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「緊迫タイ 岐路に立つ『タイ式民主主義』」(時論公論)

藤下 超  解説委員

タイで続く反政府デモは、ことし7月に本格化してから3か月余りが経ちましたが、収束する兆しはありません。
デモ隊は若者たちが中心で、中学生や高校生も参加しています。
SNSで連絡をとりあい、警察の取り締まりを巧みに避けながら、連日、デモや集会を行っています。

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デモ隊が求めているのは、軍出身のプラユット首相の辞任と、非民主的とされる憲法の改正、それに、これまで議論することさえタブー視されてきた王制の改革です。
タイでは、軍と国王が、クーデターや政変を通じて、たびたび政治に介入してきました。
若者たちは、こうした「タイ式民主主義」と呼ばれる、国のあり方そのものの変革を求めているのです。

【政治にかかわり続ける軍への憤り】
若者たちは、なぜ反政府デモに立ち上がったのでしょうか。
大きな理由は、軍の影響力の強い政権が長期間にわたって続き、終わりが見えないことへの憤りです。

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辞任要求を突き付けられているプラユット首相は、軍出身です。
6年前のクーデターで政権を握り、去年の総選挙で、タイが5年ぶりに民政に復帰したあとも、首相を続けています。
若者たちは、議会上院が、事実上軍による任命制になっているなど、非民主的な憲法のもとで首相が選ばれていて、民意を反映していないと主張しています。
ことし2月には、若者の支持を集めていた野党が、裁判所によって解党されました。
これに対し、若者たちは、政権が司法を利用して強権的な姿勢をとっていると強く反発し、大規模デモにつながったのです。

【王制改革要求の衝撃】
さらに、タイの社会に大きな衝撃を与えたのが、王制改革の要求です。

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タイの国王は、憲法で、侵すことのできない存在とされ、侮辱したり中傷したりした場合は、1件につき最長で禁錮15年の不敬罪に問われます。
このため、王制のあり方については、長年、議論することさえタブー視されてきました。
しかし、若者たちは、王制の改革がなければ、真の民主化は達成できないと、10項目の要求を掲げて、王制の改革を求めています。
具体的には、憲法の「国王は不可侵」という条項や「不敬罪」の廃止などですが、中でも、わたしがとくに注目したいのは、国王によるクーデター承認の禁止という要求です。

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タイでは、1932年の立憲革命以降、19回の軍事クーデターがありました。
クーデターは、国王の承認があって初めて成功し、承認が得られない場合は、失敗とみなされます。
21世紀に入ってからも、2度クーデターがありましたが、いずれも当時のプミポン国王が承認しました。
クーデターと民主主義は本来両立しませんが、いわゆる「タイ式民主主義」のもとでは、国王の承認があれば、クーデターが、政治の手段として、容認されてきたのです。
その結果、政治混乱があると、軍がクーデターを起こし、そのあと、新憲法を制定して、総選挙を行い、新政権が発足する、そして、再び政治混乱があると、またクーデターが起きるというサイクルが続いてきました。
若者たちは、軍が政治に介入するこのサイクルを断つため、国王によるクーデターの承認を禁じるよう求めているのです。

【背景には格差と時代の変化】
変革を求める声が高まっている背景には、一向に解消しない格差の問題があります。
タイの一人当たりのGDPは、地域によって大きな格差があります。

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かつてタイを二分したタクシン派と反タクシン派の争いも、こうした地域格差を背景にしていました。
また、上位1%の富裕層が、国全体のおよそ半分の富を所有している、とする推計もあります。
こうした格差への不満が、新型コロナの影響による経済の急速な落ち込みによって増幅され、反政府デモを支持する世論につながっています。
また、国民の王室に対する考え方にも、変化がみられます。
4年前に亡くなったプミポン前国王は、国家的な危機に際して、政治や社会を安定させる役割を担ってきました。
1992年には、軍が民主化デモを鎮圧して多くの死傷者を出した事件を受けて、対立する双方の指導者を呼び出し、国王の力で混乱を鎮めました。

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一方、今のワチラロンコン国王は、タイよりもドイツに滞在していることが多いとされています。
また、数兆円とされる王室の財産を管理する機関と、軍の精鋭部隊を国王の直轄にしました。
王室予算も、ここ数年急増しています。
これに対し、デモ隊は、王室財産については、国が管理するものと、国王個人のものとを区別すること、そして、王室予算を削減することを求めています。
国王の行いについて議論することは、長年、タイのマスコミでタブー視されてきましたが、若者たちはSNS上で自由に意見を交わし、それが、王制改革を求める運動につながっていったのです。

【流血の事態を避けるには何が必要か】
これに対し、王室を擁護するグループも、活動を活発化させています。
反政府デモに対抗して集会を開くようになり、双方の小競り合いも起きています。
今月23日には、国王が、王室擁護派の人たちに直接会った様子が、地元のテレビで放映されました。
国王は、「あなたは勇敢だ。ありがとう」などと声をかけたということです。
これを受けて、今後、王室擁護派が勢いづき、反政府デモ隊と衝突することを懸念する声も出ています。
タイでは、政治的な混乱が、何度も流血の事態につながってきた歴史があります。
こうした事態を繰り返すことは、避けなければなりません。
しかし、「タイ式民主主義」のもとで、仲裁者とされてきた国王は、いま、対立の当事者になっています。
プラユット政権は、対応に苦慮しています。

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今月15日には、首都バンコクに非常事態を宣言し、デモ隊を力で抑え込む強硬手段に出ました。
しかし、逆に国民の反発を買い、大規模なデモが連日続く結果を招いたのです。
このため、1週間後、一転して非常事態宣言を解除する、懐柔策に出ました。
また、政府が臨時議会の開催を要請し、対応が話し合われました。
この中で、プラユット首相は、自らの辞任と王制改革については受け入れないとする一方、デモ隊の要求の一つである憲法改正については、手続きを進めたいと表明しました。
しかし、若者たちは首相の辞任を強く求めていて、デモを続ける構えです。
軍によるクーデターなど、強硬手段の可能性もささやかれるなか、流血の事態を防ぐには、政権側とデモ隊、双方の自制が必要だと思います。
また、議会による憲法改正の議論と並行して、王制改革の問題も話し合えるような対話の場を、双方が模索してほしいと考えます。
長年にわたって続いた、軍と国王が政治に関与する「タイ式民主主義」のもと、タイが、
経済発展してきたことは確かです。
しかし、タブーを破る危険を冒してまで、その変革を求めているのは、国の将来を担う若者たちです。
その若者たちの声から逃げず、真摯に耳を傾けることが、タイの支配層に、いま、求められていることだと思います。

(藤下 超 解説委員)

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