NHK 解説委員室

解説アーカイブス これまでの解説記事

「在日アメリカ軍 駐留経費 異例のせめぎ合い」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

日米両政府は、今月(10月)中旬、在日アメリカ軍の来年度以降の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」をめぐって、交渉日程などの調整を行いました。来月(11月)にも本格的な交渉が始まる見通しですが、今回の交渉は、異例の展開となりそうです。両政府の思惑や交渉の行方を探ってみたいと思います。

j201023_01.jpg

(本格交渉に向け調整始まる)
在日アメリカ軍の駐留経費の日本側負担、いわゆる「思いやり予算」について、日本政府は、5年ごとにアメリカ政府と特別協定を結んで負担を行っていて、いまの協定は来年3月に期限を迎えます。来月(11月)からの本格交渉を前に、両政府の外務・防衛当局の実務者は、今月(10月)15日と16日に、事前の調整を行いました。

j201023_03.jpg

今回は、▼トランプ大統領が日本に負担の大幅な増額を求めているとされることや、▼大統領選挙で、交渉相手が代わる可能性がある点で、異例の交渉となりそうです。

(日本政府関係者に伝えられた衝撃の事実)
まず、大幅な増額要求についてです。

j201023_05.jpg

去年7月、当時の谷内国家安全保障局長は、日本を訪問した、当時のアメリカのボルトン大統領補佐官から、日本側負担の大幅増額要求という、衝撃の事実を伝えられたとされています(2019年7月22日)。ことし出版されたボルトン氏の回顧録によりますと、在日アメリカ軍の日本側負担を、現在の4倍にあたる80億ドル、日本円でおよそ8400億円に引き上げるよう求めるトランプ大統領の意向を説明したとしています。ことし6月、当時の菅官房長官は、「具体的に要求された事実はない(6月22日記者会見)」と述べていますが、政府関係者は、「要求はなかったが、説明はあったようだ」としています。

(トランプ大統領の80億ドルの根拠は)
では、トランプ大統領は、なぜ80億ドルもの要求額に思い至ったのでしょうか。

j201023_07.jpg

ボルトン氏は、トランプ大統領は、常々、受入国は、アメリカが負担している駐留経費全額プラスアルファを負担すべきで、交渉は経費全額プラス50%から始めるべきだという考えを持っていると指摘しています。費用を積み上げた額ではないというのです。
これは、2019年度にアメリカが支出した日本への駐留経費です。総額でおよそ54億ドルですから、それに50%を上乗せすると81億ドルとなり、要求額にほぼ符合します。

(日本政府は増額要求に応じられるのか)
日本政府は、こうしたトランプ大統領の意向にどう対応しようとしているのでしょうか。

j201023_08.jpg

本来、日米安全保障条約にもとづく日米地位協定では、アメリカ軍の維持に伴うすべての経費はアメリカが負担すると定められています。ただ日本は、アメリカの要求を受け入れる形で負担を増大させ、今年度は1933億円を支出しています。
駐留経費の日本側の負担は、アメリカから安全保障上の貢献の要求に、日本側が応じられない際に、新しい負担項目が加わってきているといえそうです。
1978年、ニクソンショック後の円高ドル安の影響でアメリカの経費負担が重いとして、基地に働く従業員の福利費を肩代わりし始めました。これが「思いやり予算」の始まりです。
その後、1987年、イランイラク戦争で、アメリカからペルシャ湾への掃海艇の派遣を求められ、当時の中曽根総理大臣が断念した際には、基地で働く従業員の労務費の負担が加えられます。
さらに湾岸戦争で一層の責任分担を求められたことを背景に、1991年からアメリカ軍の隊舎や家族住宅の光熱費の負担も加わっています。

j201023_10.jpg

今回、政府は、▼財政状況がアメリカより厳しいこと、▼安全保障関連法の整備を受けて、アメリカ軍の艦船や航空機などを警護する活動を行っていること、▼それに、アメリカのインド太平洋戦略に貢献することを念頭に、自衛隊の活動範囲を広げていることを説明することにしています。例えば、防衛省は、去年4月から70日間あまりにわたって、護衛艦3隻をインド洋から南シナ海に派遣し、インドやベトナムと共同訓練を行ったり、アメリカ、オーストラリア、フランスと共同訓練を行ったりしています。
政府としては、こうした取り組みを説明し、駐留経費の負担は、現状維持で合意したい考えです。

そもそも、日本が負担を増額する余地はあるのでしょうか。

j201023_12.jpg

アメリカが支出している日本への駐留経費の9割以上がアメリカ軍兵士の給与や作戦維持費で占めていて、それまで負担すれば、アメリカ軍兵士を日本政府が雇い入れるのと同じことになってしまいます。日本は、駐留経費のほかにも、米軍再編の関連費用を今年度1800億円程度負担しています。
こうしたことを考えれば、今の枠組みでは、上乗せの余地はほとんどないのが実情です。

(在日米軍撤退・縮小はあるのか)
日本政府は、当面はトランプ政権と交渉することになります。ただ、トランプ大統領は、ボルトン氏によりますと、アメリカ軍を撤退させると脅せば、交渉を進める上で強い立場になると述べたと指摘し、撤退は交渉の一手だとしています。ただ、アメリカ第一主義が一定の支持を集め、内向きの傾向を強めるアメリカからみて、在日米軍の撤退や縮小はあるのでしょうか。

j201023_14.jpg

アメリカは、軍事力の強化を図る中国や、核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対抗するため、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を打ち出しています。その戦略を担うインド太平洋軍は、アメリカ軍で6つある地域統合軍の中では最大規模で、在日アメリカ軍はその主力です。アメリカは、2018年度の時点で、本土以外に、大型基地を24か所保有していますが、そのおよそ半分の11か所が日本にあります。例えば、第7艦隊のメンテナンスは、横須賀や佐世保で行われ、仮に2つの基地を失うと、アメリカ本土に戻る必要があります。横須賀・佐世保なしに同じプレゼンスを維持するには、さらに複数の空母打撃群が必要になると指摘されています。
また、日本に保有している弾薬庫や貯油所は、アメリカ軍の中でも最大規模で、これを失うと日本以外で新たに大型施設を確保しなければなりません。
こうした点を考えると、アメリカからみれば、地域でプレゼンスを維持するには、在日アメリカ軍基地は非常に重要で、撤退や縮小は、それ以上のコストを強いられることになります。
日本政府は、こうした事情を丁寧に説明し、交渉上の脅しがあれば、毅然と対応してほしいと思います。

(交渉の行方)
では、来月(11月)から本格化する交渉の行方はどうなるのでしょうか。
一足早く去年9月から負担交渉が始まった韓国が参考になります。

j201023_15.jpg

トランプ大統領は、韓国に、これまでの負担額の5倍にあたる50億ドルという大幅な増額を要求するべきだとの考えを持っているとされています。政府関係者によりますと、実務レベルでは、ことし3月末、前の年より13%増額することでほぼ合意したものの、トランプ大統領が拒否したということで、交渉は中断しています。このケースから、実務レベルでは、一致点が見いだせること、ただ最終的には大統領の意向が重要だということが読み取れます。

j201023_16.jpg

政府関係者の中には、同盟関係を重視する姿勢を示しているバイデン前副大統領が勝利すれば、4年前まで政権を担当していただけに、大枠を変えることなく合意できるのではないかとする見方があります。そのため、バイデン氏が勝利した場合には、その就任を待って、交渉すべきだとの指摘があります。
トランプ大統領が再選された場合は、政府関係者は、「交渉の行方は全く読めない」としていています。候補者が選挙結果を受け入れず訴訟に発展するなど、勝敗がはっきり決まらない場合には、さらなる混迷が予想されます。政府内には、混乱が避けられない場合は、期限が1年の暫定的な合意もやむを得ないとの声も出ています。

菅総理大臣は、大統領選挙の結果を待って、対アメリカ外交に着手することになりますが、駐留経費の問題は、大きな懸案となる可能性があります。
両国政府の関係者の多くが、日米同盟の安定が、互いの戦略上の利益であることを認めている以上、交渉は、地域の安定に責任をどう分かち合っていくのかという大局的な視点で進める必要があると思います。    

(梶原 崇幹 解説委員)

キーワード

関連記事