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「アルメニア・アゼルバイジャン 深まる危機の行方」(時論公論)【取材後記あり】

石川 一洋  解説委員
出川 展恒  解説委員

(石川)
旧ソビエト、コーカサスの隣国、アゼルバイジャンとアルメニアが、先月27日から、事実上の戦争状態に入りました。ロシアの仲介で、人道的停戦で合意したものの、戦闘は激しくなるばかりです。この紛争はなぜ起こり、どこに向かおうとしているのか、中東担当の出川委員とともに解説いたします。

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私はロシア、出川さんは中東からこの地域を見てきました。ロシアとトルコ、コーカサスの覇権を争ってきた両国がカギを握りますね。

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(出川)
はい。トルコは、アゼルバイジャンと民族的に近い“兄弟国”どうしとも言われ、エルドアン大統領は、アゼルバイジャンを全面的に支持する姿勢です。

(石川)
一方、ロシアは、アルメニアの同盟国ですが、プーチン大統領は非常に慎重です。

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▼紛争の舞台は、アゼルバイジャン領内のナゴルノカラバフとその周辺の占領地です。あわせると、アゼルバイジャンの国土の20%にも上ります。その全体を、未承認国家「ナゴルノカラバフ共和国」が支配してきましたが、アゼルバイジャンは、事実上アルメニアが占領しているとみています。
▼ソビエト時代の1988年、当時のナゴルノカラバフ自治州で多数を占めるアルメニア人が、アルメニアへの併合を求めたことがきっかけです。双方のナショナリズムが燃え上がる中で、91年12月、ソビエト連邦が崩壊。独立した両国は戦争状態となりました。94年5月、ロシアの仲介で停戦が成立、アゼルバイジャンにとっては屈辱的な停戦でした。

(出川)
私は、91年12月、ソビエト連邦崩壊の真っただ中、アゼルバイジャン側の前線を取材しました。当時アルメニアは、ロシアの支援を受けていたと見られ、圧倒的に優勢でした。

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しかし今回、アゼルバイジャンのアリエフ大統領は、「ナゴルノカラバフは、アルメニアによって占領された領土であり、アルメニアが撤退しない限り、軍事作戦を続ける」と繰り返し表明しています。石川さん、アゼルバイジャンは強気ですね。

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(石川)
アゼルバイジャンは、この10年間、アルメニアの3倍以上の国防費で最新の兵器を揃えました。無人攻撃機ドローンを使い、制空権を支配し、ロシア製の戦車などを破壊しています。北と南から徐々に占領地を奪い返しています。
自立と国力強化の背景には、カスピ海の石油があります。

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欧米メジャーを呼び込んだカスピ海の巨大な油田開発。首都バクーからジョージアを通り、トルコの地中海につながる「BTCパイプライン」の建設。それはトルコとの結びつきを強化しました。ロシアからの圧力を跳ねのけての巨大プロジェクトでした。
さて、90年代と比較しますと、トルコの存在感が格段に増しています。エルドアン大統領の思惑をどう見ていますか。

(出川)
エルドアン大統領が、アゼルバイジャン支持をアピールしている背景には、民族的な近さと、それに基づく両国の固い友情があります。

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アゼルバイジャンの言語はトルコ語系で、互いに、ある程度理解し合え、宗教的にもイスラム教徒どうしです。そして、トルコは、ソビエト連邦崩壊後、アゼルバイジャンが生産する石油や天然ガスの供給を受けてきました。
一方、トルコは、アルメニアとは歴史的な対立を抱えています。第1次世界大戦中、トルコの前身のオスマン帝国によってアルメニア人が大量に虐殺されたとされる事件をめぐって、両国の関係は悪く、国交もありません。

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そして、エルドアン大統領は、アゼルバイジャンに、ドローンなどを提供し、合同軍事演習を行うなど、側面から支援してきました。トルコの存在感をアピールすることで、新型コロナウイルスの感染拡大や国内経済の悪化で鬱積した国民の不満のはけ口を作る狙いも感じられます。石川さん、アルメニアの思惑については、どう見ていますか。

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(石川)
アルメニアのパシニャン首相は、虐殺の歴史を思い起こさせ、民族自決、民族防衛の戦いと位置づけています。
2018年、親ロシア政権が民衆の抗議デモの中で倒れ、野党のパシニャン氏が首相となりました。欧米との関係を深める多極化外交を推進し、アメリカ、ヨーロッパ諸国は、旧ソビエト諸国の民主化の模範として高く評価していました。一方、ロシアのプーチン大統領は、ロシア離れの動きに不信感を強めていました。
戦意の高い軍隊があり、欧米ではアルメニア・コミュニティの力で、同情、支援の動きも広がっています。しかし、政治レベルでは、一定の支持の声はあるものの、期待した欧米からの具体的な支援は得られていません。しかも、同盟国のロシアは、今のところ仲介に徹して苦しい状況です。

(出川)
アルメニアは、ロシア主導の集団安全保障条約に加盟していますが、ロシアが、アルメニアへの軍事支援に動かないのはなぜですか。

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(石川)
欧米との厳しい対立を続ける中、さらにトルコとの決定的な対立となるのは避けたいというのが本音です。トルコは武器、エネルギーの重要な顧客でもあります。
集団安全保障条約は、あくまでアルメニア本国が攻撃されたときに防衛の義務が生じます。現在は、「アゼルバイジャン領内での内戦」というのがロシアの公式な認識です。
また、アゼルバイジャンは、ロシアに介入の口実を与えないため、極力アルメニア本国への攻撃を避けています。

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ただ、ロシアでは、地政学的チェスのゲームでトルコに負けているという危機感が強まっています。対外情報庁が、「国際テロ組織から傭兵が参加しようとしている」という声明を発表しました。場合によっては、「テロとの戦い」との名目で限定的に介入することもありうるというトルコへの警告でしょう。
出川さん、トルコは、アゼルバイジャンに対する本格的な軍事支援に踏み切る、たとえば、地上軍を派遣する可能性はあると考えますか。

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(出川)
私は、エルドアン大統領には、本格的に軍事介入する意思はないと見ています。もし、地上軍を投入すれば、ロシアも動かざるを得なくなり、大きな戦争に発展する恐れがあります。トルコは、シリアやリビアの内戦にも介入しているほか、東地中海の天然ガス資源をめぐって、ギリシャとの対立も深めています。しかも、経済の悪化で財政的に苦しいので、この紛争に軍を投入する余裕はないと思います。
また、トルコは、ロシア製の新型ミサイルシステムを購入するなど、ロシアとの協力関係も築いてきましたので、それを壊したくはないでしょう。ですから、アゼルバイジャンに対しては、外交上、あるいは、水面下の支援にとどめると思います。

(石川)
さて、アゼルバイジャンのイスラエル製やトルコ製の最新の無人攻撃機が、ロシア製の兵器を破壊している状況を見ますと、地域紛争の姿が変わっていますね。

(出川)
そう思います。イスラエルは、ソビエト連邦崩壊で独立したアゼルバイジャンに対し、敵対するイランと国境を接するという戦略的な理由から接近を図り、最新鋭のドローンなどを提供してきました。その攻撃力は、90年代とは比べものになりません。
地域紛争がこうしたハイテク兵器の実験場となるのは、ゆゆしきことです。

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(石川)
双方の戦死者は、公式発表をはるかに上回る恐れもあります。流血を止めるためには、和平が必要です。実は、米ロの協力で、両国が和平に近づいた時はあったのです。
2001年4月のアメリカ・フロリダ、そして2011年6月のロシア・カザンでの首脳交渉です。
▼アゼルバイジャンの領土の一体性、平和的解決、平等な民族の自決権という原則のもと、▼占領地はアゼルバイジャンに段階的に返還。▼ナゴルノカラバフの自立と安全の保証。国際社会による平和構築支援など、和平の方向性は示されているのです。
アメリカとヨーロッパが無力ぶりを露呈している中で、ロシアは自らの影響力を残すためにも停戦、和平へと動くでしょう。ただ、それには、トルコの協力が必要だとの意見がロシアでも強まっています。出川さん、トルコは協力するでしょうか。

(出川)
それが事態収拾のカギを握っていると思います。シリアの内戦では、ロシアがアサド政権側、トルコが反政府勢力側を支援しながらも、両国は、停戦と和平を実現させる取り組みでは協力しています。この紛争でも、そうなるよう期待したいと思います。とにかく、民族問題と領土問題が絡み合ったこの紛争を、国際社会がこれ以上放置することは許されません。

(石川)
最悪のシナリオは、「凍結された紛争」が「熱い紛争の長期化」にかわり、両民族が殺し合いを続けることです。対立の歴史だけでなく、隣人として長く共存してきた歴史もあります。両国の指導者が、双方の国益を冷静に判断し、早急に停戦、和平交渉に入ることを望みます。

(石川 一洋 解説委員 / 出川 展恒 解説委員) 


■ 取材後記

私は、今から30年前、1990年秋、当時ソビエト連邦の一共和国だったアルメニアを取材しました。連邦がまだ存在するのに、ナゴルノカラバフの紛争に対処する共和国独自軍が編成されていることに驚愕し、連邦の瓦解しつつある音を感じたのです。その1年後の91年12月、ソビエト連邦は崩壊します。アルメニアとアゼルバイジャンの民族紛争は、ソビエトという巨大な“帝国”が崩壊する過程で起きたナショナリズムの衝突です。ソビエト連邦は、建前としては、その国歌に謳われたように「自由な共和国の揺ぎなき同盟」でしたが、その内実は、一党独裁のソビエト共産党とそれを支える秘密警察・KGBによる中央集権的な体制でした。しかし理想主義者ゴルバチョフが、民主化ペレストロイカを始めると、建前としての共和国の自立が現実となり、民族意識の高揚は、時に隣り合う民族の衝突を招きました。その最初の一つがナゴルノカラバフ紛争だったのです。(石川)

ナゴルノカラバフをめぐる紛争は、ロシア革命後の1923年、ソビエト連邦の指導部が、住民の大多数がアルメニア人であったにもかかわらず、この土地をアゼルバイジャン共和国に編入したのが出発点です。私がここを取材した際、歴史教師だったという老人が、「われわれはソビエト政府による“分割統治”の犠牲者だ」と語っていたことが忘れられません。この紛争、世紀を超えて住民を苦しめ続けています。(出川)

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