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「アフターコロナとSDGs 持続可能な復興へ」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

『数百万人が貧困に逆戻りしつつある。医療機関にアクセスできなくなり、子どもは学校に通えなくなっている」「感染を押さえ込むと共にSDGsを達成するためにも行動している。それがよりよい明日につながるからだ』
国連のモハメッド副事務総長は、先週の会見でこのよう述べ、SDGs「持続可能な開発目標」の達成に逆風が吹いていることへの危機感と、行動の必要性を訴えました。

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SDGsはちょうど5年前のきょう、9月25日の国連サミットで全会一致で採択されました。しかし今、新型コロナウイルスが、人の命や環境と経済成長などを両立させることを目標とするSDGsにも大ブレーキをかけています。

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新型コロナウイルスの悪影響は、多岐に渡っています。
 経済活動への大打撃に加え、適切な医療や教育を受けられない人が急増し、高齢者や非正規雇用の人たちなど弱い立場の人により被害が出ることで、格差も拡大しています。
こうした中、今月の台風10号では三密の避難所に人が集中し、その避難所にも入れない人が続出するなど災害へのぜい弱さも露呈しました。
実はこれらの問題は、いずれもSDGs・持続可能な開発目標に掲げられ、世界が取り組んできたものです。

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SDGsは、2030年までに貧困や飢餓の撲滅をはじめ、経済成長や環境保全など17の目標を共に達成することを目指すものです。
17も目標があると複雑でわかりにくいという面は否めませんが、大きく3つにまとめられます。まず1列目は「人間」の命や権利に関する目標、2列目は「経済」成長、そして3列目には気候変動など「地球」規模の課題に関する目標があります。

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具体的には1番から、貧困や飢餓をなくす、医療や教育を誰もが受けられるように、など。そして2列目の経済目標では順に、エネルギー供給、雇用と経済成長、産業・インフラの整備、そして10番は格差の是正などの目標です。
各目標には、1番の貧困であれば「1日1.25ドル未満で暮らす人をゼロにする」など指標が設けられ、各国が主体的に取り組むことになっています。

なぜ、こうした目標が作られたのでしょう?
 背景にはこれら、経済成長と人間社会の諸課題、そして地球環境問題などは複雑に絡み合っており、経済成長を持続するためにも、これらの対策を同時に進めていく必要があるという考え方があります。

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例えば、経済成長のみを追求して気候変動など地球環境の悪化が進めば、熱帯性の感染症が広がったり、生態系や土地利用の変化によって新たなウイルスと人との接触が増え感染症のリスクはさらに高まって、人の健康や医療体制を脅かします。これは目標13や15が悪化すると、3番も悪化する関係を示しています。
一方で、気候変動は台風や大雨などの災害も激甚化させます。これは、目標11に含まれる、災害などに強い街作り・地域の暮らしを脅かします。さらに、感染症が広がる中で災害が起きれば、避難所に多くの人が集中して感染リスクを増すなど、問題はより深刻化します。
そして、これらは全て、経済活動の基盤を揺るがし、格差や貧困の原因にもなります。
 ある意味で私たちが今経験していることも、SDGsで示されていた諸課題が複合的に起きている状況とも言えるのです。
国連は、新型コロナの影響で今年は過去20年で初めて世界で貧困層の人の割合が大幅に増加する見通しになるなど、SDGsの達成が一層困難になっていると発表しました。
しかし、だからこそ、これらの課題解決をめざすSDGsへの取り組み強化が、より必要になっているとも言えます。グテーレス事務総長は「新型コロナからの経済復興は環境などに配慮した新たな雇用・ビジネスを生み、持続可能な成長につながるものであるべきだ」と訴えています。

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それには、どう取り組めばいいのでしょう?今、世界的に注目されているのが、新型コロナからのグリーン・リカバリー、あるいは持続可能な復興と呼ばれる政策です。
これは、多くの雇用が奪われた中で単に既存の産業を守り元に戻す施策ではなく、再生可能エネルギーなど環境分野や、災害や感染症に対し強靱な社会に変えていくような分野を重視し、そこに新たな雇用や産業を生み出すよう後押しする復興政策と言えるでしょう。
例えば、EUでは90兆円にのぼる復興基金を「環境」と「デジタル」に集中的に投じる方針で、先週フォンデアライエン欧州委員長は、2030年までに温室効果ガスの排出を1990年比で55%削減する新たな目標も発表しました。この機会に自動車のEV化など脱炭素技術の開発・産業育成を一気に進め、来たるべき脱炭素社会の主導権を握る狙いもあると見られます。これに応えるように、ヨーロッパの大手航空機メーカー・エアバスは、2035年までに二酸化炭素を出さない水素で飛ぶ航空機を開発すると明らかにしました。
アメリカでもトランプ政権は感染対策にもグリーン・リカバリーにも消極的に見えますが、バイデン陣営は環境対策などに重点投資する「よりよい復興」を主張しており、大統領選の争点のひとつになるとも考えられています。
そして、これまで具体的な排出削減目標を出していなかった中国も今週、習近平主席が、「2060年までに温室効果ガス排出ゼロを実現できるよう努力する」と表明しました。
コロナ対策をきっかけに、世界が持続可能な社会へと転換できるのかが注目されます。

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では、日本はどうでしょう?
「デジタル化への集中投資を中核として新たな日常を構築する」といった方針は示されていますが、グリーン・リカバリーの視点は乏しいと言わざるを得ません。これに対し国の有識者会議のメンバーはこの夏、当時の安倍総理大臣に「新型コロナからの復興は、気候変動を含む新たな災害リスク軽減などのためにもSDGsを軸に経済再生計画を」と求める緊急提言を出しており、新たな政権がどう対応するか問われています。有識者会議のメンバーでもある慶応大学の蟹江憲史教授は「持続可能な社会が実現すれば、仮に感染症が広がっても影響を最小限にしたり、“元に戻る力”が備わるはずだ」と持続可能な復興の重要性を訴えています。

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SDGsへの取り組みは、国だけでなく、地域、企業、市民の様々な可能性があります。
あくまで一例ですが、過疎化が進む地域でSDGsを重視した、こんな取り組みもあります。林業の衰退で未利用になった木材をバイオマス燃料として活用し、雇用の創出とCO2削減などを両立しようとしているケースです。こうして生み出される再生エネルギーは、災害時には地域分散型の電源として利用可能ですし、未利用の木材が資源として循環するようになれば、山の手入れが進み水害や土砂災害に強い地域作りにもつながるでしょう。

どのようにすれば新型コロナからのよりよい、持続可能な復興につながるのか?
 ちょうど5年前のきょう生まれたSDGsは、そのヒントを与えてくれます。新たなビジョンが求められる今、幅広く叡智を集め、取り組みを進める時ではないでしょうか。

(土屋 敏之 解説委員)

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