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「回復する中国経済に懸念~巻き込まれる日本企業」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

きょう発表された中国の今年7月から9月までの経済成長率は、5%近くに達し、新型コロナウイルスによる打撃から、景気が急速に回復していることを示しました。
その一方で、アメリカとの経済摩擦が、中国経済をけん引するハイテク産業に影を落とし、その影響は日本企業にまで及んでいます。きょうはこの問題についてみてゆきます。

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解説のポイントは三つです。
1) 突出する中国の景気回復とその要因。
2) 回復の背景に“政治体制“の違いか。
3) 中国経済の重し 巻き込まれる日本企業

1) 突出する中国の景気回復とその要因
最初に中国経済の最新の情勢についてみてみます。

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中国の今年7月から9月のGDPは、前の年の同じ時期に比べて4.9%のプラスとなりました。中国の経済成長率は、新型コロナウイルスの影響で今年1月から3月はマイナス6.8%にまで落ち込んだ後4月から6月は3.2%とプラスに転じ、今回は5%に近づくなど、成長の勢いは一段と力強いものとなっています。

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先週IMF・国際通貨基金が発表した見通しでは、中国の今年一年の成長率の見通しは、+1.9%。日本がマイナス5.3%、アメリカがマイナス4.3%、ドイツがマイナス6%となる中で、中国の回復ぶりは突出しています。
中国がここまで力強い回復が果たせたのはなぜなのでしょうか。

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一つは地方での公共投資や、収入が落ち込んだ企業の税金の免除など、総額で8兆2000億元あまり、日本円で120兆円を超える大掛かりな経済対策の効果です。とりわけ地方では、従来型のインフラ事業、次世代の通信網の整備など、去年を大きく上回る投資が行われ、景気の回復を主導。さらに自動車の販売も地方政府による購入の際の補助金に押し上げられ、先月まで6か月連続で去年の同じ月を上回っています。
 二つ目は、内外からのコロナ関連需要です。マスクや防護服などの医療・衛生用品や、テレワークの広がりに伴うパソコンなどの電子機器など中国製品の需要が世界各国で拡大しました。このため、世界経済が依然として落ち込む中でも、中国からの輸出額は今年6月からプラスに転じ、先月まで4か月連続で増えています。

2)急回復の背景に“政治体制”の違いか

こうした要因に加えて、私は、中国が一早く景気の回復を果たした背景に、独特の感染防止対策で、新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込んでいるとされることをあげたいと思います。

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中国では各地で「健康コード」と呼ばれるシステムを導入しています。例えば首都北京では、市民が健康の宝と呼ばれるソフトを、スマートフォン上で作動させ、顔写真と政府が発行する身分証明書の番号を登録します。そして、政府がもつ感染者の発生状況や、政府がつかんでいると見られるその人の行動履歴に基づいて、感染リスクのある人に対し、危険度が高い順から赤、黄、緑の三色にわけて通知します。オフィスビルやコンビニ、銀行など建物や店に入る際に、この画面を見せる必要があり、緑つまり異常のないことが確認されなければ建物に入れない。つまり日常生活を普通に送ることができなくなる仕組みにしているのです。中国の当局は、このシステムを通じて、感染のリスクの高い人に早期に自宅待機させることで、感染の拡大を防ごうとしています。感染者の数が抑えられる中で、人々は以前に比べて外出を怖がらなくなったといいます。実際に、今月上旬の「国慶節」にあわせて連休では、去年の8割にせまるのべ6億3700万人が国内旅行にでかけました。感染防止が一早い景気の回復をもたらし、感染防止と経済活動の両立を実現しつつあるようにも見えます。

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ただこのシステムは、他の都市に移動する際に、その記録を入力するよう事実上強制されるなど、感染拡大防止を名目に、当局が個人の行動を把握するために使われるのではないかという指摘もでています。おりしも中国政府は、先週広東省で、一般の市民にスマートフォンで利用できるデジタル通貨を幅広く配って、店などで買い物をしてもらう初めての実証実験を開始しました。このデジタル通貨をめぐっても、個人の資金の流れを当局が把握するために利用されるのではないかという見方が出ています。いずれのケースも個人のデータが国家の統制に利用されるいわゆるデジタル専制主義につながる懸念が指摘されているのです。

3)中国経済の重し 巻き込まれる日本企業

こうした中国の感染防止対策は、中国が感染拡大の初期の段階で情報を隠ぺいしたこととも相まって、中国の国家体制に対するアメリカの警戒心を一段と強めさせているようです。そしてアメリカによる中国に対する一方的な制裁措置の強化は、回復に向かう中国経済の重しとなっています。

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トランプ政権は、安全保障上必要だとして、中国の通信機器メーカー大手ファーウェイを政府調達から排除するほか、ファーウェイを含むハイテク企業5社の製品を使用する企業にまで、アメリカ政府との取引ができないようにしようとしています。またオーストラリアやイギリスも次世代の通信規格5Gなどで、ファーウェイ製品の排除を打ち出すなど、先進各国に同様な動きが広がっています。このため、中国が強みを持つハイテク産業で、先進国向けの価格帯の高い製品の輸出が鈍っていくおそれがでています。

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 さらに深刻なのは、トランプ政権が先月15日から、アメリカ製の半導体製造装置でつくられた製品を、ファーウェイに販売することは認めないという措置に踏み切り、ファーウェイが最新型の半導体を調達できなくなったことです。その結果、5Gのスマートフォンの製造が難しくなったり、5Gの通信機器の性能が保てなくなったりするのでは、という見方がでています。このようにアメリカとの摩擦は、中国経済をひっぱってゆくハイテク産業の行方に大きな影を落としているのです。

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そして、こうした米中間の摩擦は、日本企業にも深刻な影響を及ぼし始めています。
東芝から独立した半導体メーカー、キオクシアホールディングスは、今月予定していた東京証券取引所への株式の上場の延期を余儀なくされました。会社側は、アメリカ政府の規制によって、主要な顧客であるファーウェイに半導体を出荷できなくなり事業の先行きに不透明感が強まっていることを、上場延期の主な理由としてあげています。株式の時価総額が1兆5000億円程度に上る今年最大の上場と期待されていた中で、上場の延期は、日本の経済界に大きな衝撃を与えました。
また日本メーカーのファーウェイに対する製品の販売にも影響が出ています。半導体大手のルネサスエレクトロニクスは次世代の通信規格5Gの基地局に使われる半導体の出荷を、東芝が、大容量のデータの記憶に使われるハードディスクドライブの出荷を、さらにソニーがスマートフォンなどのカメラに使われる画像センサーの出荷を。いずれもトランプ政権のファーウェイに対する規制強化の動きを受けて取りやめる事態となっています。ファーウェイが日本企業から調達している半導体や電子部品などの金額は、去年1年間でおよそ1兆1000億円にのぼったといいます。さらに、ファーウェイが半導体を思うように調達できない影響で最新型のスマートフォンなどの製造ができなくなれば、部品を供給する日本メーカーの売り上げにも影響が及びかねないなど、今後も日本企業への影響が広がることが懸念されています。
特異な政治体制を背景に感染を早期に抑え込み、景気の回復につなげている中国。

一方で、その特異な体制ゆえに激しくなるアメリカとの摩擦が、中国経済の先行きの懸念材料となっています。そうした中で日本経済にとっては、中国がもたらすプラスとマイナスの影響が入り混じる状況がつづくことになりそうです。

(神子田 章博 解説委員)

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