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「どうなるロヒンギャ難民~ミャンマー選挙圧勝スー・チー氏の課題~」(時論公論)

藤下 超  解説委員

ミャンマーから逃れ、隣国バングラデシュで暮らすロヒンギャ難民はおよそ86万人。
故郷のミャンマーに帰還できる見通しは全く立っていません。
そのミャンマーでは、先月、アウン・サン・スー・チー氏の政党が総選挙で圧勝しました。
これまで問題解決に消極的とされてきたスー・チー氏が、次の5年、どう取り組むのか、問われることになります。
アジア最大の人道問題と言われるロヒンギャ難民の問題について考えます。

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解説のポイントは、
・進まない難民の帰還
・その背景にあるミャンマーの国内事情
・選挙圧勝でスー・チー政権は変わるのか
この3つです。

(無人島へ難民を移送)

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この問題をめぐっては、今月動きがありました。
バングラデシュ政府が、難民キャンプの過密を防ぐためとして、86万人の難民のうち、およそ10万人を沖合の無人島に移送する計画を実行に移したのです。
今月はじめ、第一段階として1600人を移送しました。
行先は、川からの土砂が堆積しておよそ20年前にできたバサンチャール島です。
人権団体は、サイクロンが来ると島が水没する恐れがあるうえ、意思に反して移送された人もいる、として計画の停止を求めています。
バングラデシュ政府が批判を承知で移送に踏み切ったのは、キャンプで密集して暮らす難民たちを、早期にミャンマーに帰還させるのは難しいと判断したためと見られます。
バングラデシュ政府には、難民の意思確認に国際機関を関わらせるなど、より透明性のある対応を求めたいと思います。

(進まない難民の帰還)
難民の故郷であるミャンマーへの帰還は、なぜ進まないのでしょうか。

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これまでの経緯から見ていきましょう。
ロヒンギャの人たちは、ミャンマー西部ラカイン州に住むイスラム教徒です。
仏教徒が90%を占めるミャンマーでは少数派です。
第二次世界大戦中、イギリス軍がイスラム教徒を、日本軍が仏教徒を、それぞれ利用したことで、両者の対立が深まったとも言われています。
バングラデシュなどに多いベンガル系の民族で、多数派のビルマ人とは言語や顔立ちも異なり、人種的偏見にもさらされてきました。
1982年にできた「国籍法」では、国内の135の民族に国籍が認められましたが、ロヒンギャは土着の民族と認められず、排除されました。
国籍のない不法移民として、移動の自由さえ制限される抑圧を、長年受けてきたのです。

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バングラデシュに逃れる難民の数が膨れ上がったのは、3年前の8月からです。
ロヒンギャの武装勢力が警察や軍の施設を襲撃したのに対し、治安部隊が大規模な「掃討作戦」を行ないました。
その際、国境沿いに住むロヒンギャの人たちのほとんどが避難したのです。
難民たちは、治安部隊などが村に火をつけ、女性や子供まで殺害したと証言し、民族浄化だという批判が、国際的に高まりました。
わたしは2年あまり前、かつてロヒンギャの人たちが住んでいた地域を取材しました。
あちこちで見たのは葉が焼け落ち、枯れたヤシの木。
ロヒンギャの集落が焼かれた跡です。
訪れた集落にロヒンギャの人たちは誰一人残っていませんでした。
国際的な批判を受け、ミャンマー政府は、戻ってくる難民を受け入れる準備は整っているとして、そのための施設を、この時メディアに公開していました。
しかし、いまだ難民は戻ってきていません。政府間では難民を帰還させることで合意していますが、帰還を希望する難民がいないのです。

(難民の懸念は、安全と国籍の問題)

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大きな理由は、安全への不安です。
ミャンマー政府は安全だと強調していますが、ロヒンギャの人たちには軍や警察に対する強い不信感があります。戻っても平和に暮らせるのか、確信が持てないのです。
ここ数年、ラカイン州でロヒンギャとは別の、仏教徒の少数民族武装組織が活発化し、治安部隊と戦闘を続けていることも、新たな不安材料になっています。
もうひとつの理由は、国籍の問題が解決されていないことです。
いまのままでは、戻っても不法移民の扱いになり、自由を制限されます。
ロヒンギャという民族名を捨てて、帰化を申請すれば、国籍を取得できる可能性はありますが、多くの難民たちはそれを拒否しています。
治安と国籍という二つの問題に解決の道筋をつけない限り、本格的な帰還は進まないと言えます。

(背景にはミャンマーの国内事情)

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問題の解決が進まない背景にあるのが、ミャンマーの国内事情です。
まず、政府が軍を統制できていません。
ミャンマーは、いま、スー・チー氏の政党が政権を握っていますが、それ以前は、軍が、半世紀にわたってミャンマーを支配していました。
軍は、今も国防と治安維持の実権を握り、国防相や内相などの担当閣僚は、国軍司令官が任命しています。
いわば、二つの政府があるようなもので、軍の協力なしに、政権のできることには限界があるのです。
残虐行為を指摘された軍や警察に対する責任追及も進んでいません。
国民の中にあるロヒンギャへの根強い偏見も、問題解決への取り組みを妨げています。
民族的にも宗教的にも異なり、国籍のないロヒンギャの人たちの問題を、多くの国民が他人事ととらえているように見えます。
スー・チー氏は、問題の根幹にある国籍法の改正に言及した時期もありましたが、国民の支持を得られず、消極的な姿勢に転じました。
この問題で融和的になることは、政治的に大きなリスクを背負うことになるのです。
一方、国際的には、ミャンマーに対する追及がはじまっています。
ロヒンギャ迫害はジェノサイド条約に違反するという訴えが起こされ、スー・チー氏は政府を代表して国際司法裁判所に出廷し、被告席に座りました。
また、個人を対象にした国際刑事裁判所は、人道に対する罪で軍人などへの捜査を始めています。

(選挙圧勝で変わるかスー・チー政権)

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出口の見えない中、先月ミャンマーの総選挙があり、スー・チー氏の政党が圧勝しました。
改選議席の80%以上を獲得し、国民の圧倒的な支持を得たことで、スー・チー氏は、次の5年間、軍との関係でより優位な立場を確保したと言えます。
ロヒンギャ問題についても、積極的な対応を取りやすくなるのではないかと、期待する声も出ています。
ロヒンギャ問題に詳しい立教大学の日下部尚徳(くさかべ・なおのり)准教授は、難民の帰還を進めるために必要なこととして、
ミャンマー政府が、難民自身に帰還先の治安状況を視察させることや、民族間の融和に向けた活動を、国際社会の監視のもと行うことを挙げています。
難民たちはことしも劣悪な状況のキャンプで年を越そうとしています。
スー・チー氏には、選挙での圧勝を機に、ロヒンギャ問題の解決に向けた指導力の発揮を期待したいと思います。
また、この問題で欧米とは一線を画す日本政府には、スー・チー氏と軍の双方にパイプがあります。
それを生かして、ミャンマーの前向きな対応を促してほしいと考えます。

(藤下 超 解説委員)

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