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「安倍首相辞任へ その影響と今後の焦点」(時論公論)

伊藤 雅之  解説委員

安倍総理大臣は、持病の潰瘍性大腸炎が再発し、国民の負託に自信をもって応えられる状況ではなくなったとして、総理大臣を辞任することを表明しました。
なぜこのタイミングでの表明となったのか、辞任の影響と今後の焦点を考えます。

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安倍総理大臣は、24日の月曜日、連続の在任期間が、佐藤栄作元総理大臣を抜いて、歴代最長の政権となったばかりでした。健康不安もささやかれてはいましたが、「体調管理に万全を期し、仕事を頑張りたい」と話していただけに、辞任表明に、与野党からは驚きの声があがっています。
なぜ、このタイミングで、辞任を表明したのでしょうか。

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安倍総理は、記者会見で、「悩みに悩んだ」うえで、「新体制に移行するには、このタイミングしかない」と強調しました。
「100年に一度の国難」と位置付ける新型コロナウイルスへの対応が続いているこの時期に、政治が不安定になれば経済や社会に深刻な影響を及ぼします。安倍総理としては、来月任期満了を迎える自民党役員人事や野党が求める臨時国会の召集など政治日程を考慮し、辞任の影響を最小限に抑えることを重視して、辞任を決断したとする24日から28日まで、できるだけの手を打っての表明だったといえると思います。
辞任を決断した背景としては、まず、現在の感染状況があげられます。地域によって違いはあり、引き続き警戒が必要なものの、7月以降の感染拡大は、減少傾向に転じたことが大きな要因です。感染の拡大が急速に広がり続ける状況では辞任表明は難しかったかも知れません。

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また、辞任表明に先立って、政府の新型コロナウイルス対策本部で、この夏から秋、そしてインフルエンザとの同時流行が懸念される冬にかけての取り組みを決定したことも重要です。
この中には、検査体制は一日20万件程度行えるよう抜本的に拡充すること。
ワクチンを来年前半までに、すべての国民に提供できる数を確保すること。
無症状や軽症が多い実態を踏まえ、感染症法に基づいて、感染者に入院の勧告などを行っている対応を、保健所や医療機関の負担を低減するため政令の改正も含めて柔軟に見直すことなどが盛り込まれています。当面、必要な対策の方向性を示すことができたと判断したのだと思います。

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一方、経済対策としては、今後、悪化が懸念される雇用情勢に対応するため、雇用調整助成金の上限の引き上げなどの特例措置を、年末まで延長することを決めました。
また、第2次補正予算に盛り込まれた10兆円の予備費も大きな要素でしょう。感染の拡大防止と経済社会活動の両立に必要な対策を打つ財源は、当面確保できていることになります。
安倍総理は、記者会見で、再発した持病に、新しい治療の効果が出ていることを明らかにしました。治療を続けながら、政権を担当するという選択肢もあったと思います。しかし、悪化のリスクもあるうえに、何よりも、13年前の第1次政権で、病気の悪化で突然辞任し、「政権を放り出した」と批判を受けたことから、今回はそうした事態を何としても避ける。ギリギリではなく、いわば、わずかでも余力を残した形での辞任に強くこだわったと見ることができると思います。

一方、外交日程を考えますと、新型コロナの影響で、G7=主要7か国首脳会議が延期され、中国の習近平国家主席の日本訪問の日程も調整の段階には入っていないこと。さらに、アメリカとの関係も11月の大統領選挙の結果次第では、再構築が必要になるという指摘もあり、これを前にした今の時期が、外交を引き継ぐうえで最も影響が少ないという判断もあったものと見られます。

安倍総理大臣が辞任を表明したことで、今後の焦点は、後継の総理・総裁が、いつ、どのように決まるかに移ります。
特に、新型コロナウイルスへの対応という、かつて誰も経験したことがない課題への取り組み続いているさなかに、国政の最高責任者が交代するという異例の事態が重なりました。
対策に隙が生まれないように後継者を選ぶことが、重要になってきます。
安倍総理の後継は、総理大臣と自民党総裁という二つの面があります。

総理大臣が欠けた場合、あらかじめ決めた閣僚が、総理大臣の臨時代理として職務にあたることも可能です。今回、安倍総理大臣は、次の自民党総裁が決まるまで、今の内閣で、総理大臣として職責を果たす考えを示しています。
新たな内閣をどうするか、新たな布陣で臨むのか、政策の継続性を重視し、当面は、今の閣僚を変えずに臨むのかは、新総裁の判断になります。

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次の総裁の選び方や日程について、自民党は臨時役員会で、二階幹事長に一任することを決めました。
自民党の総裁選挙の規定では、国会議員による投票と、全国の党員などによる「党員投票」の合計で争われることになっています。ただ、特に緊急を要する時には、党大会に代わる両院議員総会で、国会議員と各都道府県連の代表3人が投票を行って選出できることになっています。
また、「党員投票」は行わなくても良いことになっています。新総裁の任期は、安倍総理の残り任期を引き継ぐことになり、来年9月末までです。

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今回の後継選びで難しいのは、新型コロナ対策のさなかの、突然の辞任という、いわば緊急の事態であり、交代の影響を最小限にしなければならないこと。その一方で、総裁の任期は1年あまり、ほぼ同じ時期の来年10月には、衆議院議員の任期満了を迎えます。自民党にとっては、次の総理・総裁は、衆議院を解散し、総選挙を戦う選挙の顔としてふさわしい人材を選ぶ必要があることです。
両院議員総会であれば、速やかに後継が決められますし、安倍総理を支持してきた党内グループがまとまれば、路線を受け継ぐ後継者が決まりやすい面もあります。ただ、過去には、党内から、党員の意向が反映されないという批判が出て、新総裁の党運営に影響を及ぼしたこともありました。

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これに対し、党員投票を含めた総裁選挙を行えば、党員の意向を反映した新総裁が選びやすく、次の選挙の顔を選ぶにふさわしい形とも言えますが、時間がかかり、政治的な空白を招くと国民の批判を受けかねません。党員投票をどう扱うかが焦点になります。
また、その時期については、立憲民主党と国民民主党などが合流する新党が9月にも結成されることから、その前の9月中旬までには決定する方向で検討が進むものと見られます。

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では、「ポスト安倍」として、誰が名乗りをあげることになるのでしょうか。
前回2年前の総裁選挙にも立候補した石破元幹事長、これまでも意欲を示してきた岸田政務調査会長が立候補する意向を示しており、対決する構図となるのか。
新たな総裁の選出方法がどう決まるのかにもよりますが、石破氏、岸田氏のほか、河野防衛大臣など、立候補への意欲を示す議員が相次いでいます。こうした候補が次々に名乗りをあげるのか、それとも次のタイミングを待つのか、支持の広がりも含め政治的な判断が必要です。一方で、党内には、新型コロナへの対応が続く中、政権を支えてきた菅官房長官を政策の継続性という点で推す声も出ています。
自民党の各派閥、各グループの動きが、これから急速に活発になるものと見られます。
安倍総理は、拉致問題の解決やロシアとの平和条約交渉、憲法改正など、志半ばで職を去ることになりました。第2次政権の発足から7年8か月、「1強」といわれた政権が交代することは、政治的には大きな変化になります。次の総裁候補には、安倍政権をどう評価し、安倍路線の何を引き継ぎ、何を変えていくのか。また、総理大臣官邸主導といわれる意思決定のあり方をどう考え、国民への説明責任をどう果たしていくのか、明確にする必要があります。
今回の後継選びで、それができるかどうかが、今後の政治の流れを方向付けることになりそうです。

(伊藤 雅之 解説委員)

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