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「ノーベル平和賞 食料危機とWFP受賞の意味」(時論公論)

二村 伸  解説委員
出川 展恒  解説委員

(二村)
今年のノーベル平和賞は、世界の災害の被災地や紛争地域などで食料支援を行ってきた国連のWFP・世界食糧計画が選ばれました。災害や紛争に加えて、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界の食料事情が悪化する中で、WFPの受賞はどんな意味があるのか、紛争地域などで取材を続けてきた出川委員と、私、二村の二人で考えます。

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これまでノーベル平和賞を複数回受賞した国連の機関もありましたが、WFPは初めての授賞ですね。

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(出川)
はい。WFPは、1961年に設立された国連の機関で、本部をイタリアのローマに置き、去年は88の国と地域で、およそ1億人に食料などの緊急物資の配布や、栄養状態の改善のための取り組みを行いました。

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ノーベル平和賞の選考委員会は、WFPへの授賞理由について、▼飢餓との闘いに努め、紛争地域の平和構築に貢献したこと。▼飢餓が戦争や紛争の武器として使われるのを防ぐ役割を果たしたことをあげています。そのうえで、▼新型コロナウイルスの感染拡大によって飢餓に苦しむ人が急増する中で、めざましい努力をしている。▼食料の安全保障を平和の手段とするため重要な役割を果たしている、としています。

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選考委員会は、さらに、「国際的な連帯と多国間の協調の必要性が、かつてないほど求められている」と強調しました。これは、一部の国で「自国第一主義」が広がり、国際協調がうまく行っていない現状を批判した発言と受け止められますが、二村さんは、どう見ますか。

(二村)
世界が困難に直面している今こそ国際協調が必要だという明確なメッセージですね。国連の機能不全が言われる中で、その役割を再認識し、WFPへの最大の資金拠出国であるアメリカをはじめ、世界の国々が結束し協力し合うよう求めたともいえます。「世界は国際協力にも飢えている」というグテーレス国連事務総長の言葉が、その思いを端的に表しているように思います。

(出川)
選考委員会は、さらに、「この授賞を機に、何百万もの人々が飢餓に苦しみ、その脅威にさらされていることに、世界の人々が目を向けてほしい」とも述べ、飢餓の問題が、豊かになった現代世界でも、まだ深刻な問題であると強調しています。

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こちらは、WFPが発表した「世界の飢餓の現状」を色分けした地図です。
飢餓、すなわち、十分な食事をとることができず、慢性的な栄養不足に陥っている人は、世界でおよそ6億9000万人、世界の人口のおよそ9%にのぼります。地域別には、アジアが最も多く、その次がアフリカです。世界の飢餓人口は、新興国での経済成長や農業生産の拡大などで、減少傾向にありましたが、2014年以降、再び増加に転じています。

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(二村)
飢餓人口が再び増えているのは、紛争と自然災害、そして貧困という、飢餓の3つの要因が一向に改善されず、むしろ悪化しているからです。とくにアフリカは、紛争や災害が相次ぐ一方で人口が増え続け、2050年には世界の4人に1人、今世紀末には世界の3割がアフリカ人です。人口が増えても食料自給率が上がらず、食料不足がより深刻化するでしょう。

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(出川)
その武力紛争ですが、とくに、イエメン、シリア、コンゴ民主共和国、南スーダンなどで長期化して、食料の確保が難しくなっています。WFPによりますと、イエメンでは、2000万人が危機的な状況に陥り、とくに、乳幼児の栄養失調が極めて深刻で、おととしまでに8万5千人が餓死したと伝えられます。
選考委員会が、授賞理由の中で、「飢餓が戦争や紛争の武器として使われている」と言っているのは、食料支援の補給路を断つなどして、意図的に一般市民を飢えさせていることを指しています。たとえば、イエメンの内戦では、食料支援が運び込まれる港が攻撃にさらされ、食料を届けられなくなっています。シリアの内戦では、アサド政権軍が反政府勢力に支配された町を包囲し、市民の中に餓死する人も多く出ました。

(二村)
地球温暖化の影響と見られる異常気象による被害も深刻です。干ばつや洪水が各地で頻発し、農作物が壊滅的な被害を受けています。それが価格の高騰を招き、貧しい人々の手に入らないという悪循環を招いています。アフリカ東部では、大量のバッタの襲来により、穀物が大きな被害を受けました。貧困も深刻で、世界銀行によれば、世界の10%が1日1.9ドル以下で暮らす貧困層で、その日の食べ物にも困っています。
こうしたところに、新型コロナウイルスが追い打ちをかけたかたちですね。

(出川)
はい。新型コロナウイルスの感染拡大で、食料の輸送が滞るなどして、飢餓に苦しむ人が大幅に増えると見られています。WFPのビーズリー事務局長は、「ワクチンができるまで、最善のワクチンは食べ物だ」と述べ、食料の支援を滞らせないよう呼びかけています。WFPは、支援の対象者を、去年のおよそ1億人から、およそ4000万人増やす計画ですが、その活動資金が全く足りません。WFPの予算は、世界各国と個人・団体が拠出する寄付金で賄われています。去年、過去最高の80億ドルに達しましたが、それでも40億ドル以上不足しています。

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(二村)
WFPの活動を取材して感じたのは、紛争や災害被災地の緊急援助だけでなく、中長期的な支援の重要性です。アフリカでは、学校給食を通じて、子どもたちの栄養改善をはかると同時に、学校に来たがらない、あるいは、来られない子どもたちの登校を促す取り組みが行われてきました。その日の食事にも困っている貧しい家庭の子どもたちが、食べるために学校に来て、学ぶ習慣を身につけるようにするのです。
自立を促すための支援もあります。スーダンでは、食料を配ろうにも道路がありませんでした。そこで、地元の住民に道路を整備してもらい、その見返りに食料を提供したのです。働けば食料を得ることができるというわけです。

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一方的に援助するだけでは、「援助慣れ」して自立できず、援助する側も「援助疲れ」してしまいます。自立につながる「持続性のある援助」が重要です。

(出川)
WFPの活動は、世界の紛争地や途上国に限られませんね。日本との関わりでは、どんな活動があるのでしょうか。

(二村)
東日本大震災では、各国から送られた毛布や水、缶詰、それに、企業から提供された食料品や飲み水が被災地に運ばれたほか、高カロリーのビスケットが送られました。日本もWFPと関わりがあるのです。さらに世界各地では、85人の日本人職員が過酷な環境のもとで支援活動に携わっています。そうした人たちも、今回の受賞が大きな励みになったのではないでしょうか。あとに続く人が増えることを期待したいと思います。

(出川)
WFPへのノーベル平和賞授賞に込められたメッセージは、「飢餓の撲滅と平和の構築は、“車の両輪”である」。「今こそ国際的な連携が必要であり、それは新型コロナウイルスとの闘いも同じだ」。この2つだったと思います。
WFP、および、国連は、2030年までに、飢えに苦しむ人をゼロにする目標を掲げていますが、今のままでは、実現は困難ですね。

(二村)
ゼロどころか、今より増えることが予想されます。「飢餓のない世界」に向けた国連の取り組みをより強固なものにするためには、国際社会の結束が不可欠です。
今年のノーベル平和賞は、深刻さを増す世界規模の危機にどう立ち向かうか、重い課題を突き付けています。

(二村 伸 解説委員/出川 展恒 解説委員)

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