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「どう考える TiK Tok問題」 (時論公論)

神子田 章博  解説委員

トランプ政権は、中国の企業が開発した動画共有アプリ「TiK Tok」について、利用者の個人情報が悪用されるおそれがあるとして、アメリカの事業から手をひくよう圧力をかけています。この問題の背景には何があるのか、私たちはどう受け止めたらよいのか、考えてゆきたいと思います。

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解説のポイントは三つです
1 Tik Tokめぐる米中の攻防
2 個人情報がスパイ行為に利用される?
3 日本にも影響が・・・

最初に、「Tik Tok」をめぐる最近の動きについてみていゆきます。

1 Tik Tokめぐる米中の攻防

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先月6日、トランプ大統領は、「Tik Tok」を運営する中国のIT企業バイトダンス社との取引を、アメリカの企業や個人に禁じる大統領令に署名しました。「利用者の情報が中国共産党へ提供されて企業のスパイ行為などにつながるおそれがあり、安全保障上の脅威があるため」だとしています。この大統領令によって、アップルやグーグルが、「TikTok」のアプリを扱えなくなる可能性が指摘されており、アメリカでの事業から手をひくよう圧力をかけたものとみられます。その上でアメリカでの事業の売却を命じ、マイクロソフトなどが買収の交渉にあたっていると伝えられています。

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 これに対しバイトダンス社側は、大統領令の取り消しを求めて提訴しました。訴状では、「中国政府と情報をシェアしたこともないし、これからもしない。安全保障上の脅威だとする主張には根拠がない」などと主張しています。さらに中国政府は、先週末、「Tik Tok」にも採用されているAI=人工知能などの先端技術について、海外移転の規制を強化しました。アメリカでの事業の売却をしにくくする対抗措置に出たものとみられます。

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「Tik Tok」問題は、通信機器大手のファーウェイなどに続いて、米中ハイテク覇権争いの新たな焦点に浮上しているのです。   

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 今回トランプ政権の大統領令の根拠となったのは、国際緊急経済権限法という法律で、緊急時に大統領に広範な権限を認めたものです。しかし、この法律はテロ行為など海外からの脅威を想定したもので今回の適用は異例だという指摘があります。アメリカでは「Tik Tok」の利用者は一億人にのぼり、その多くが民主党の支持層が多い若年層です。「Tik Tok」の動画を通じてトランプ政権を批判する動きも広がっているといわれ、今回の対応は戸惑いや反発を呼んでいます。

2 個人情報がスパイ行為に利用される?

では今回の措置の背景には何があったのでしょう。
トランプ政権は、中国との争いを自由主義と全体主義の体制間の競争と捉え、安全保障から経済の分野に至るまで中国に対する優位を維持したいと考えています。こうした中で安全保障上の情報に加え、AI=人工知能や、高速通信技術、航空宇宙といった最先端のハイテク技術の保護が最優先の課題になっています。ところが、中国が産業スパイを使ってアメリカの最新技術の情報を盗みだそうとしている疑いが強まっているといいます。

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一昨年10月、FBI=アメリカ連邦捜査局は中国の情報機関の諜報員とされる男を拘束。この男はアメリカ有数の航空宇宙関連メーカー、GEアビエーションの技術者に接触し、エンジンに関わる技術情報の提供を要求した疑いがもたれていました。さらに、この諜報員は、イリノイ州の工科大学で修士号を取得していた別の中国人に接触し、アメリカ国内のハイテク企業で働く中国人や中国系アメリカ人の、経歴や連絡先を調査するよう求めていた形跡があることがわかったといいます。アメリカの企業や研究機関で最先端技術の機密を知る中国系の技術者をスパイとしてリクルートする狙いだったのではないか。アメリカの捜査当局はこうにらんでいるといいます。
トランプ政権は、今回「Tik Tok」に加えて、多くの中国人が利用しているSNSのアプリ「ウィーチャット」の使用も事実上禁じようとしていますが、こうした一連の措置は、スパイ活動の阻止が主要な目的だとみられます。
個人情報がスパイ活動にどうつながるのか、具体的にみていきます。

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アメリカ側は、これらのアプリをダウンロードした瞬間から、企業に個人の情報が把握される仕組みになっていると見ています。
そして中国政府が、企業から入手したアプリの利用の履歴や位置情報などの分析を通じて、勤め先などを割り出し、政府機関やハイテク企業で働く中国人や中国系のアメリカ人を特定。その上で通信の記録などから標的となった人物の弱みをつかんで脅迫するなどして、スパイ活動に協力せざるをえない状況に追い込む。そうして安全保障に関わる情報や、ハイテク企業の機密情報を盗み出そうとしている。アメリカ側はこう分析し、アプリの利用を禁じることで、スパイ活動を防ごうとしているものとみられます。
こうした警戒感は他の国にも広がっており、中国との国境紛争を抱えるインドでも、今年6月、59の中国製のアプリを使用禁止にしています。

3 日本にも影響が・・・

さらに、波紋は日本にも広がっています。

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今年7月末、自民党の議員連盟が会合を開き、「TiK Tok」の利用者の個人情報が中国政府にわたる恐れがあるとして、政府に法整備を求めていく方針を確認しました。そして利用者にも影響が出ています。埼玉県では新型コロナウイルスの感染防止の啓発などに「TiKTok」の動画を発信していましたが、県民から「情報が流出するのでは」という懸念の声が寄せられ、動画を削除することになりました。このほかの自治体でも「Tik Tok」の利用をやめる動きが広がっています。

では、今回の問題、私たちはどう考えていけばよいでしょうか。

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トランプ政権の一連の措置をめぐって有識者は産業界からは、自由を標榜するアメリカが、逆に自由な経済活動を阻害しているという指摘がでています。中国政府も、トランプ政権の一連の措置について、「アメリカ以外の企業が強くなることを恐れ、国家の力で抑圧している。市場経済や公平な競争の原則の否定だ」と批判を強めています。確かに安全保障を理由にむやみに経済活動を制限するのは問題で、一定の説明責任は問われるべきだと思います。ただアメリカ側からすれば、スパイ活動を通じて企業機密を入手するといった中国の不公正なふるまいが大元の要因であり、そうしたふるまいが改められれば、中国企業の活動を抑制する必要もなくなるはずだという立場です。知的財産権の保護をめぐっては、日本政府も再三にわたって中国側に要請してきました。今後も各国と協調して、国際ルールにのっとった行動を促していくことは必要でしょう。
一方で今回の問題には、トランプ政権のいう自由主義と全体主義という国家体制の違いに根差す要因も見て取れます。

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バイトダンス社は、中国政府に個人情報を提供しているのではないかという主張に対し、「中国の情報機関が、「Tik Tok」のデータにアクセスしたことは一度もない」としています。しかし中国にはいかなる組織や個人も国家の情報活動に協力しなければならないと定める全体主義的な色彩を帯びた法律が厳として存在し、情報の取扱いに対する不安は消えません。アメリカの巨大IT企業も膨大な個人情報を集めていますが、中国の場合は、集められた情報が思想のチェックや言論の統制に利用されるおそれが疑われているのです。

日常生活で使う身近なアプリから情報が流出し、体制の異なる国の手によって思わぬ形で利用されることを、私たちは想定しておかなければならないのでしょうか。今回の問題は、米中が激しい覇権争いを繰り広げる中、中国が関係する経済活動がはらむリスクについて否が応でも意識せざるをないという現実をつきつけているようです。

(神子田 章博 解説委員)

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