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「コロナ禍の春闘 新たな働き方・人材育成への対応は」(時論公論)

今井 純子  解説委員

経団連は、春闘に向けた経営側の指針となる報告書を発表しました。コロナ禍で行われる今年の春闘では、急速に広がる新たな働き方、新たな賃金制度にどう向き合い、そして、その中でどう人材を育てるかが大きな焦点となります。この問題について考えてみたいと思います。

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【賃上げ】
(賃上げの要求)
まずは、毎年、春闘の大きな柱となってきた賃金についてみてみます。
連合は、医療や物流など社会を支える、いわゆるエッセンシャルワーカーや中小企業で働く人たちの待遇改善を進めるべきだとして、基本給を引き上げる「ベースアップ」に相当する分として2%程度の賃金引き上げを求めています。

(経団連の反応)
これに対して、経団連の報告書は、
▼ 厳しい経営を迫られる企業が多い中、「雇用の維持が最優先」。「業種の横並びや各社一律の賃金引き上げを検討することは現実的ではない」と厳しい姿勢を示しました。
▼ 一方、収益が増えている、あるいは、高い水準にある企業については、「ベアも選択肢」として、業績によって、ばらつきがでてもやむをえない、という考えを示しました。

(前向きな対応・説明を!)
実際に、巣ごもりの効果などで業績が好調な企業も、中間決算の段階で、3社に1社、ありました。こうしたところは、社員の働きに応えるためにも、思い切って賃金を引き上げてほしいと思います。
一方、コロナの逆風を受けて、多くの企業は利益を減らしています。赤字に転落した企業も4社に1社。政府からの雇用調整助成金でなんとか雇用を支えているものの、限界に近いという企業も多くあります。希望退職を募る動きも広がっています。賃金引き上げが難しいという企業が増えてもやむをえないかもしれませんが、それなら、今後どのように事業の転換をはかるのか。そして業績が回復したら、今年できなかった分も含めどのように賃金を上げていくのか。経営トップが社員にきちんと説明をして、理解を得る取り組みが欠かせないと思います。

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【働き方・賃金制度】
また、今年の春闘では、テレワークや副業など、新たな働き方。そして、能力や技術に見合う新たな賃金制度も、大きなテーマになる見通しです。

(広がる新たな働き方、新たな賃金)
二度の緊急事態宣言で、企業の間では、テレワークの強化に取り組む動きが広がっています。また、社員が、テレワークでできたすき間時間を使って他の企業で働く副業を認めたり、逆に、自ら、外の人材を「副業者」として公募して働いてもらったりする企業の動きも広がっています。
経団連は、こうした動きについて、コロナ終息後もにらんだ、新しい働き方の選択肢のひとつとして、積極的に推進する姿勢を打ち出しました。
さらに、新たな働き方が広がる中で、技術や専門性を磨く社員のやる気を引き出し、その取り組みに応えるためにも、年功序列型の賃金一辺倒ではなく、管理職を対象に、あるいは、職種によって、年齢や入社の時期に関わらず能力や技術に見合った賃金を得られる制度を組み合わせ、新たな賃金体系にしていくことが重要だという考えを打ち出しています。実際、こうした賃金制度を導入する動きも広がっています。

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(企業が前向きな背景には、コロナ後も見据えた「社内の多様化」の必要性)
 経団連が、働き方や賃金制度の見直しを求めた。その背景にあるのは、社会の急速な変化の中、企業が生き残るには、「社内の多様化が欠かせない」という危機感です。
 AIやIoT、自動運転など、企業を取り巻く環境は、ここ数年、大きく変化していました。そこに、コロナの感染拡大で、「10年かかったはずのことが1年で進んだ」と言われるほど、社会のデジタル化の動きが一気に加速しています。また、コロナ後の経済再生に向け、世界的に脱炭素社会をめざす動きも加速しています。こうした環境の変化に対応し、新たな事業を創造するためには、社内の多様化が欠かせない。そのためにも、
▼ 時間や場所に捉われない働き方、そして、副業の公募や中途採用などで、様々な背景や様々な経験を持った、多様な人材に働いてもらうこと。
▼ そして、今いる社員にも、副業や在籍出向で、他社の人と、これまでとは違う仕事を経験することで、視野を広げ、技術や能力を高めてもらうこと。
▼ その上で、こうした多くの優秀な人材に振り向いてもらい、また、働き続けてもらうためにも、能力や技術に見合った賃金が必要だという考えです。

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(課題への対応を)
その方向性は理解できます。しかし、課題もあります。まず、新たな働き方への対応です。コロナの感染拡大を受け、半ば強制的に広がったテレワーク、そして、副業については、
「時間を有効に活用できる」「収入が増える」など、社員の側からも前向きな声が多く上がっています。一方、「通信費や電気代などの負担が増える」「長時間労働につながりやすい」
といった課題もあがっています。
春闘の労使交渉の場では、経営トップから社員に対して
▼ なぜ、こうした制度を導入するのか、目的をきちんと説明した上で、
▼ 課題の解決に向けて、費用負担のあり方や労働時間の適切な管理などについて、新たなルールを労使で協議することが大事だと思います。

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【最も重要なのは人材育成】
その上で、最も大事なのは、社会の急速な変化に対応できる社内の人材を育てることです。
経団連の報告書でも、「働く人の学びなおしは不可欠だ」としてはいます。ただ、社内で人材を育てるには限界があるとして、政府主導で学びの場を設けるよう求め、企業は、自律的に学ぶ社員を側面から支援するという立場です。確かに、技術の進歩が速い中、働く側も、就職した後、絶えず、新しい知識や技術を学ぶ努力が欠かせない時代にきていることは否定できません。中小企業などで働く人向けに、政府主導で学びの場を充実させる必要があることも確かです。しかし、働く人の自己研さんに任せるというのでは、それこそ時間的にも資金的にも限界があります。今後、企業が、技術や知識で人材を評価する新たな賃金制度を取り入れていくというのであれば、なおさら、社員が社内で働きながらレベルアップをはかれる研修の強化に力をいれること。それが、今、最も大事なことではないでしょうか。

(取り組む企業も)
人材を育てる取り組みに力をいれる企業も増えています。
▼ ガラス大手のAGCは、大量の情報を活用して、ビジネスに役立てる「データサイエンティスト」を、自社で育成する取り組みを進めています。データを活用した新たなビジネスは、素材の特性や製造プロセスに精通している社内の人材でないと展開できないという考えからです。初級レベルから、社内の先端基礎研究所に留学する上級レベルまでの研修プログラムを用意して、来年までに一線級のデータサイエンティストを50人育成する計画です。
▼ また、日用品大手のライオンは、社内の他部門の専門知識や技術などについて、社員誰もが自由に学べる2000以上のeラーニングのプログラムを用意。その上で、特定の議題を決めて少人数で話し合うプログラムや、副業に関心を持つ社員に向けた研修など幅広い講座を用意して、自分からやりたいことを見つけて動く社員の育成に力を入れています。

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【まとめ】
今年の春闘は、来週から事実上、交渉が始まります。コロナの嵐をどう乗り切るかも大切ですが、その先を見据えて、どうしたら社員が働きがい、働きやすさを感じながら、働くことができるのか。新たな時代に向けた人材をどう育てるのか。長期的な視点から、労使でしっかり議論することにも力を入れてほしいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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