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「『2050年脱炭素社会』への課題」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

菅総理大臣は先週国会で、2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現をめざす、と宣言し、世界的な潮流に日本も舵を切りました。しかし、実現には多くの課題もあります。この2050年脱炭素社会への道筋を考えます。

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 そもそもなぜ、「2050年脱炭素社会」か。
 言うまでもなく今や気候危機とも言われる、深刻な地球温暖化にブレーキをかけるためです。最高気温を年々更新し、大雨や洪水、山火事などの災害も激甚化させる温暖化を食い止めるため、「パリ協定」では気温の上昇を産業革命前より1.5℃までに抑える努力を追求すると明記されています。この、気温上昇を1.5℃に抑えるには、大気中に排出される温室効果ガスを2050年には世界全体で実質ゼロにする必要がある、と計算されているのです。
 既に120以上の国と地域が2050年までに実質ゼロの目標を掲げ、アメリカ大統領選でもバイデン氏はこれを公約に掲げています。世界最大の排出国で、これまで排出量自体の削減目標は示していなかった中国も9月に「2060年までに実質ゼロをめざす」と表明しました。日本はこれまで「今世紀後半のできるだけ早期に脱炭素社会をめざす」と具体的な時期は示していませんでしたが、世界の動きが加速する中、これ以上曖昧な姿勢を続けて、温暖化対策に後ろ向きだと批判されることは望ましくなかったとも言えるでしょう。また既に東京都をはじめ22都道府県などが2050年実質ゼロを表明し、その人口を合わせると8千万人を超えたとされ、国として決断する機も熟したとの見方もできます。

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 ところで、たびたび使われるこの「実質」ゼロとはどういう意味でしょう?
 これは、人為的に排出されるCO2・二酸化炭素などの量と森林などが吸収する量との間で均衡が取れた状態のことです。つまり、植林などで森林の吸収量を増やせれば、その分は排出が可能とも言えます。また、CO2を何らかの技術で捕まえて利用できるなら、やはりそれだけ排出することもできます。これが「カーボン・リサイクル」と呼ばれる技術です。ですから、「実質ゼロ」は化石燃料の使用を完全にゼロにすることまでは意味しませんが、かなりゼロに近づける必要はあります。

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 どうすれば、それを実現できるのでしょう?
 日本でCO2の排出が最も多いのは、「エネルギー転換」と呼ばれる、発電所や製油所などの分野です。これはつまり、私たちが車が電気自動車に変えるなどしても、発電が化石燃料で行われている間は効果が乏しく、まず電力を再生可能エネルギーに変えることなどが極めて重要なことを意味します。
 次に排出が多いのは産業分野ですが、削減が容易でない産業もあります。例えば、日本のCO2排出の1割以上を占める「製鉄」です。

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 鉄鋼の生産自体に大量のエネルギーが必要なことに加え、鉄鉱石は鉄と酸素が結びついた物質で、これを鉄に変えるにはコークス、つまり石炭を使う必要があるのです。そのため、CO2の発生は避けられないと思われてきました。ところが、このコークスの代わりに水素を使うことで、将来的にCO2を出さず鉄を作る技術のイノベーションが始まっています。日本の製鉄業界も「ゼロカーボン・スチール」と呼んで、今世紀末に実現するシナリオを打ち出しています。
 また、他にもCO2を多く出すものとしてセメント・コンクリートの製造があります。これも化学反応の性質上、CO2が出るのを避けられないと考えられてきました。しかし、最近は逆に、CO2を原料のひとつにしてコンクリートを作る技術が開発されています。CO2を出すどころか利用して減らす、そして同時にコンクリートを作るというもので、こうした技術は「カーボン・リサイクル」と呼ばれます。
 このように、イノベーションによって困難とされていた分野も脱炭素化が可能になる、むしろそれが新たな競争力を生む、という考え方が広がりつつあるのです。とは言え、コスト面でも技術面でもまだ課題は多く、政策的な後押しが欠かせません。

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 一方で、2050年というと先の話と思われがちですが、イノベーションが解決してくれるのを待っている時間の余裕はありません。と言うのも、気温上昇を1.5℃に抑えるにはCO2の累積での排出量を抑えなくてはならないため、2050年にゼロにするだけでなく、その途中も確実に減らす必要があるからです。
 例えば日本の2030年度の削減目標は、現在のところ2013年度比で26%削減というものです。しかし、2050年に実質ゼロにするには2030年には45%程度も削減するペースが必要で、大変なギャップがあります。ギャップを埋めるカギは、やはりまずエネルギーの脱炭素化です。先月から国は2030年度の「エネルギー基本計画」の見直しを始めています。

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 現在の国の計画では、2030年度の電源構成はこうなっています。
 石炭やLNGといった化石燃料が半分以上を占めますが、これをさらに大幅に削減する必要があるのです。中でも最もCO2排出が多い石炭火力は、いくらか高効率のものであっても今から新設することは無理がありますし、脱石炭の具体的な道筋が求められます。
 そして、大きな議論があるのが「原子力」です。再エネと共にCO2を出さない電源として菅総理は安全最優先で原子力も進めるとしています。確かに原子力抜きで実質ゼロをめざすのは、よりハードルが高くなる面はあるでしょう。一方で、災害のリスクが高く、核のゴミを処分する場所にも苦労している日本が、原発に将来も頼ることが果たして持続可能なのでしょうか?電力の20%以上を原発でまかなうには30基もの稼働が必要と言われ、現実的とは言えないでしょう。

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 では、原発にも頼らない脱炭素社会はどうすれば可能でしょう?再エネ100%をめざすには、天候などで変動する発電量を調整する仕組みが必要です。
 この秋、神奈川県小田原市で国の補助事業に選ばれたひとつの取り組みがあります。電力会社が一般家庭に太陽光パネルを設置してネットワークを結び、余剰な電気を地域内の蓄電池や電気自動車に供給。災害時には防災拠点でも活用する構想です。まだこれはひとつの狭い地域内の実験的な取り組みですが、地域社会の脱炭素化を考えるヒントになるかもしれません。
 また、再エネの発電量が多い時には水素を作ってためておき、石油やガスに代わる燃料にするのも有力な方法です。水素で走る燃料電池自動車は日本で既に市販されていますし、ヨーロッパのエアバス社は、2035年までに水素を燃料にする航空機を実用化させる、と発表しています。
 このように脱炭素社会につながる技術は既に色々出てきていますが、それを普及させる上での最大の壁はやはりコストです。再エネの導入拡大にFIT・固定価格買取制度が一定の役割を果たしたように、エネルギーを貯める技術やカーボン・リサイクルなどの導入が経済的にペイするようになるまでは、それを後押しする仕組みも検討が必要でしょう。
 このように2050年脱炭素社会の実現には、地域社会や産業のあり方自体も大きな変革が求められることになります。世界的に、新型コロナからの復興にも、気候変動対策などを経済成長にも結びつける「グリーン・リカバリー」の考え方が広がりつつある今、イノベーションを加速しつつも、その成果を待つだけで無く脱炭素社会への変革を進める必要があるのではないでしょうか。

(土屋 敏之 解説委員)

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