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「アメリカ大統領選挙『バイデン政権』移行への試練」(時論公論)

髙橋 祐介  解説委員

アメリカ大統領選挙は民主党のバイデン氏が勝利を宣言し、週明けから政権移行に向けた準備を本格化しているのに対し、トランプ大統領は依然「選挙に不正があった」と主張し、法廷で争う構えを崩しません。民主主義の旗手をもって自らを任じてきたアメリカは、こうした試練を乗り越えて、平和的な政権移行を実現できるでしょうか?現状を分析し、今後の見通しを探ります。

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解説のポイントは3つ。
▼まず政権交代への流れは固まったか
▼次に混乱はいつどのように収束するか
▼そして“バイデン政権”発足への課題についてです。

トランプ政権4年の信が問われた今回の選挙。メディアが当選確実を伝えるや、バイデン氏はためらいを見せず勝利を宣言し、党派対立の解消を真っ先に訴えました。

バイデン氏の発言(7日デラウェア州)「皆さん、国民の審判が下りました/明白な勝利は揺らぎません/われわれ人民が勝利しました/国民を分断せず結束させることを誓います/共和党の赤色の州も民主党の青色の州でもない合衆国の大統領になります」

バイデン陣営は選挙結果が長く確定しない事態を予め想定し、民主党が苦杯を舐めた2000年選挙も教訓に、いわば先手必勝で勝利を既成事実化して印象づけるイメージ戦略を練り上げていました。

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これまでの開票集計を見てみましょう。推定開票率95%の時点で、バイデン氏が獲得した選挙人は当選ラインの270を上まわる279に対し、トランプ大統領は214にとどまっています。
バイデン氏の総得票数は史上最多となる7500万票を超え、またトランプ大統領の総得票数も現職候補としてはこれも史上最多となる7100万票に達しました。

残り4つの州は大勢が判明していません。しかしバイデン氏は、製造業が衰退して“ラストベルト”と呼ばれ、前回4年前はトランプ氏が競り勝った中西部ミシガン、ウィスコンシンそれに東部ペンシルベニアの激戦3州を奪還したことが決め手となりました。

トランプ陣営は「勝者はメディアではなく裁判が決める」として、票の数え直しを求め、投票日を過ぎて届いた郵便投票の有効性を争う法廷闘争の構えを崩しません。ただ、再集計が行われても、各州の票差は、勝敗そのものを覆すまでには及ばないという見方が大勢を占めています。

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国際社会の反応も迅速でした。イギリス、フランス、ドイツ、イタリアといったヨーロッパの主要な同盟国のほか、隣国のカナダ、日本の菅総理大臣ら、G7のメンバー国は「バイデン氏とともに課題克服に取り組むことを楽しみにしている」とする声明や首脳談話を相次いで発表。またインドのモディ首相や、イスラエルのネタニヤフ首相など、トランプ大統領と親しいとされてきた首脳も相次いでバイデン氏に祝意を表明しました。
中国やロシアは、公式な反応では踏み込んだ態度を示さず、アメリカの政権交代が外交政策に及ぼす影響を慎重に見極めようと静観の構えです。
客観的に見て、トランプ大統領は、すでに外堀は埋められて、本丸も落城寸前の観が否めません。

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こうした窮地にトランプ大統領はどう出るでしょうか?それぞれの州が選挙人獲得数をまとめて報告し、選挙結果に異議を申し立てる事実上の期限となるのが来月8日。来月14日には、それぞれの州で選挙人による投票が行われます。理屈の上で、それまでは、司法による判断や州議会での議決などにより、票数が動く可能性はあります。
トランプ大統領は、選挙人の獲得数を確定できない州が出てきて、バイデン氏が過半数に達しない場合にのみ、来年1月に発足する新しい議会下院で決選投票に持ち込むことが出来ます。

しかし、多くの弁護士を雇い入れる法廷闘争は巨額の費用がかかります。トランプ陣営は政治献金が集まらず、資金不足も伝えられています。しかも、共和党内には大統領が確たる証拠を示さないまま結果を受け入れない姿勢を疑問視する動きも表面化しています。ブッシュ元大統領やかつて共和党の大統領候補だったロムニー上院議員ら、中道寄りの穏健派の重鎮は、すでにバイデン氏に直接祝意を伝えました。

たとえホワイトハウスを失っても、共和党は政党として存続し、今後も選挙を戦わなければなりません。世論の動向をにらみながら、そうした共和党内から大統領に“名誉ある撤退”を説得する事実上の“トランプ降ろし”が本格化すれば、混乱は収束に向かうでしょう。

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今回の選挙は、どのような有権者がバイデン氏に投票したのでしょうか?
こちらの出口調査によると、性別では男性はトランプ大統領、女性はバイデン氏に、やや多く投票した傾向がうかがえます。
人種別では白人の多数はトランプ大統領、黒人のほか、白人以外のヒスパニック、アジア系の多数はバイデン氏に投票した傾向がありました。
注目は年代別の投票傾向です。18歳から20代で“Z世代”と呼ばれる若者や、21世紀に成人した“ミレニアル世代”など、年齢が若ければ若いほどバイデン氏により多く投票した傾向がみられます。
つまりバイデン氏は、民主党が支持基盤とする女性、若者、マイノリティー票を着実に抑える一方、トランプ大統領は、主に中高年の白人男性から多くの支持を集めながら、人種の多様化や世代交代に伴う変化を十分に取り込み切れなかったことがうかがえます。

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大統領選挙と同時に行われた議会選挙でも、共和・民主両党が激突しました。
議会下院は民主党が多数派を維持する見通しですが、共和党も現有議席から増やしています。
議会上院は残り4議席の結果次第で、どちらが多数派になるか、まだわかりません。共和党は上院のアラスカ州と南部ノースカロライナ州は今のところ優勢で議席を確保できそうです。しかし、南部ジョージア州の現有2議席は、来年1月5日の決選投票にもつれ込む見通しです。仮に上院で共和・民主両党が50議席で並べば、議長を兼ねる次の副大統領が採決を最終的に決定づけることになります。このため、共和党指導部は、トランプ大統領とペンス副大統領の落選が確定した場合、上院の多数派維持をかけて、このジョージア決戦に全精力を注入することになるでしょう。

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この議会上院の行方次第で、“バイデン政権”の骨格づくりも左右されそうです。バイデン陣営は、すでに政権移行チームを立ち上げて、主要な人事に着手していますが、その中で、女性や若手、マイノリティーを積極的に登用するとしています。
しかし、閣僚や各省庁の高官ポストは議会上院の過半数で承認が必要となるため、党派色の強い人事は共和党が抵抗するかも知れません。このため、バイデン陣営は、新政権には共和党からも人材を起用することを検討しています。
“バイデン政権”が公約どおり、新型コロナ対策を最優先に就任早々から走り出せるかどうかは、従来の党派対立を解消し、“分断の溝”をどこまで修復できるかにかかってくるでしょう。

この4年間、トランプ大統領は、アメリカ社会の分断を敢えて煽ることで、みずからの支持基盤を固めてきました。しかし、分断はトランプ氏自身が作り出したものではなく、むしろ分断こそがアメリカ史上まれに見るこの“特異な大統領”を生み出しました。
これから72日後、トランプ政権が任期切れで仮に終わっても、分断された“ふたつのアメリカ”はすぐには消えません。アメリカは、この試練を克服し、あらゆる人が自由で平等、法による支配が確立した民主主義の理想国家にどこまで近づけるでしょうか?バイデン氏には強力なリーダーシップと相当な時間が必要となりそうです。

(髙橋 祐介 解説委員)

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