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「菅新政権発足 経済政策の課題」(時論公論)

今村 啓一  解説委員長

自民党の菅新総裁は、16日、衆参両院の本会議での指名選挙を経て、第99代の総理大臣に就任する見通しです。コロナ禍の中発足する新政権の経済政策の課題を考えます。

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〇最大の課題は経済の立て直し

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新政権は感染防止と経済活動を両立させながら、低迷する経済をどう立て直すのかが最大の課題です。日本経済は緊急事態宣言が出された春先の急激な落ち込みから幾分持ち直しの局面にありますが、回復のテンポは鈍く、民間のシンクタンクの予測ではコロナ前の水準に戻るのは4年後の2024年以降にずれ込む可能性が高いとみられています。

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中小企業を対象に行った調査では、コロナ禍の収束が長引いた場合、廃業を検討すると答えた企業は8.8%に上り、信用調査会社は、単純計算すると全国で31万社を超える中小企業が廃業の危機にあると分析しています。景気の落ち込みで特に経済的に弱い立場にいる人が影響を受けています。民間のシンクタンクの調査では、所得が低い世帯ほど収入の落ち込みが大きく、収入が減少した世帯の多くが、今後も1、2年は収入が減ると答えています。一方、10万円の特別定額給付金は、6割が貯蓄に回り、実質的に消費を押上げる効果は3割程度にとどまったとみられます。

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菅新総裁は、雇用確保と事業継続のため予備費を使って支援を続け、必要があれば追加的対策も検討する考えを示しています。追加の対策を行う場合も、これまでの対策の効果を検証しつつ、本当に困っている人に支援の手が届くようメリハリがついた対策を講じることが求められます。

〇アベノミクスの継承

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コロナが収束したとしても、新政権は人口減少が続く中日本を中長期的にいかに持続的な成長に導くか、という重い課題に取り組まなければなりません。菅新総裁は安倍政権が進めたアベノミクスを継承する方針です。アベノミクスの三本の矢のうち、大胆な金融政策、機動的な財政政策によって、株価や企業業績は回復、雇用も改善しました。 
しかし、日銀が目標に掲げた2%の物価上昇率は達成できず、景気回復の実感は乏しいという指摘が残っています。

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コロナ対策で新たに五十七兆円余りの国債を発行した結果、今年度の国と地方をあわせた借金の残高は、1146兆円に増える見通しで、GDPの2倍以上に膨らんでいます。ゼロ金利政策は特に地域金融機関の経営に打撃を与えるとともに、世界的なカネ余りを通じて実体から乖離した株高や不動産の値上がりをもたらし、新たな金融不安のリスクを膨らませているという見方もあります。
超高齢化社会の中で、年金や医療費の増大は避けられず、給付の削減や負担の増加も含めて社会保障の将来像をどう描くか、引き続き避けて通れない課題です。

〇縦割り打破・規制改革の推進 ~持続的な成長に向けて

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新政権は、こうしたアベノミクスの副作用というツケも引き継ぎながら、これまで十分な成果を上げることができなかった第三の矢、成長戦略でいかに有効な施策を打ち出せるかが求められています。日本の労働生産性は、OECD加盟国の中で21位、G7でも最下位の状況が続いています。

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いかに成長力を高め再生を図るのか。菅新総裁が、掲げているのが役所の縦割りの打破と徹底した規制改革です。菅新総裁は、その象徴として複数の省庁にわかれているデジタル部門を統合し、デジタル庁を創設する方針です。菅新総裁は、自宅にいながら24時間365日行政サービスが受けられるようマイナンバーカードの利便性を高める考えを示しています。デジタル化の具体的な成果を出すためには、単にシステムを統合するだけでなく、各省庁が保有する様々なデータを共有して連携し、民間のノウハウや人材も取り入れながらいかに利用者が便利だと、実感できるサービスを提供できるかがカギとなります。

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社会全体のデジタル化を後押しするためには圧倒的に不足しているIT人材の育成を急ぐことがかかせません。日本より生産性が高いドイツは、デジタル化に伴って仕事がなくなる可能性がある人に対して、失業前からITなどの技能を身に着ける職業訓練を積極的に行い、失業者が増えないようにする取り組みを、国家を上げて進めてきました。日本生産性本部の大川幸弘常務理事は、「日本の中小企業もデジタル化に伴って今後業務の内容や進め方が変わっていくことが避けられない。それに対応できるよう十分な再教育の機会を提供する必要がある」と話しています。

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さらに菅新総裁は、規制改革によって既得権益を打破し、競争を促すことで経済の成長を図る考えです。官僚の反対を押し切ってふるさと納税の創設を実現させた実績を強調し携帯料金の引き下げを携帯電話各社に強く求めています。

〇地域創生に統合的な戦略を

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地域の創生について菅新総裁は、地域の農産品の輸出を促進したり、GOTOキャンペーンで観光産業を支援するとともに、全国的に最低賃金の引き上げを進め、地域の活力を引き出すことで日本全体の経済成長を促したいとしています。ただ賃金の引き上げだけを急げば、中小企業の経営を悪化させ、逆に失業を増やしかねないとの懸念もあります。全国中小企業団体中央会の森洋会長は「先行きへの不安が払しょくされるまで最低賃金の一律の引き上げは抑制的にすべき」と話しています。

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企業が本社機能を地方に移すなどコロナ禍で動き始めた人の流れの変化を追い風に、地域を後押しする実効性のある戦略を統合的に推し進めていくことが求められています。

〇国民の共感が得られるメッセージを
成熟した日本社会では、国家が主導して需要を作り出せる余地は限られ、民間の力を最大限に活かして成長の原動力にしていくことが欠かせません。ただ、改革は、痛みを伴い、時に国民に負担を強いたり、ひずみを生む恐れもあります。
自助自立の精神で「増税なき財政再建」をかかげ、80年代に行政改革を推し進めた
土光敏夫さんは、改革に反対する政治家や財界人に、ひざ詰めで、なぜ改革を進めるのか、理由を丁寧に説いたといいます。そして一つ一つの改革を積み重ね、国民から幅広い共感を得たことが、行革の実現に繋がったと当時の関係者は話しています。
縦割り行政の打破や徹底した規制改革という手段を通じて、どのような国を目指すのか、新政権は、コロナ禍の中でも日本の将来を見据えて、国民が共感できるメッセージを打ち出し、経済成長に繋がる具体的な改革の実を上げることができるのかが問われることになります。

(今村 啓一 解説委員長)

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