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「アメリカ経済 空前の株高の死角」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

ニューヨーク平均株価が先週初めて3万ドルを突破するなど、空前の株高が続くアメリカ。こうした中バイデン前副大統領は、30日、自らの政権が発足した際の経済政策の要となる財務長官に、中央銀行FRBのトップ務めたジャネット・イエレン氏をあてる考えを示しました。イエレン氏が向き合うことになる政策課題と、富の集中がもたらすアメリカ経済の死角について考えてゆきます。

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解説のポイントは三つです。
1)株価高騰の背景。
2)依然厳しい景気の現状
3)富の集中が経済に落とす影 

1)株価高騰の背景
 まず最近のアメリカの株高の動きとその背景についてみていきます。

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ニューヨーク株式市場ダウ平均株価は、製造業からIT・小売り・金融などアメリカを代表する優良企業30社の株価から算出される指数です。今年2月に急落したあとは、まずテレワークなどでニーズが高まったIT系の企業が相場の回復をけん引し、その後景気の回復に伴って製造や金融などの株も買われるようになりました。さらに最近では、アメリカとイギリスの製薬大手が、開発中の新型コロナウイルスのワクチンについて、高い確率で有効性が確認できたと相次いで発表したことも3万ドル超えを後押ししました。

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さらに注目されるのはここ数年の上昇ピッチの速さです。ダウ平均株価は1999年の3月に初めて1万ドルを超え、その後2万ドルを超えるまでおよそ18年かかったのに対し、そこからは3年半あまりで3万ドルを突破することになりました。

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 急速な株価上昇の背景にあるのが、FRBの金融緩和政策です。FRBはトランプ政権のもと、米中摩擦の影響なども踏まえ、政策金利の引き下げを繰り返し、コロナ禍を受けての今年3月には事実上のゼロ金利に。さらに国債や社債の購入を通じて、巨額の資金を市場に供給したのです。一方でFRBが2023年末まで、いまの金融緩和を続ける見通しを示したことで、長期の金利も極端に低下しており、投資家にとっては、債券を購入しても高い利回りは期待できません。またコロナ禍で家賃収入なども減少しているため、不動産に投資しても以前のような利益は得られないといいます。勢い株式市場に資金が集中し、株価を押し上げているのです。

2) 依然厳しい景気の現状

 しかし、アメリカ景気の見通しはというと、株価が映し出すほど楽観できるものではないようです。

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アメリカでは新型コロナウイルスの新たな感染者がいまも1日10万人を超えるなど経済への逆風は続いています。カルフォルニア州のロサンゼルスでは、先月25日から三週間にわたってレストランでの飲食が屋内・屋外ともに禁止されたほか、ニューヨーク州では、酒類を提供するレストランやバーの営業を午後10時までとするなど感染防止対策が強化されました。雇用への影響は免れず、失業者の数はいまも1100万人を超えています。アメリカ政府は、今年3月にまとめた経済対策で、失業手当を週当たり600ド上乗せする対策を打ち出し、これがアメリカ経済の屋台骨となる消費を支えてきました。しかしその対策は7月いっぱいで期限が切れ、その後の対策をめぐっては、予算の支出を承認する権限をもつ議会での党派対立でいまも具体化できず、政府の別の予算枠を使った小規模な対策も限界を迎えようとしています。追加の対策が早急にまとまらなければ、景気の回復にブレーキがかかり、来年1月から3月は再びマイナス成長に陥るという見方も出ています。

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こうした中で期待されているのが財務長官に起用されるイエレン氏の政策手腕です。
イエレン氏は2014年から4年にわたってFRBのトップを務め、リーマンショック後に導入された非常時の金融政策を、市場を混乱させることなく正常化するという難しいかじ取りを担いました。2015年の12月にゼロ金利政策の解除に踏み切った後、原油価格の急落や中国経済の減速など、世界経済の先行きに不透明感が強まったと見るや、次の金利引き上げまでじっくり1年をかけて慎重にことを運ぶなど、手腕の手堅さが評価されています。さらに雇用状況の分析を専門とし、二言目には雇用の重要性を説くことで知られています。このため財務長官に就任すれば、雇用の改善にむけて積極的な財政出動に踏み切るという期待が強まっており、株価が3万ドルを突破した要因の一つとも言われています。ただ議会では、小さな政府を標榜する共和党が引き続き上院で多数を占める公算が強まっており、思うような経済対策が打てるかは不透明です。

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 こう見ていきますと、今回の株高は、景気の行方にせよ、ワクチンへの期待にせよ、不確かな要素に支えられており、市場関係者からは、いまの株価は実体経済と乖離しているとか、いつ急落してもおかしくないという声も出ています。

3)富の集中が経済に落とす影

 さて、株価の上昇はアメリカ経済に何をもたらすのでしょうか。一般に株があがれば、資産が増えるため、消費が刺激されて経済にはプラスになるとよく言われます。しかし、株高が生んだ富は富裕層に集中するばかりで、アメリカ経済全体に恩恵が行き渡るわけでは必ずしもないという指摘もでています。

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このグラフは所得が多い人上位1%と、所得の低いほうから数えて50%つまり下位50%の人が、国民所得に占める割合の推移をみたものです。上位1%の所得の合計は、1995年には、下位50%の所得の合計を上回るようになり、いまでは、アメリカ国民全体の所得の20%以上を占めるまでになりました。こうした中で、株価の上昇は、持てる者=つまり株式を保有する人に恩恵をもたらす一方で、持たざる者にはその恩恵は及ばず、富める人にますます富が集中することになります。このことは、格差の拡大によって社会を不安定にするだけでなく、アメリカ経済の安定した成長にとっても決してプラスではないという見方があります。どういうことでしょうか。 

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 一般に、中間所得層の人々は、収入が増えれば、クルマや家電製品や家具、それに服飾品など以前から欲しかったモノを買う、つまり消費に回すお金の割合が高いといわれます。一方で、所得の高い富裕層はそうしたモノはすでに十分に保有しているので、意外に思われるかもしれませんが、所得が増えても、消費にはあまりお金を使わず、むしろ手元の資金として残す割合が多いといわれています。せめてこうしたお金が消費に回れば、経済全体が潤い、株を持たない中間層にも間接的に恩恵が及ぶこともあるもしれませんが、実際には、こうしたお金は再び株式市場などに投資され、それによって株高がさらに一段と進み、それがまた富裕層の保有する富を一段と膨らませることになるといいます。そして、こうした資金の多くは富裕層と市場の間、いわば「マネーの世界」をぐるぐるまわっているだけで、実体経済に及ぼす影響は限られたものとなり、その結果株価と実体経済が乖離する危うい状況が続いていくことになるのです。

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こうした状況を解消するには、富裕層から増税でお金を吸い上げ、中間層には、税金を引き下げてより多くのお金を消費にふりむけられるようにする、いわゆる富の再分配が必要になると指摘されています。バイデン氏は、大統領に就任すれば、富裕層の所得税を引き上げ、中間層を減税する税制改革を行うとしていますが、それが成るかどうかは、貧富の格差の緩和にとどまらず、アメリカ経済の成長の行方にも影響を及ぼすことになります。

コロナ禍が影を落とす景気の実情とは裏腹に、空前の株高が別世界を形作るアメリカ経済。私たちはその不確かな足取りの行方について、安易に楽観視することなく、警戒感をもって見ていく必要があるようです。

(神子田 章博 解説委員)

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