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「日銀短観 問われる企業の変革力」(時論公論)

今井 純子  解説委員

緊急事態宣言で大幅に落ち込んだ企業の景気判断が、持ち直しの方向に向かい始めたことが、日銀の短観で確認されました。ただ、新型コロナウイルスの影響が長引くという見方が強まる中、回復のスピードは鈍く、この先についても、厳しい見通しとなっています。働く人の雇用・生活を守るためにも、企業は、新しい日常に沿って事業や人材を変革できるのかが、問われています。この問題について考えてみたいと思います。

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【短観の結果】
まず、きょう発表された短観の内容。景気が「よい」と答えた企業の割合から、「悪い」と答えた企業の割合を引いた指数の推移を見てみましょう。黄色い線より上に行けばいくほど、「景気が良い」。線より下に行けばいくほど、「景気が悪い」と考えている企業が多い事を示します。

(製造業)
今回、9月の調査で、「大企業の製造業」は、マイナス27ポイント。前回6月と比べて、7ポイント改善しました。
▼ 前回、大幅な悪化となった自動車は、今回マイナス61ポイント。11ポイント改善しました。中国で新車販売が5カ月連続でプラスになるなど、海外を中心に回復の動きが見られるためです。
▼ また、電気機械も、テレワークが広がっている他、現金給付などの効果で家電製品などの販売が好調で、関連した電子部品の需要が持ち直したことから、13ポイント改善しました。

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(非製造業)
一方、青い線の「大企業の非製造業」も、前回より5ポイント改善しました。
▼ 前回、記録的な悪化となった宿泊・飲食サービス、そして、旅行業や遊園地などの対個人サービスも、それぞれわずかですが、改善しました。

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【短観から見える経済の現状】
(最悪期は脱した)
世界的に人の移動、生産、物流がとまったことで、国内の工場も生産停止に追い込まれ、また、緊急事態宣言が出されたことで、多くの施設が一時休業に込まれた前回の短観の時と比べると、

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今は、生産が回復。多くの施設で営業が再開し、人の動きも少しずつ活発になっています。今月からはGoToトラベルに東京発着の旅行が加わったほか、飲食店を支援するGoToイートも始まりました。

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日本経済全体としては、ひとまず最悪期は脱して、持ち直しの方向に向かい始めたことが今回の短観からも、確認された形です。ただ、製造業、非製造業ともに、前回、悪化した幅と比べると、今回の改善の幅は小幅にとどまっています。回復のスピードは鈍く、景気判断の水準は、なお、マイナスで、コロナ前を大きく下回る低い水準です。
さらに、3か月先の景気の見通しについても、製造業・非製造業ともに改善幅は小幅です。特に中小企業の非製造業に至っては、この先5ポイント、さらに悪化するという見通しです。

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(厳しい先行き・元に戻らない業態も)
一時の嵐を耐えて乗り越えれば、生産活動や人の移動はすぐに元に戻る。経済は、V字に回復する。

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新型コロナの感染が広がり始めた当初、多くの経営者が描いていたシナリオは、予想を超えた長雨が続く中、完全に崩れた形です。
さらに、この先についても、宿泊や飲食、そして運輸など一部の業種については、特に厳しい状況が続くという見通しです。というのも
▼ テーマパークや飲食店などでは、感染防止のために利用者の数を自主的に制限する動きが続くとみられていますし、
▼ 海外からの観光客も当面、回復が期待できません。
▼ さらに、テレワークやウェブ会議が定着してきたことで、コロナの終息後も、出張や通勤で電車や航空機を利用する人は、元には戻らないという見方が強まっているからです。

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【心配なのは雇用】
多くの企業は、とりあえずの緊急対策として、これまで、政府が拡充した雇用調整助成金の特例措置を活用するなどして、雇用を支えてきました。しかし、もはや支え切れないとして、雇用を減らす動きも出ています。
▼ これまでに早期退職や希望退職を募集することを明らかにした上場企業は62社。対象になる人数は1万人を超えました。夏以降、徐々にペースが加速しています。さらに、三菱自動車も、500人規模で希望退職を募集する方針を固めています。
▼ また、新型コロナウイルスの影響で、解雇や雇止めで職を失った、あるいはその見通しの人も、6万人を超えています。
このままでは、雇用調整助成金の特例措置が期限を迎える年末に向けて、失業率が一気に跳ね上がるのではないか、との懸念の声もあがっています。雇用を守るために、特例措置をさらに延長するという案もあると思います。ただ、仕事が元に戻る見通しがないのに、ただ、雇用を支えるというのではなく、あわせて、コロナ後を見据え、事業の構造を転換していくことも、考えなければいけない時期にきているように思います。

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【求められる企業の変革】
(事業を見直す動き)
企業の間では、模索も始まっています。例えば、
▼ JR東日本は、駅の構内や駅近くの系列ホテルに、仕事ができるオフィススペースを、1000か所設けるなどの取り組みを進めています。今、およそ30%の鉄道以外の事業の割合を、2027年度ころには50%に引き上げる方針です。
▼ 航空各社も、ドローンなどを使って医療物資を離島や過疎地に届けたり、生鮮食品を都市部に運んだりといった物流の事業化に向けた実証実験に取り組んでいます。また、客室乗務員を地方の拠点に配置転換して、旅行企画の開発や地域産品の発掘に取り組む企業もでています。
▼ さらに、飲食店。会社帰りに立ち寄る客の回復は難しいとみて、居酒屋チェーンの中から、店を新たな業態に切り替える動きが出ているほか、ファミリーレストランでも、テイクアウトや宅配専門の店を新たに展開する動きがでてきています。
今後、こうした新事業の育成を加速させることで、なんとか雇用を支えてほしいと思います。

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(社員の再教育も必要)
その上で、人材の変革。社員を再教育して、需要が大きく伸びる分野に移していくことも、欠かせません。例えば、デジタルの分野です。今回の短観で、ひときわ目立ったのが、ソフトウェア開発などの「情報サービス」の好調さです。多くの分野がマイナスの水準に沈んでいる中、この分野は、プラスの22ポイントと、非常に好調でした。

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テレワークやウェブ会議を導入する企業が一気に増えたことが背景にあると見られますが、この流れはコロナ終息後も続くとみられます。さらに、顧客などのビッグデータを活用した事業を伸ばすことも、もともと多くの企業で課題になっていました。社内で人材のデジタル教育に力を入れ、データを解析して新たなビジネスにつなげる。あるいは、外の専門家とともに社内のシステムを構築したりする事業に移していくことは、雇用を守りながら競争力を高めるうえでも、重要な取り組みになると思います。一方、すでに仕事を失った人に対しては、政府が新たなデジタルの技術や知識を学べる場をつくり、新たな仕事に橋渡しをする。あるいは、体力のない中小企業の人材についても、政府が再教育をして、中小企業の事業の構造転換につなげることも欠かせないでしょう。

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【まとめ】
コロナとともに生きていかざるをえない厳しい日常は当面続くとみられます。ですが、コロナが終息した時に、企業が新たな競争力を身につけて、一段と強い日本経済をつくることができるよう。そして、今度こそ、働く多くの人の生活の底上げにつなげることができるよう、企業も政府も、先をにらんで、事業の変革、そして、人材力の変革の取り組みを急いでほしいと思います。

(今井 純子 解説委員)

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