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「ベラルーシ・欧州最後の独裁者の危機 平和的な解決は可能か?」(時論公論)

石川 一洋  解説委員

23日 日曜日、ベラルーシ、ミンスクの独立広場です。10万人以上の人々が集まり、欧州最後の独裁者ルカシェンコ大統領に退陣せよと叫んでいます。大統領選挙での不正や抗議行動への弾圧が激しい怒りを呼び起こしました。
ベラルーシの同盟国ロシアと民主化を支援するヨーロッパ、錯綜する思惑の中で平和的な解決と移行が可能なのかどうか、考えます。

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解説のポイントです
▼国民の怒りの背景と対立の現状
▼渦巻く大国の思惑と平和的な解決への道

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ベラルーシはロシアとヨーロッパの間に位置する旧ソビエトの国です。連邦崩壊に伴い、91年独立、94年の大統領選挙でロシアとの統合強化を唱えるルカシェンコ大統領が圧倒的な支持で当選しました。ルカシェンコ大統領は強権的な政治で欧州最後の独裁者といわれる一方、社会主義的な経済運営のもと国営企業や集団農場を維持し、経済的な安定と雇用を確保し国民の一定の支持を得て、これまで5選を重ねてきました。
6選目の今回の大統領選挙ではルカシェンコ氏に対してなぜ強い国民の反発が広がったのでしょうか。今回の選挙で野党統一候補となった主婦のチハノフスカヤ氏の二つのビデオをご覧ください。
「誰も私のような選択が迫られる状況になってほしくない。人の命がもっとも大切なのだから」(8月11日)
「我々は権力側に対話を求めます。暴力の停止を求めます。合法的に、平和的に我々の権利を守らなければなりません」(8月14日)

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8月11日、中央選挙管理委員会に抗議に行ったところ数時間にわたって軟禁され、リトアニアに追放され、その直後に発表されたのが最初のビデオ、そして大統領候補として気を取り直して国民に呼びかけたのが14日の声明です。その表情を比較すれば大統領候補にさえどのような脅し、脅迫が行われたのでしょうか。

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そもそも今回の選挙には反ルカシェンコの立場から三名の有力候補が立候補するはずでした。チハノフスカヤさんの夫で著名なブロガーのチハノフスキー氏、ロシア系銀行の経営者だったババリコ氏、そして元駐米大使であったツェプカロ氏の三氏です。
元々体制内にいた有力者も立候補したことから国民の変化への期待は高まりました。
しかし三氏とも中央選管が立候補登録を拒否、二人は逮捕され収監、一人は弾圧を恐れて国外に逃亡しました。結果的にチハノフスカヤ氏は夫の身代わりで立候補し野党の統一候補となりました。公約はただ一点、大統領になったら公正で自由な選挙を行うということでした。
競争相手をあらゆる手段で排除しようとする大統領の手法が逆に公正な選挙の実施という一点に公約を絞ったチハノフスカヤ氏の支持を広げることになりました。

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選挙管理委員会はルカシェンコ大統領が80%、チハノフスカヤ氏が10%という結果を発表しました。あまりにあからさまな不正に抗議に街頭に出た人を待っていたのは、力による弾圧でした。数千人が拘束され、残酷な暴行を受けました。少なくとも6人が死亡したと野党側は発表しています。
16日にミンスクの同じ広場でルカシェンコ支持派と野党の抗議集会が時間を分けて行われました。白と赤の民族旗をシンボルとする抗議集会には歴史的ともいわれる20万人を超える人々が集まり、数でも熱気でもルカシェンコ支持集会を圧倒しました。脅迫や嘘、力の行使で政権を維持しようとする体制に国民は我慢できないと声を上げたのです。

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野党は、平和的な抗議行動の継続とストライキによって政権に圧力をかけつつ、拘束されている候補者などあらゆる政治犯の釈放と公正で自由な選挙の実施を求め、体制に対話を呼びかけています。
 ただルカシェンコ氏の力を侮ることはできません。治安機関や軍隊などをいまだに掌握しています。野党の大規模な抗議集会に対して自動小銃を手にヘリコプターから視察し、特殊部隊を激励しました。野党勢力の指導者を個別に拘束するなど圧力も強め、あくまで力で政権を維持しようという姿勢は変わっていません。野党側が平和的な抗議を徹底させたこともあり、治安機関も当初のような暴力的弾圧は控えています。国民のルカシェンコ離れが進む一方、野党にも強いリーダーがいないという弱点があり、対立は長期化の様相も示しています。

ベラルーシをめぐる状況です。

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ロシアにとってベラルーシは集団安全保障条約を結ぶ最も近い同盟国で、将来の統合を見据えた連合国家条約も締結しています。一方、ポーランドやリトアニアは歴史的、民族的なつながりを持ち民主化を支援しています。中国は道路や通信などヨーロッパへの一帯一路のインフラを実現する要と位置づけルカシェンコ体制を支援してきました。またアメリカもロシア離れを図るよう接近していました。中ロはルカシェンコ氏の勝利を認めましたが、欧米は選挙結果を認めていません。同盟国ロシアがどう動くかが決定的に重要な意味を持っています。

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今回の大統領選挙ではルカシェンコ氏は欧米と関係改善を図りつつ、むしろロシアの脅威を訴えました。ロシアとの関係は最低レベルまで落ち込みました。ロシア離れをすれば多少の不正があっても欧米は選挙の結果を認めてくれるという思惑があったかもしれません。しかし大規模な不正、強権的な弾圧を欧米が認めるはずはありません。窮地に陥ったルカシェンコ大統領が助けを求めたのは結局プーチン大統領でした。選挙中とは手のひらを返したように、「野党はロシアとの条約を破棄し、ロシア語を禁じようとしている」などとデマを交えて非難し、集団安全保障条約に基づきロシアの介入を求める考えも示唆しています。

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クレムリンはルカシェンコ氏への信頼を失っています。ただNATOとの緩衝地帯でもある同盟国ベラルーシを失うことは絶対に避けたいと考えています。ロシアの国営テレビは、野党が欧米の支援を受けてウクライナのような革命を起こそうとしていると野党非難を強めています。弱い大統領を利用して政治統合を進めるべきだという勢力もあります。一方クレムリンに近い政治情勢分析センターの報告書では「ベラルーシの危機は外国からの影響ではなく、旧態依然としたルカシェンコ体制の問題」と突き放し、「ロシア主導でルカシェンコ退陣に持ち込むべきだ」としています。ロシアの影響力を維持するという観点からでしょうが、冷静な分析といえるでしょう。クレムリンは「外部の干渉を排し、ベラルーシ内部で解決すべきだ」と繰り返しています。プーチン大統領自身がどのような対応をすべきか決めかねているのが現状でしょう。

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EUはポーランドやリトアニアなど民主化勢力を様々な手段で支援しています。ただドイツやフランスはウクライナのような危機の再現は避けたいと考えています。米ロも外交当局が会談して対話の支持では一致しました。思惑は異なるもののロシアもEUもアメリカも軟着陸を図りたいというのが本音でしょう。しかし具体的な方策が見えない中、再び血が流される危険が続いています。

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首都ミンスク郊外、ハティニという村がありました。第二次大戦中ナチスドイツによって村民が生きたまま焼かれました。今 村の跡地には、記念碑が立てられ、同じように焼き払われたベラルーシの村々の墓標が立てられています。ベラルーシは甚大な犠牲を払いました。またチェルノブイリ原発事故でも多数の村が放射性降下物によって廃墟となりました。ベラルーシ国民は勤勉な国民性で知られ、国内に民族的な対立もありません。戦争と革命の世紀20世紀の間に様々な悲劇を体験したベラルーシにさらなる流血と犠牲は全く必要ありません。

私は今の危機を打開する手段は単純、明快だと思います。選挙結果と大統領の正統性について国民からこれだけ疑念と反発を招いているのなら、公正で自由な大統領選挙を国際的な監視の下で行うしかありません。ロシアとEUはむしろ協力して、ルカシェンコ大統領に野党勢力の対話と平和的な解決を一致して促すべきでしょう。ベラルーシを26年間統治したルカシェンコ大統領が自らの政治的な名誉のためにも賢明な判断をすることを望みます。

(石川 一洋 解説委員)

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