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波乱の最終盤~アメリカ大統領選挙まで1か月~

髙橋 祐介  解説委員

トランプ大統領が新型コロナウイルスの検査で陽性の結果が出たことが明らかになりました。11月3日のアメリカ大統領選挙まであす(3日)で残すところ1か月。民主党のバイデン前副大統領との熾烈な攻防は、大きな流動性をはらみながら、最終盤に突入します。現状を分析し、今後の見通しを探ります。

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10月に入った途端“オクトーバーサプライズ”。トランプ大統領は、みずからツイッターで“感染”を明らかにする直前まで、地方遊説やテレビの電話出演で精力的に飛びまわっていました。ホワイトハウスの主治医によると、幸い「大統領夫妻の体調は良好」で「引き続き職務に当たることが出来ると判断している」ということです。しかし、大統領は、選挙戦が最終盤に入ったこのタイミングで当面ホワイトハウスに隔離を余儀なくされます。いつ選挙活動に復帰できるかにもよりますが、影響は決して小さくないでしょう。

先日のテレビ討論会でも「大統領は新型コロナを甘く見ていた」とするバイデン候補の批判に逐一反論。司会者の質問にポケットからマスクまで取り出して見せたトランプ大統領でしたが、それから丸3日と経たないうちにみずからの“感染”を明らかにしたことで、バイデン候補の主張が説得力を持って有権者に印象づけられてしまいました。

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いま全米の支持率は、各種の世論調査の平均値で、バイデン候補がトランプ大統領を数ポイント上まわっています。ただ、大統領選挙は、各州の人口に応じて割り振られた選挙人538人の過半数を獲得した候補が勝つ仕組みです。いまのところトランプ大統領が支持を固めて選挙人を総獲りできそうな州を赤色で、バイデン候補が総獲りできそうな州を青色で示すとこうなります。まだ色が塗られていない10あまりの激戦州の争奪に勝敗の行方は絞られているのです。

このため、トランプ大統領は、形勢を挽回しようと、そうした激戦州を相次いで訪れ、新型コロナ禍でも飛行場の格納庫や屋外で集会をくり返していたのですが、当面そうした動きを封じられたことが痛手になるでしょう。

では、激戦州の勝敗は何が左右するでしょうか?バイデン候補が生まれた州で、前回4年前の選挙はトランプ大統領が僅差で当時の民主党クリントン候補に競り勝った東部ペンシルベニアの情勢を見てみましょう。

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現地で先月末に行われたこちらの世論調査では、いまのところバイデン候補がトランプ大統領を9ポイントリードしています。このペンシルベニア州でトランプ大統領が遊説をくり返し、またバイデン候補も最大都市フィラデルフィアに全米の選挙対策本部を置いているのは、今回の選挙は“ペンシルベニアを制する者が最終的な勝者になる”そうした観測が高まっているからです。

9ポイントも引き離せばバイデン候補の優勢は動かないのではないか?そう思われる方がいらっしゃるかも知れません。ただ、両者の支持層の熱意には、温度差があります。トランプ支持層の熱気は、バイデン支持層よりも熱く、いわゆる“岩盤支持層”の健在ぶりがみてとれます。大統領の新型コロナ感染が判明しても、そうしたトランプ支持層は揺るがないでしょう。

ペンシルベニアの有権者に、政策別にどちらの候補の手腕が信頼できるかをたずねた調査では、人種問題や医療保険のほか、新型コロナ対策でも、バイデン候補が軒並み優勢です。ただ、経済政策に限っては、トランプ大統領が、より信頼されています。だからこそ、トランプ大統領は、雇用の回復や経済のスピード復興に、みずからの逆転勝利への望みをかけているのでしょう。

これに関連して、アメリカ労働省は、先ほど大統領選挙の前としては、これが最後となる雇用統計を発表しました。それによると、アメリカの先月(9月)の失業率は7.9%。前の月と比べて小幅に0.5ポイント改善しました。

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アメリカ国内の失業率は、新型コロナの感染が拡大する前は、3.5%(2020年2月)という過去半世紀で最も低い水準にありました。トランプ大統領はみずからを“史上最大の雇用を創出した大統領”という触れ込みで楽々再選を果たすシナリオを描いていました。

ところが、感染拡大に伴う経済活動の停滞で失業率は急速に悪化し、14.7%(2020年4月)という統計開始以降で最悪を記録。その後は、各種の支援策や2兆ドル規模の景気刺激策による効果、経済活動の再開により5か月連続で改善してきました。

雇用の回復は、業種や地域、性別や人種別でもバラつきがあるのは確かです。リーマンショックのあと、現在のバイデン候補がオバマ政権で副大統領を務めていた2009年10月に記録した10%は下回っています。しかし、トランプ政権が発足した当初の4.8%(2017年1月)の水準には届きません。それでもトランプ大統領は、選挙戦への好材料にするため“史上最速の雇用回復”をアピールします。

なぜトランプ大統領は雇用の回復にこだわるのか?それは再選の成否と失業率には、ある程度の関連性があるからです。

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こちらは近年のアメリカ大統領選挙で現職が再選をめざした際、投票日直近の失業率を比較したものです。再選に挑んで失敗した大統領は、フォード、カーター、パパブッシュの3人で、いずれも景気の後退で失業率が7%を超えていました。しかし、レーガンとオバマ前大統領は、失業率が7%台でも再選を果たしています。選挙直前の支持率を見てみると、この2人は支持率が50%に達していました。

つまり、ひとつの目安として、失業率が7%台でも支持率が50%程度に達していれば、少なくとも過去のケースは再選に成功しているのです。では、トランプ大統領はどうでしょうか?同じ世論調査機関による調査で、大統領の先月(9月)の支持率は42%。そして今回の直近の失業率が7.9%。再選は“微妙”かも知れません。もちろん相手候補の違いもありますし、今回は新型コロナの特殊事情があるので一概には言えませんが、かなり厳しいところに追い込まれつつあることがうかがえます。

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今度の選挙は、新型コロナの感染リスクを避けるため、郵便投票が急増することが確実です。郵便投票は、通常の投票や期日前投票に比べて、無効票が生じやすい傾向があると言われます。有権者登録との照合や開票に時間もかかります。
また近年は、郵便投票の導入に伴って、“ブルーシフト”と呼ばれる現象がしばしば起きることが注目されています。ブルーとは、民主党の象徴カラーの青色です。共和党支持層が選挙当日に投票所で投票する人が多いのに対し、民主党支持層は郵便投票を好む人が多く、その結果、開票当初は共和党候補が圧倒的に優勢になるものの、開票作業が大詰めに入るのにつれて、民主党候補が得票を大きく伸ばす方向に変る現象です。

このため、仮に両者の接戦になった場合には、双方が勝利を主張したり、票の集計をめぐり連邦最高裁まで法廷闘争にもつれ込んだりする事態が現実味を帯びつつあるのです。今度の大統領選挙は、かつて2000年の選挙がそうであったように、選挙結果がすみやかに確定しないかも知れません。混乱の事態を想定し、見守る側も予め備えを固めておくべきでしょう。“次の大統領”が決まらないアメリカの政治と経済の混乱は、影響が世界に波及する恐れも否定できないからです。

アメリカ国内の新型コロナの感染者は700万人、死者は20万人を超えています。“最悪の時期は脱した”との見方がある一方で、一部の州では再び感染が拡大しているところもあります。トランプ大統領とバイデン候補の最終盤の攻防は、幾多の波乱要因を抱えて、かつてない不透明感に覆われています。

(髙橋 祐介 解説委員)


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