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電子政府への期待と課題

三輪 誠司  解説委員 出石 直  解説委員

9月16日発足した菅内閣は、デジタル化による行政改革、つまり電子政府ともいえる取り組みを重点政策の一つに掲げています。今夜は、海外のデジタル化の取り組みを見ながら、日本がデジタル化によって何を目指すべきなのか考えていきます。

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日本の各省庁や自治体は、さまざまな業務をオンライン化していますが、実際のところ、職員にはかなりの手作業が生じています。

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典型的な例として取り上げられているのは、新型コロナウイルスの一律10万円支給の手続きです。申請をするために国は、マイナポータルを使ったオンラインの手続きを案内しましたが、入力された世帯情報などに間違いが多く、自治体の職員が確認作業に追われました。

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もし、マイナポータルと、自治体の住民基本台帳システムが何らかの形で接続されていれば、世帯情報を入力させる必要もなければ、入力ミスも起きなかったのではないかと指摘されました。

各システムは、各省庁や自治体が異なる目的で開発したもので、いわば縦割り行政の現状を映し出しているとも言えます。菅総理大臣は、行政の効率化のために、各省庁を横断的にデジタル化、つまり電子政府化しなければならないという強い意欲を示しています。

お隣の韓国では行政手続きのデジタル化がかなり進んでいるそうですね。

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(出石)
国連が発表している電子政府に関するランキングを見ると、韓国はデンマークに次いで世界第2位、世界有数の電子政府先進国です。日本は第14位でした。

韓国の電子政府を可能にしているのが、全国民に割り当てられている住民登録番号です。

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こちらは韓国の住民登録証の見本ですが、ここに書かれている13桁の番号は、行政サービスや納税、医療、福祉、出入国管理、クレジットカードの利用歴などの記録と紐づけられています。新型コロナウイルスの感染者の行動履歴をさかのぼって調べ、地図上に位置情報を表示するなど感染症対策にも活用されています。

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インターネット上の「電子政府ポータルサービス」を使うと、転入届や地方税の納税証明などの申請をスマートフォンやオンライン上で行い、いつでも戸籍謄本などの発給を受けることができます。

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申請の手続きの流れです。これまでは、役所に出向いて申請に必要な書類をひとつひとつ揃えていく必要がありました。

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現在では、「行政情報共同利用システム」で中央省庁や地方自治体など行政機関の情報が統一管理されているため、申請に必要な情報はこのシステムを通じてオンライン上で揃えることができます。いちいち役所に出向く必要がなくなったのです。電子政府は行政事務の効率化やスピードアップにも貢献しています。

(三輪)
日本も含めて、各国が行政のデジタル化に苦労していると思いますが、韓国がこのような政策を実現できたのはどうしてだと思いますか。

(出石)
それを知るためには20年以上前にさかのぼる必要があります。当時、韓国経済はアジア通貨危機の影響でどん底の状態にありました。そこで、生き残りのための国家戦略として選択したのが、情報通信技術の導入だったのです。「デジタル・ニューディール政策」を掲げるキム・デジュン大統領は、2001年に電子政府法を制定、行政文書のペーパーレス化とデータベース化に取り組みました。

これにはもうひとつ大きな狙いがありました。情報をデータ化して保存しオンライン上で公開することで、行政の透明化を図ったのです。電子政府は、情報公開とガラス張りの行政を実現するための手段でもあったのです。

(三輪)
確かに、行政文書がデジタルデータで保存され、誰でも検索できるようになれば、さまざまな施策の検証が可能になりますし、税金の使いみちについて、住民の関心も高まると思います。その一方で、住民の個人情報がオンラインで結ばれると、プライバシーの侵害や、情報セキュリティーの懸念が出てくると思います。その点、韓国ではどうなっているでしょうか。

(出石)
個人情報が外部に流出する事件が過去何度も起きています。2014年には情報システム会社の社員が個人情報を不正に持ち出し、クレジットカード会社から全人口を上回るのべ1億人あまりの個人情報が漏洩しました。

事態を重く見た韓国政府は法律を改正して罰則を強化し、民間企業が個人の住民登録番号を収集できないよう改めました。それでも情報流出の不安が完全になくなった訳ではありません。「走りながら考える」という韓国の国民性もあるかも知れませんが、国民の間には、リスクへの懸念よりも、行政手続きの簡素化や行政の透明化など、得られる利益の方が大きいという意識が強いようです。

(三輪)
さまざまな情報がオンラインで結ばれれば、情報の流出リスクは間違いなく高まり、ゼロにすることはできません。また、システム障害が、行政事務そのものをストップさせてしまう危険性も高まります。デジタル化を進めるためには、海外ですでに発生しているさまざまなトラブルをもとに、リスクの洗い出しを進める必要があります。

もう一つ重要なのは、使い続けられるものを導入できるかです。国内のシステムで、問題となったケースをいくつか見ていきます。

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まず、サイバー攻撃などからの情報の漏えいを防ぐため、およそ18億円をかけて開発された国の情報管理システム。2年間一度も使われず廃止されたことが明らかになっています。情報の入力に手間がかかるというのが理由でした。

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また、新型コロナウイルスの感染者情報を集約する「HER-SYS」というシステムについては、データの精度を上げるために設けた入力項目が120にのぼり、医療機関などの負担になってしまいました。

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これらの問題は、システムを利用する人々の意見を十分に聞かず、頭に思い描いた効果のみを期待して導入したと言わざるを得ません。

拙速な計画で進めてしまうと、巨額の税金を投入して、業務の足かせをとなるシステムを作ってしまう危険性があるのです。

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今、政府はIT関連業者などからの聞き取りを積極的に進めていますが、使い続けることになる行政の職員など利用者の意見を十分に聞くことを忘れてはなりません。

日本のデジタル化は世界の中では必ずしも進んでいるとは言えませんが、逆に考えると、成功、失敗のケースを海外の例から学ぶことができると思います。韓国からはどのようなことを参考にするべきでしょうか。

(出石)
韓国には、およそ20年にわたる積み重ねと試行錯誤があったことをまず強調しておきたいと思います。

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韓国の電子政府戦略に詳しい日韓文化交流基金の春木育美執行理事は「韓国は、法整備や資金投入、人材の育成、システム構築を組織的かつ戦略的に推し進めてきた。それでも、プライバシーや人権侵害の懸念は、まだ解消されていない」と指摘しています。電子政府実現のためには、技術面だけでなく、制度設計やセキュリティー対策など、クリアすべき点がいくつもあると思います。

(三輪)
行政サービスの向上のため、デジタル化は、すぐに取り掛かるべき課題です。効率化だけでなく、税金の使い道や行政文書のオープン化など、国民にも大きなメリットをもたらす可能性があるからです。

しかし、海外の例でわかるとおり、定着させるためには長い時間が必要です。すぐに成果を見せるという短期目標だけでは、単なるオンラインシステムができあがるだけです。個人情報を一元管理することになれば、国民の不安も増大するでしょう。

国は、まずはデジタル化によって何を実現していくのか、そのビジョンを示すとともに、行政への信頼を得ていく努力が不可欠だと思います。行政のデジタル化は、それ自体が目標ではなく、新しい社会を作るための手段に過ぎないのです。

(三輪 誠司 解説委員/出石 直 解説委員)


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