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「IOCバッハ会長来日 東京五輪・パラ開催実現には」(時論公論)

小澤 正修  解説委員

IOC・国際オリンピック委員会のバッハ会長が先週来日し、1年延期された来年の東京オリンピック・パラリンピックについて、開催実現への決意を表明しました。しかし感染拡大の見通しは不透明で、来年の開催に不安や懸念を抱える人も少なくありません。ウィズコロナでの開催実現に求められることはなにか、考えます。

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解説のポイントです。
1、 安全・安心の確保に求められること
2、 大会経費の問題は
3、 開催実現に大切なものは何か

【バッハ会長の訴えは】
バッハ会長が来日したのは、東京大会の延期後、初めてです。菅総理大臣や東京都の小池知事と相次いで会談して来年の大会開催に向けた連携を確認し、選手村や国立競技場といった関連施設を視察。スポンサー回りも精力的に行いました。東京大会は1年延期されたとはいえ、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大はいまだにおさまらず、開催都市の東京でも感染状況の警戒レベルが最高のレベルに引き上げられています。今回、バッハ会長が「世界中の人々が不安をかかえる中、来年の東京大会をトンネルの先にある光にしたい」と決意を表明した背景には、IOCトップが自らの言葉で開催への不安や懸念を払しょくしたい思いがあったのだと思います。しかし、こうした状況で、本当にオリンピック・パラリンピックは開催できるのか。開催実現には、クリアしなければならない課題が山積しています。

【重視されるのは“バブル”】

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では、安全・安心の確保にどのようなことが検討されているのでしょうか。重視されているのが「バブル」という概念です。もともとはテニスの全米オープンなどで提唱され、選手を泡の中に置くような状態にし、徹底して外部と隔離するという考え方です。感染拡大以降、オリンピック実施競技で初めて海外の選手が参加して国内で行われた体操の国際大会でも取り入れられました。選手たちは来日前に2週間程度の隔離と複数回のPCR検査を受け、到着した空港では専用スペースでの入国手続きを行いました。宿泊先でも選手団のフロアと食事会場以外は外出を禁止する行動制限が実施され、選手たちは、ジムやプールも使わず、自分の部屋で各自が工夫したトレーニングを行いました。競技会場には公共交通機関を使用せずに専用バスで移動。外部から隔離されたそれぞれの「バブル」の中で活動したのです。検査も徹底して行い、選手には滞在期間中、毎日PCR検査を義務付けました。その結果、1人の感染者も出すことはなく、東京大会のモデルケースになると注目されました。

【大会開催の難しさも】

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一方で、大会を開催する難しさも指摘されています。今回の体操の国際大会は単一競技で、大会日程は1日、参加した選手は30人だけで、観客は2000人でした。これだけでも大会関係者の神経をすり減らし、多くの労力がかかりましたが、東京大会はオリンピックだけでも17日間で33の競技が行われ、選手もおよそ1万人の参加が見込まれています。観客について、上限は来年春までに決定する見込みですが、チケット自体は事前にオリンピックだけでおよそ448万枚販売されています。このように、オリンピック・パラリンピックは競技ごとの国際大会とは規模が格段に異なるのです。

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実施競技の中には、特性上、練習を含めて相手との接触がさけられない柔道やレスリングなどの格闘技もあります。実施競技すべてで、同じような、徹底した対策がとれるのか。また、今回の体操の国際大会では直前に選手1人がPCR検査でいったん陽性と判定され、その後、「偽陽性」だったことが判明するケースがありました。オリンピック・パラリンピックで、陽性とされた金メダル候補が競技欠場の翌日に、再検査の結果、「陰性」が確認されたらどうするのか。それに、観客に感染予防対策を徹底するのは、行動の一定の管理が可能な選手以上に難しさがあります。ウィズコロナでの安全安心な開催実現には、山積する課題をひとつひとつ解消していかなければならないのです。

【ワクチンは?】

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こうした中で、バッハ会長が繰り返し言及したのが、ワクチンについてでした。これまでIOCも組織委員会も一貫して、ワクチンは開催の前提条件ではないと主張してきましたが、今回バッハ会長は「ワクチンを用意できる状況になれば、IOCがその費用を担う」と踏み込んだ発言もしています。ここにきて相次いで伝えられるようになったワクチン開発への期待感が背景にあると思いますが、大会に向けたワクチンは、いつ、どれだけの量が確保できるのか、そして誰が入手するのかは、はっきりしていません。また入手できたとしても、選手や観客の中にはワクチンの接種を希望しない人も出てくるかもしれません。まだ不透明な要素が多いのが現状です。まずはIOCや組織委員会、競技団体が、今回の体操の国際大会など、成功例をベースにしながら、それぞれの競技の特性もふまえて細かい感染予防対策の策定を急ぎ、加えて、今回の「偽陽性」のように現場で起こりうる問題を洗い出して、大会が成立するためのルール作りを進めていかなければならないと思います。

【大会経費の問題は】

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また開催の実現には、大会経費も課題です。追加経費は数千億円にのぼるとみられ、感染予防対策の経費を含めて全体の支出が大きく増加する見込みです。一方で、大会を支えてもらうはずだったスポンサー企業は業績が新型コロナウイルスの影響を受けているところも多く、資金の調達は簡単ではありません。このため組織委員会はスポンサー企業と交渉を続ける一方、大会の簡素化を目指して検討を進めています。ただ1兆3500億円の大会経費には、国立競技場など恒久的に使う施設の建設費も含まれ、しかも、これを除いた金額のうち、およそ8割程度は、すでに支出が確定しているという指摘もあります。もともと削減を議論できる余地が少なく、組織委員会では仮設の施設の取りやめなどでおよそ300憶円削減することを明らかにしていますが、簡素化には「乾いた雑巾をさらに絞る状態」とも表現される難しさがあるのです。開催都市契約では、組織委員会が赤字になった場合は東京都、それでも支払えない場合は政府が補填することになっています。組織委員会は来月にも新たにまとめた大会経費を示したいとしています。今後はIOCからの支援も含めて、収入を増やす努力、それに一層の簡素化への取り組みが求められますが、負担を巡る政府や東京都との議論も、焦点になると思います。

【大切なことは何か】
開催の大前提となる今後の世界の感染状況は、不透明です。組織委員会の関係者のひとりは「史上最大最高の大会を目指して準備してきたが、今は開催を実現することこそが100点だと思う」と話していました。新たな生活様式が求められる中で、どうすれば東京大会開催を実現できるのか、知恵を絞って柔軟な対応をしていくことは、スポーツを含めた文化をウィズコロナ時代に継続させていくヒントになると思います。IOCや組織委員会は、大会開催の意義を丁寧に説明し社会の理解を得ながら、目の前の課題を克服し続ける。その積み重ねによって、東京大会は「トンネルの先の光」となり得るのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)

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