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「相次ぐ駅ホーム転落事故 視覚障害者を守れ」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

危険性が何度も指摘されながら、なぜ事故はなくならないのでしょうか。
目の不自由な人が、駅のホームから転落する事故で、2020年1月以降、3人の方が亡くなっています。視覚障害者の転落事故が相次いでいることから、国土交通省は、2020年10月、検討会を設置して新たな対策の検討を始めました。

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今回は、
▽視覚障害者の転落事故の現状を見た上で、
▽これまでの対策とその課題
▽こうした事故をなくすために何が求められるのか、考えます。

まず、事故の状況を見てみます。

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上の図の棒グラフは、2010年度以降の視覚障害者の駅のホームでの転落や列車との接触事故の件数を4月から翌年3月までの年度ごとにまとめたものです。転落・接触事故件数は、やや減少傾向にあるようにも見えます。
しかし、これらの事故で亡くなった人数を見ると、最近は毎年のように複数の人が亡くなっています。

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2020年1月には、東京のJR日暮里駅で死亡事故が起きました。山手線側には、ホームドアはありましたが、反対の京浜東北線側にホームドアはなく、転落しました。
2019年10月、東京にある京成電鉄の京成立石駅では、階段を下りてきた人がホームから転落しました。

ここで、疑問に思うことがあります。

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国土交通省は、10月に検討会を設置しましたが、2016年、東京の地下鉄、銀座線の青山一丁目駅で死亡事故が起きたときにも検討会を設置し、事故防止の対策を取りまとめていました。対策をつくったのに、死亡事故はなぜなくならないのでしょうか。

その2016年の対策を見てみます。ハード対策の加速が打ち出されました。

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ホームドアは、1日の利用者が10万人以上の駅に優先的に設置することとしました。設置に支障の少ない駅は、原則2020年度までに整備するとされました。
点字ブロックについては、1日の利用者が1万人以上の駅について、ホームの内側が認識できる「内方線つき点字ブロック」を2018年度までに整備するとされました。

この対策は、どこまで進んでいるのか。
ホームドアの設置は、2020年3月末現在、全国で855駅、鉄道の駅の9%に設置されています。このうち、10万人以上の駅に限ってみると、ほぼ半分の54%にあたる153駅に設置されています。車両によって扉の位置や数が異なる駅などでホームドアの設置が遅れています。
内方線つきの点字ブロックは、1万人以上の駅には、ほぼ設置されているということです。

死亡事故の現場の対策の状況はどうだったのでしょうか。

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青山一丁目駅の事故より、あとに起きた12件の死亡事故をみてみますと、事故当時、現場には、いずれもホームドアがありませんでした。亡くなった12人のうち、9人は、利用者が10万人未満の駅で転落しました。10万人未満の駅も含めて、ホームドアの設置を急ぐ必要があるのです。
すべての駅で点字ブロックは設置されていて、多くの駅では内方線つきの点字ブロックでした。
点字ブロックがあっても、転落事故が起きてしまうのは、なぜなのでしょうか。
成蹊大学の大倉元宏名誉教授らが、転落を経験した人から聞き取りをして、原因を分析した事例で見てみます。1997年のケースです。

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電車を降りた男性は、上の図のように右の階段につながる点字ブロックを探しながら歩き始めました。

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しかし、少し向きが違って進み、直角に曲がっている点字ブロックには気付かずに、上の図の位置まで来たところで、体の左に点字ブロックがあるのを確認しました。

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このとき、男性は自分が上の図の右(薄い人型の位置)のあたりにいると勘違いしてしまいました。

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「このまま進めば、階段があるはず」と考えて歩いていました。しかし実際には、ホームの端に向かって(濃い人型)歩いていて、ホームの端を階段と思い、転落しました。

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体の方向や位置を勘違いして、点字ブロックを越えてしまったのです。

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他にも、電車を待っていて、線路の向こう側に電車が到着した時、自分が乗ろうとしている電車が来たと思って、転落するケースも少なくないといいます。
「電車が来ていることを杖で確認すればいいのではないか」と思う方もいると思います。目の不自由な人に話を聞くと、電車の扉付近は乗り降りの人が多く、点字ブロックから電車までの1メートルほどの移動が、大変だといいます。

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だからといって、慎重になって時間をかけると、乗れなかったり、他の乗客に迷惑をかけてしまったりするので、十分な確認をしないことがあるといいます。

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点字ブロックには、限界があります。物理的に転落を防ぐホームドアが有効なのは明らかですが、設置に時間がかかっていて、これを加速させる必要があります。
国土交通省は、ホームドアについて、転落の危険性の高いところから取り付けるよう、設置の考え方の見直しを進めています。
ただ、設置されるまでの間、どうするのか。設置されない駅はどうするのかという問題は残ります。

必要なのは「駅員による付き添い」だと、私は思います。

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実は、2016年の検討会では、ソフト対策として駅員が目の不自由な人に付き添う案内の強化が盛り込まれました。注目されるのが、声をかけた際に付き添いを断られても、駅員が近くにいて安全に乗車するまで見守るよう求めている点です。付き添いの徹底が、2016年の対策の大きなポイントでした。
しかし、死亡事故ではいずれも駅員は付き添っていませんでした。
なぜ、徹底されていないのでしょうか。

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たとえば、2019年10月の事故では、駅員が接客中で目の不自由な人が改札を通ったことに気づきませんでした。

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自動改札機の導入で改札から駅員は減り、いまではホームや改札に駅員がいないことも珍しくありません。

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これについて、10月に始まった国土交通省の検討会では、改札やホームのカメラの画像と「AI」の技術を使って、目の不自由な人を自動的に駅員に知らせるシステムの導入などの案が示されています。ただ、通知を受けても、駅員が視覚障害者の近くにいなければ、対応は遅れてしまいます。

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求められているのは、改札やホームで駅員が視覚障害者に付き添うことを徹底できる態勢をつくることだと思います。それには、駅員の配置を工夫するなど、それぞれの駅で実現に向けた方法を考えていかなければならないと思います。

事故を減らすために利用者側にもできることはあります。

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視覚障害者が人とぶつかって、方向が分からなくなることのないよう、私たち利用者もいわゆる「歩きスマホ」をしない、あるいはホームで見かけたら、積極的に声をかけて案内することを心がけないといけません。
一方、目の不自由な人が、自ら駅員に付き添いを頼むことも大切です。これについては、依頼をすると降りる駅への連絡などの手配に時間がかかることから敬遠する人が少なくないとされています。鉄道会社には、手配の時間を短くして、頼みやすい状況をつくることが求められます。

実は、国土交通省が検討会をつくったのは、青山一丁目駅の事故のときが初めてではありません。

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2011年1月(2010年度)に東京の目白駅で起きた死亡事故のあとも、対策が取りまとめられました。
「対策をつくっても事故がなくならず、また対策を検討する」ということが繰り返されています。

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対策は、つくるだけでなく、検証が必要です。事故の原因を詳しく調べ、対策に見直すべき点がないのかといった検討を、対策をつくった後も継続することが求められます。
これまでの2度にわたる対策に欠けていたのは、そうした点だったのではないでしょうか。

目の不自由な人を含め、多くの人が使う鉄道施設の安全は、まずは鉄道会社が守らなければなりません。鉄道会社、それに検討会を設置した国土交通省は、今度こそ「視覚障害者の転落事故を無くす」という決意を、具体的な対策で示さなければならないと思います。

(中村 幸司 解説委員)

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