らかの形で選挙からNLDを排除する可能性もある」と話しています。
ミャンマーは、半世紀以上続いた軍による支配からようやく解放され、民主的な歩みを始めたばかりです。
民政移管の後、着実に経済が成長し、貧しかった人々の生活も向上しました。
市民の表情も軍事政権時代と比べ目に見えて明るくなりました。
その民主化のプロセスが、いま大きく揺らごうとしています。
民主化を後戻りさせてはならない、という強いメッセージを、日本も含め国際社会が一致して送る必要があると考えます。

(藤下 超 解説委員)

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