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首里城 進み始めた再建 教訓を生かすために

田中 泰臣  解説委員

沖縄県のみならず国内外多くの人に大きな衝撃を与えた那覇市の首里城の火災から、10月31日で1年です。進み始めた再建とそこから見えてきた課題についてお伝えします。

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【進み始めた再建 再発防止策は】
火災が起きたのは去年の10月31日の未明。首里城の中心的な建造物である正殿内から出火し、北殿や南殿など次々と周囲の建物にも燃え移り、主要な建物が全焼しました。今は、がれきもほとんど片づけられ、正殿は階段の部分が残っているだけです。

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再建は国が主導し正殿は再来年に着工、2026年までに完成させるとしていて、現在、具体的な計画を国の有識者会議で議論しています。
この中で特に重視しているのが再発防止策です。出火原因は特定できていないものの火災拡大の要因は明らかになってきています。
火災当日の午前2時34分、正殿の向かい側、奉神門の2階にある管理事務室の人感センサーが正殿内の異常を感知、警備員が向かったところ黒煙が立ち込めているのを見つけました。
当日の防犯カメラの映像では、警備員は煙で正殿内に入ることができず、外から消火器で対応しているのが確認できます。室内のスプリンクラーは設置義務がなく、ありませんでした。通報を受けた消防は2時 48分に到着。ただ城の構造上、消防車が近づけずホースを延長するのに時間がかかるなどして放水を開始したのは到着から17分後でした。そのころの防犯カメラの映像ではすでに正殿全体から炎が上がっているのがわかります。ほかの建物に次々と燃え移り鎮火したのは11時間後のことでした。
これらのことから分かるように再発防止にまず必要となるのが防火設備の整備です。

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国の有識者会議は、最新のスプリンクラーのほか、ホースを接続すれば消火活動ができる連結送水管設備、また電気設備からの出火の可能性が指摘されていることから漏電を防ぐ遮断器なども設置することを検討しています。
再建にあたっては沖縄の人にとって「心のよりどころ」と言われる首里城ですので、琉球王国当時を感じられる歴史的な空間の雰囲気を損なわないようにすることも重要だと思います。ただ二度と火災を起こさないことをあくまでも大前提としてほしいと思います。

【管理体制の課題も】
再発防止に向けては別の課題も見えてきました。それは首里城特有の複雑な管理体制です。火災で焼けた正殿など主要な部分は、所有者は国ですが、去年2月から沖縄県が管理しています。その外側の城郭内は国が管理。さらに外側は県営の公園となっています。

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県の担当者によりますと、主要部分の管理は元々、県側が求めたというよりも、沖縄の本土復帰40年を記念して2012年に当時の政権が提案したもので、有効活用できるうえ、有料区域ならば財政負担もないとして決定したということです。
ただ今回の火災でもそうだったように、県が管理する区域で起きた火災でも、国が管理する区域にある消火設備も使って消火活動が行われます。また新たに設置する予定の消火設備の中には国と県の管理区域をまたいで整備するものもあります。再発防止には国と県が常に連携できる仕組みを構築するほか、綿密な防火マニュアルの策定や訓練を重ねる必要があると思います。
こうしたことも踏まえ、10月26日、首里城内で夜間の火災を想定した訓練が行われました。実はこうした夜間を想定した訓練が火災前には行われていなかったこともわかっていて、今後は県が主体となって訓練のあり方を検討するとしています。
火災前の正殿は33億円をかけて1992年に復元されました。
国の担当者は、今回は材料費の高騰などにより3倍の、100億円以上かかる見通しだとしています。万全の対策を講じ再建を進めてほしいと思います。

【全国の建造物では】
首里城の火災を教訓に全国の文化財では対策が進みつつあります。

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火災があった正殿と同じ木造で、江戸時代以前の天守閣を持つ城は全国に12あり、うち国宝は5つです。スプリンクラーの設置義務はありませんが、姫路城と松江城は火災前から設置していました。火災を受けて松本城や犬山城が設置する方向で検討、彦根城は来年度以降検討するとしていて、温度差はあるものの対策を進めようとしています。ただ担当者が口をそろえるのが、「歴史的な価値を損なわないようにするのが難しい課題だ」ということです。
また文化財ではないものの首里城と同様、世界遺産に建てられた「復元建造物」の防火対策も課題です。

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文化庁の調査で55棟のうちスプリンクラーを設置しているのは2棟、重要文化財には義務づけられている自動火災報知設備の設置は30棟にとどまりました。
文化庁は去年12月、国宝やこうした復元建造物を対象に費用の補助を上乗せすることを決め、早期の対策を促しています。
さらに今年度から、大学の研究者など30人あまりを調査員として委嘱し、歴史的な価値を守りながら対策を講じるアドバイスを行う取り組みも始めています。所有者にはこうした制度を積極的に活用してほしいと思います。
首里城の火災をめぐっては、門が施錠されたままだったことが消防の活動が遅れる要因の1つになったなど、今年になってから指摘された問題もあります。文化庁には得られた教訓を、逐一、各地の所有者に伝えていく取り組みが必要です。

【再建までの間の課題】
その首里城、再建までの間にも乗り越えなければならない課題があります。

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月間20万人以上が訪れていた来場者は火災以降半分ほどに落ち込み、そこに新型コロナウイルスが追い打ちをかけ、今年9月は火災前の10分の1以下となっています。県の管理区域は昨年度およそ3億円の赤字となりました。こうした中、取り組んでいるのが「見せながらの再建」です。
再建に向けた作業のほか、損傷した龍の柱、「大龍柱」の修復作業などを間近で見ることができます。正殿の地下にある、琉球王国時代の遺構も正殿が焼失したことであらわになり、来場者が見られるよう工夫をしています。またVR技術を使って在りし日の首里城を見られる取り組みなども行われています。観光が主要産業である沖縄にとって屈指の観光スポットである首里城の来場者をいかに回復していくかは今後も大きな課題です。
首里城周辺には15世紀の寺の跡など県が復元や整備を進める史跡も点在しています。

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石川県の金沢市や岐阜県の高山市などは、国からの支援を受けて文化財を復元・保存しながら、それにあった町づくりを行う、「歴史まちづくり法」を活用しています。県や那覇市は再建にあわせて首里城周辺の地域を整備していくことも検討していて、こうした制度の活用も検討に値すると思います。
首里城には、琉球王国時代の象徴というだけでなく、沖縄戦でアメリカ軍による攻撃で焼失したという歴史があります。旧日本軍が、地下に司令部を設置したことから標的となりました。首里城の再建を契機に、多くの人が訪れる観光スポットという面だけでなく、沖縄が直面したさまざまな歴史を学び、そこに思いがはせられるような取り組みを考えていくことも必要ではないでしょうか。 

(田中 泰臣 解説委員)


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