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「社会保障改革 全世代の安心につなげるために」(時論公論)

藤野 優子  解説委員

全ての世代が安心できる社会保障制度になるのか。
政府が年内にとりまとめる、全世代型社会保障のあり方を検討する会議の最終報告に向けた議論がいま山場を迎えています。

働き続ける高齢者には制度の支え手となってもらい、経済力に応じた負担を求める。
その一方で、現役世代向けの社会保障を強化する、という政府の一連の改革。

今回も高齢者の負担増と少子化対策を柱としていますが、新型コロナの影響による失業、休業で生活に行き詰まる人が多い中、セーフティーネット機能の強化を求める声も高まっています。

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【解説のポイント】
きょうは今、政府が検討している二つの柱、
▼「高齢者の医療費の窓口負担2割は」どこまで広がるのか
▼「政府の新たな少子化対策」についてみた上で、
▼コロナで顕在化した働く世代のセーフティーネットの課題から、
「全世代型」の社会保障の実現に何が必要かを考えます。

【高齢者の医療費2割負担】
では、政府が最終報告に盛り込む方針の対策から見ていきます。
一つめは、医療制度の維持のために、世代間の負担の在り方を見直そうという話です。
具体的には「75歳以上の医療費の窓口負担の引き上げ」。

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今、75歳以上の人が病院で支払う医療費の窓口負担の割合は、一人暮らしの場合、現役並みの383万円以上の年収がある人を除いて、原則かかった医療費の1割。
政府はこのうち一定以上の年収がある人については、2割に引き上げる方針です。
この2割の対象をどこまで広げるかで今調整が進められています。
先週、厚生労働省の部会では年収155万円から240万円までの間で5つの選択肢が示されました。
一番対象者が少ない年収240万円以上の案でも、およそ200万人が負担増の対象と試算されています。

なぜ、通院する頻度が高くなる75歳以上の高齢者の負担を今、上げるのか。
それは、2022年から、人口ボリュームの大きい団塊の世代が75歳以上になるからです。

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厚生労働省の推計によると、医療費は2025年に今の1.2倍の48兆円。
その先も高齢者は増え続けるため、2040年には1.7倍の67兆円になります。
しかも、75歳以上の医療費の財源のうち、およそ4割を現役世代の保険料からの支援金の形で賄っているため、高齢者の医療費が増えれば、現役世代の負担する保険料も増え続けるしくみです。
このため、一定以上の年収がある高齢者には窓口負担を増やしてもらうことで、現役世代の負担を抑えていこうとしています。

しかし、医師会は、コロナで受診を控える人が出ている中、負担増が重なれば、症状が悪化しても受診を我慢する人が出る恐れがあるとして、対象を限定的にすべきと主張しています。このため厚生労働省は急激な負担増とならないよう、2年間は経過措置として負担額に上限を設ける案を検討しています。

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現役世代の減少を考えれば、経済的に余力のある高齢者に一定の負担を求めることは避けられないと思いますが、高齢者の健康状態には個人差があります。
また、収入が基準となっていますが、預貯金があるかどうかによっても家計の状況は大きく変わります。高齢者は複数の医療機関にかかる人も多いだけに、検査の重複や似た効能の薬を処方されるケースも少なくありません。
負担増だけではなく、そうした面からの費用の抑制も急ぐ必要があります。

【政府の新たな少子化対策】
次は「政府の新たな少子化対策」。
政府が少子化対策として拡充しようとしているのは、このふたつ。

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▼まずは、不妊治療への支援です。
来年度から体外受精など不妊治療への助成金の所得制限を撤廃し、早ければ2022年度から保険診療で受けられる治療を大幅に拡大しようとしています。
▼また、新たな待機児童対策として、2024年度までに全国で14万人分の施設を整備する方針で調整しています。
どちらも一刻も早い取り組みが求められますが、いま待機児童対策の財源が足りないために、新たに浮上しているのが「児童手当」の縮小です。

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児童手当、これは中学生までの子どもがいる家庭に、子ども一人につきひと月最大1万5千円が支給されるもの。ただし、所得制限があって、年収960万円以上の世帯(夫と専業主婦と子ども二人の場合)は5千円に減額されています。
今回、見直しが検討されているのは、この所得制限の基準です。
今は、「夫婦のいずれか年収の多い方で」判断しているのを、「夫婦合計の収入」で判断する案が政府内に出ています。
また、この5000円も縮小・廃止をして、これらの財源を待機児童対策に充てようという案もあります。
財源も限られる中、できるだけ公平に支援する必要はあります。ただ、コロナの影響で雇用環境が不安定になっていることや、結婚や妊娠を控える動きがある中、今の時期の見直しが良いのかという声もあり、経過措置や段階的な縮小などの必要があるかもしれません。

【コロナが浮き彫りにしたセーフティーネットの脆弱さ】
ここまで、政府が年内にとりまとめる最終報告の中身についてみてきましたが、今、このほかに、コロナでより顕在化した社会保障の課題も多く残されています。
その一つが、働く世代のセーフティ―ネットの脆弱さや格差の問題です。

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非正規で働く人は今年9月時点で前の年と比べて123万人減少。
会社が休業を命じていながら全く休業手当を受け取っていない非正規労働者の割合は正規労働者の2倍となっています。
今、各地の相談窓口には、失業が長期化しはじめ、フリーランスや自営業の人からも「貯金が底をついた」との切実な声が再び増えています。
生活保護の申請をすすめても「事前の調査で親や周囲の人に知られたくない」と追いつめられていく人も出ています。
政府には、今ある制度を柔軟に運用した緊急対策の延長を急ぎ、支援が届いていない人たちにも確実に支援を届けることが求められます。
 しかし、ここで今の対策を講じるだけにとどまってはなりません。
こうした問題の根底には、そもそも今の社会保障のセーフティーネットが、正規雇用に偏ったままで、正規雇用以外の人の増加に対応できていないことがあります。
しかも、現役時代の収入や保険料を納めた期間に比例して将来の年金額も決まるため、今の所得格差が老後の格差にまでつながってしまうという構造的な問題になっているのです。

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雇用の変化と社会保障の問題に詳しい法政大学の酒井正(さかい・ただし)教授は、「『全世代型』の社会保障にするには、コロナのような経済ショックがあった時、ある雇用形態の人だけがショックにさらされがちになる今の状況を改める必要がある。
今ある制度を検証した上で、雇用形態に関係なく支援が受けられる形の現役世代向けの第2のセーフティーネット、生活保護の手前のセーフティーネットを拡充する必要がある」と話しています。

社会保障制度の改革には時間を要します。
例えば、今回、緊急に対応した対策を本来の制度に採り入れたり、税を財源に、仕事を求める人などのための生活保障、次の仕事に就くための職業訓練を大幅に拡充したり、今から次の制度改革に向けた議論を進めておく必要があるのではないでしょうか。

この他にも、新型コロナが浮き彫りにした課題は山積みです。
そうした課題の一つ一つを今後の制度改革に結びつけていくことが、すべての世代が安心できる社会保障の実現につながっていくのだと思います。

(藤野 優子 解説委員)

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