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「川辺川ダム建設へ転換~投げかけるもの」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

かつて「脱ダム」のシンボルと言われたダム計画が復活に向けて動き始めました。今年の7月豪雨で大きな洪水被害が出た球磨川水系の川辺川ダムで、12年前に計画を白紙撤回した熊本県の蒲島知事が方針を転換し、国に建設を要請しました。転換に至った背景や投げかけられた課題を考えます。

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解説のポイントは
▼壁にぶつかった「ダムによらない治水」
▼転換の理由と課題
▼転換が投げかけるものの3点です。

川辺川ダムは55年前の昭和40年に起きた球磨川の大水害をきっかけに建設が計画されました。球磨川の支流の上流に位置し、九州最大規模。80年に一度という大洪水にも対応できるとされました。

しかしダム建設で水没する地域の住民や川の環境悪化を懸念する漁業者などを中心に反対運動が高まり計画は難航しました。12年前、熊本県の蒲島知事は「ダムによらない治水対策」を追求するとして計画の白紙撤回を表明。翌年、旧民主党政権が中止を決めました。

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中止決定後、県と市町村、国は「ダムによらない治水を検討する場」などで議論を重ねてきました。ダム以外のさまざまな対策が提案されましたが、
▼川幅を拡張する案には「住宅などの移転が難しい」、
▼遊水地は「優良農地が失われる」、
▼トンネルを掘って上流の水を下流に迂回させる案には「下流で氾濫が起こりやすくなる」などそれぞれ地元から反対の声があがりました。

それぞれの対策単独では治水の目標を達成できないこともわかり議論は長期化しました。そして去年11月、国は10通りの具体策を示しました。対策を組み合わせることで目標を達成しようというものですが、
▼費用は2800億円から1兆2000億円、
▼期間も45年から200年もかかるという計画でした。
自治体から「現実性がない」という声があがって方向性を示すこともできませんでした。

7月豪雨が発生したのはその8か月後。球磨川流域で50人が死亡し、55年前を上回る戦後最悪の水害となってしまいました。

【転換の理由と課題】

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ダム建設への転換の理由になったのが、7月豪雨の後に国がまとめた検証結果です。
川辺川ダムが建設されていた場合の治水効果をシミュレーションし、人吉市から球磨村にかけての地域で浸水した面積を6割減らし、水位も最大で2メートル前後下げることができたと推定しました。

これを受け蒲島知事は、流域の住民や団体から意見を聞く会を重ねたうえで、きのうダム建設への転換を表明しました。

「ダムによらない治水」からの転換は多くの課題を伴っています。

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まず流域の住民が心配する環境への負荷を小さくできるのか、という点です。
蒲島知事はそのために従来のダムとは違う「流水型ダム」の建設を国に求めています。
従来のダムは常に水を貯めていて、大雨のときは事前に水位を下げて雨水を受け止め、下流の増水を抑えます。一方、流水型ダムは普段は水を貯めずにそのまま流していて、大雨の時だけ水を貯めます。ダムの上流から下流へ水や土砂の流れを維持できるため環境への負荷が小さいとされています。

流水型ダムに詳しい京都大学防災研究所の角哲也(すみ・てつや)教授は、「流水型ダムは従来のダムとくらべて水質悪化の影響を大幅に小さくすることができる。ただ環境面と防災上の影響・効果は構造や操作方法で大きく変わるので、それらを十分に検討する必要がある」と話しています。

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またダムによる防災効果の限界です。
浸水面積を6割減らせたという国の検証結果の信頼性について、同様のシミュレーションを研究する専門家は「シミュレーション結果には幅があることは注意しなければならないが、ほかの研究者による検証結果と大きな相違はない」と話しています。
一方、熊本県による意見聴取会では「治水効果を過大に見積もっている」と指摘する専門家もいました。
そもそも国の検証結果でも規模は小さくなりますが、かなりの範囲が浸水するとされていてダムの防災効果に限界があることを示しています。
これまで検討してきたダム以外の対策も推進・実現していくこと。そして、なによりダムなどハード対策は避難の時間を稼ぐための補助的な手段というように考えて、避難の態勢を整備する必要があります。

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さらに建設のためには漁業補償の話し合いのほか環境アセスメントが必要になると見られ、
建設には長い時間がかかると見られます。今回の決定に強い反発の声もあがっていて、環境への配慮と防災のバランスについて地域住民の納得を得て協力してもらえるかも問われることになります。

【“転換”が投げかけるもの】
ダムや水害対策をめぐるこの10年あまりの動きの中で、今回の転換をどう見たらよいのでしょうか。

「コンクリートから人へ」をスローガンにした旧民主党政権が進めたいわゆる「脱ダム」では、本体工事に入っていない83のダム事業の費用と効果について検証が行われ、25事業が中止、54事業が継続され、4事業は検証が続いています。

川辺川ダムと並んでシンボル的な存在だった群馬県の八ッ場ダムは旧民主党政権のときに事業継続に転じました。完成直前だった去年10月、台風19号による豪雨の際に満杯の水を受け止めました。国土交通省はほかの6つのダムとあわせた効果で利根川の上流地点での水位を1メートル下げる効果があったとしています。

この八ッ場ダムに続く川辺川ダムの建設への方針転換がほかのダム計画に影響するのかどうかはわかりませんが、ダムの防災面での役割への関心は以前よりは高まっているように思いますし、広く知ってもらう必要があります。

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気候変動による気象現象の激甚化が強く懸念されるなかで、国は今年、治水の考え方を大きく転換し、「流域治水」を打ち出しました。かつて目指していたダムや堤防などで川の氾濫を抑え込む治水はもはや困難で、浸水も前提にしてハードとソフトのさまざまな対策で被害を少なくしようというものです。
ソフト対策は避難の態勢づくりや危険な場所に住まないようにする町づくりなど、
ハード対策は堤防の強化や遊水地など、それにダムもあります。既存のダムを最大限に活用したり、ダムの機能と限界を流域住民に知ってもらいソフト対策と連動させる取り組みも大切になってきます。

【まとめ】
流域治水をめぐっては、全国の大きな河川で流域ごとに自治体や国などの協議の場が作られ、こうした対策を組み合わせて被害を減らすための議論が始まっています。球磨川流域は
多くの住民が参加してこうした取り組みに早く取り組んだ「先進地」と言うことができて、その経験はほかの地域の参考になると考えられます。ただ、そこが流域治水の難しさなのですが、意見の相違もあって方針を示すことができないうちに今回の豪雨災害が起きてしまいました。流域ごとに水害の被害を小さくするためにどういう対策を進めるべきで、そのための負担や痛みをどう分担するのか、議論を急ぐ必要があることを示していると思います。

(松本 浩司 解説委員)

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