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台風10号~異例の呼びかけは適切だったのか

松本 浩司  解説委員

先週、非常に強い台風10号が九州などを襲いましたが、この台風で気象庁は早い段階から異例の強さで警戒を呼びかけ、避難や計画休業など広範な防災対応が取られました。暴風や土砂災害による被害が出てしまいましたが、台風の強さや雨量は予測を下回り、SNSでは「呼びかけ」をめぐりさまざまな声があがりました。今夜は予報の精度や呼びかけのあり方について考えます。

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解説のポイントは、
▼なぜ予測は大きめになったのか
▼警戒呼びかけのあり方は
▼SNSの声から見える防災行動

■なぜ予測が大きめになったのか■

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台風10号は今月1日に日本のはるか南で発生しましたが、このとき気象庁内に緊張が走りました。コンピュータによる数値予報で近年例を見ない強さで日本に接近すると予測されたからです。
ベテラン予報官たちは「ここまで強い台風予測を見たのは初めて」とか「大きな被害が出た去年の台風ですら、その比ではなかった」と話します。

台風は急速に発達しながら北上。気象庁は台風接近の4日ほど前から繰り返し記者会見などを開き、異例の強さで警戒を呼びかけました。

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九州接近の前日、気象庁は特別警報の発表を予告。しかし、その後、台風が弱まり始めるという予測に変わり発表は見送られました。記録を更新する暴風が吹き荒れ、土砂災害も発生しました。ただ勢力と雨量は予測を下回り、大河川の氾濫や高潮など危惧された被害は免れました。

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なぜ予測が大きくなったのか。気象庁は九州に接近する段階で930ヘクトパスカルという特別警報に該当し、伊勢湾台風並みの勢力を予測していましたが、実際には945ヘクトパスカルとそこまでは発達しませんでした。気象庁は▼予測していなかった乾燥した空気が流れ込んだため発達が抑えられたこと。▼また予報誤差への影響は限定的だとしたうえで、直前に台風9号が通過して海水温が下がっていたことも影響したと説明しています。

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台風9号が通過し東シナ海の海水がかき混ぜられて海水温が下がっていたことが、あとから通過した台風10号の勢力にどれくらい影響したのか、台風の専門家の間で関心が集まっています。
京都大学防災研究所の竹見哲也准教授はスーパーコンピュータを使ってシミュレーションを行いました。グラフの赤い線は9号が通過していなかった場合、青い線は通過した場合の10号の中心気圧の変化を示しています。9号の通過がなければ九州付近で中心気圧が5~6ヘクトパスカル深まり、10号がもっと強くなっていたと結論づけられました。

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竹見准教授は「台風予報はおおむね妥当だったが、台風の勢力は乾燥空気や海水温の変化などに影響され予測には幅がある。今回はその幅の中で特別警報の発表が左右されたため社会的に反響が大きかった。それでも近年まれに見る勢力で九州に接近していて最大限の警戒が必要な台風だったことに変わりはない」と話しています。

■警戒呼びかけのあり方は■
では呼びかけをどう見たらよいのでしょうか。
異例の呼びかけは、もちろんそれだけ強い台風が予測されたからですが、背景があります。

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気象庁は以前から台風の会見などを開いていましたが、東日本大震災や7年前の特別警報の導入のあと一層力を入れるようになりました。予報には幅がありますが、明確な危険がある場合は積極的に、早めに警戒を呼びかけることにしました。
大きな被害の恐れのある台風が接近するときは早い段階から記者会見や地元への説明を重ねています。

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これが可能になったのは台風予報の進歩があります。48時間先の台風の予想位置と実際の位置の差の変化を示したグラフです。台風の勢力の予測は大きく改善していないのですが、進路の予測に関しては誤差が小さくなって、早めの呼びかけがしやすくなりました。

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一方、社会の側も呼応する形で▼台風が近づく前に鉄道の運休を発表する「計画運休」や
▼学校も早めに休校を決めるなど対応が、ここ数年広がってきました。

去年の台風19号では接近の3日ほど前から会見で厳重警戒が呼びかけられ、計画運休のほか東京で多くの人が事前に避難をしたり、県境を越えた広域避難などこれまでにない対応が取られました。高齢者施設で入所者を事前に2階以上に避難をさせ、浸水したものの命が守られましたケースもありました。

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今回の台風10号では気象庁と国土交通省の河川部門が初めて合同で記者会見に臨み、危険のある川を具体的にあげて警戒を呼びかけました。また鉄道だけでなくコンビニエンスストアやスーパーなどにも「計画休業」が広がり、あらかじめ休業を決める企業も多くなりました。新型コロナウイルス対策もあってホテル避難が広く行われるなど、呼びかけがこれまでより一歩踏み込んだ防災行動を促したと考えられます。

一方、集中豪雨はどうでしょうか。

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おととしの西日本豪雨では2日ほど前から会見を開いて厳重警戒を呼びかけました。集中豪雨は予測が非常に難しく、事前に会見で警戒を呼びかけることができたのは、確認できる範囲で初めてのことでした。
しかし同様に大きな被害が出た今年の7月豪雨では事前に会見を開くことはできず、早朝に特別警報が出ました。集中豪雨予測の難しさをあらためて示す形になりました。

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今回の異例の呼びかけは予測と危機感に基づいた適切なものだったと言えますが、それだけに予報精度向上の必要性を強く実感させるものになりました。さらに気象庁は▼予報に幅があることをあらかじめ理解してもらうことや、▼予測がずれたときには理由をわかりやすく説明して、「幅があるからこそ最善の防災行動をとってもらえるような情報発信」に努めることが求められます。

■SNSの声から見える防災行動■
今回の台風予報や呼びかけについてSNS上ではさまざまな声が飛び交いました。「それほどでもなかった」などという発信も少なくありませんが、台風通過後に、最も拡散したひとつのツイートがあります。

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「たいしたことなかった」という声に反論するもので、
「違うんだ。台風は大したことなかったのではない。『大したことなかった』にした人々がいたんだ。工事現場では飛びそうなものをすべて撤去。町では看板などを補強し、自販機のゴミ箱も自主的に避難させている。感謝」というもので、リツイートが9万件、賛同する「いいね」が31万件に達し、このツイートにふくまれる言葉が一時、トレンドワードのトップになりました。

これに呼応して自分が行った防災対策や油断を戒めるメッセージなど多くのツイートが飛び交い、異例の呼びかけの重みを受け止めて行動した人が決して少なくなかったことをうかがわせています。

■まとめ■
台風10号の予報と呼びかけ、防災対応を通じて、予報の精度の現状や受け入れの限界を露呈した避難所などさまざまな課題があらためて見えてきました。台風シーズンはまだ続きます。明瞭になった問題点を共有し、次に備えることが大切になっています。

(松本 浩司 解説委員)


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