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「揺らぐ習長期政権への道 秘密会議の『暗闘』」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員

今月初めに始まった中国共産党の秘密会議、北戴河会議が、今週ようやく終わった模様です。会議では、対立が深まるアメリカへの対応や、習近平氏の続投問題をめぐり激しいやり取りがあったと見られ、予想以上に長い会期となりました。この会議の中身と中国の行方について考えてみたいと思います。

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北戴河会議は、習近平氏ら現役の指導部と、胡錦涛氏ら引退した幹部、いわゆる長老たちが渤海湾に面した避暑地で、党の指導方針や政策などをめぐって意見を交わすもので、例年ですと、まず8月上旬に北戴河会議を開いて、政策の大筋を固め、その結果を踏まえて秋の中国共産党中央委員会総会の開催が決まるという段取りが普通でした。
ところが、今年は習近平指導部が、北戴河会議の開催前に早々と中央委員会総会を10月に開くと決めてしまい、しかも、そこで来年からの5か年計画に加えて、2035年までの長期目標も打ち出すことまで明らかにしたのです。習氏の独走で長老のメンツは丸つぶれになったといえるかもしれません。

しかし実際には会議の日程が、思いのほか長くなり、延々と激論が交わされたようなのです。それは習近平体制が、かつてないほど深刻な「内憂外患」の局面に陥り、ほぼすべての権限を独占してきた習近平氏の責任を問う声が想像以上に大きかったとことを意味しているということなのかもしれません。

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まず国内の内憂の面から見ますと、去年冬に中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの初期対応を誤り、中国国内はもとより、世界中に感染を拡大させてしまったことがあります。
そのあおりを受けて経済も減速、そして記録的な大水害も重なって、国民の生活は一層苦しいものになっています。中国の人たちの半分近く、6億人のひと月の収入が日本円にして1万5000円程度に留まっています。しかも厳しい言論統制と徹底した国民監視によって、人々の不満は力で抑え込まれた形になっています。
最近では、これまで例外的に言論の自由が認められてきた香港に対しても国家安全維持法を導入し、先月から強圧的な姿勢で人々の自由を奪い始めています。

力で人々の口を封じることで、権威主義的な独裁政治を貫こうという中国共産党の姿勢は、特に習近平体制になってからより顕著なものになったといえます。これに対して著名な知識人たちが今回の北戴河会議を前に、批判の声を上げました。

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まず、習近平主席の母校、清華大学の教授で、中国で最も権威ある法学者の一人として知られる許章潤氏が、「激怒する人民はもはや恐れていない」という檄文をインターネット上に発表。この中で許教授は、「中国が幾多の難題に直面しているのは、すべての権力を一人で独占して決めるという無能で堕落した制度に固執しているからだ」と権力を独り占めにしている習近平氏の体制を厳しく批判したのです。すると許教授は、一時身柄を拘束され、先月半ば、大学から職を解かれてしまいました。

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また、習近平国家主席がかつて校長を務めたこともある中国共産党の高級幹部養成機関、中央党校の蔡霞元教授が、「中国共産党は政治的ゾンビだ。習近平氏はマフィアのボスだ。習近平氏を解任することが党再生の第一歩だ」と語ったという音声がネット上に流れました。
そのせいでしょうか、蔡元教授は、今月、党籍はく奪という厳しい処分を受けました。

ここでご紹介した二人は、これまで中国の政治や法律の分野で極めて重要な役割を担ってきた人たちです。いわんや14億の中国国民の中には、習近平体制に反発する人たちが水面下でかなりいることを想起させます。
さて、外患つまり対外関係において中国はどのような難題に直面しているのでしょうか。

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何より深刻なのは、中国が最大の貿易相手国だったアメリカと「新冷戦」とまで言われる劣悪な関係に陥ってしまったことです。先月には互いに一か所の総領事館の閉鎖を命じ合うという国交正常化以来最悪の事態に発展しました。アメリカのポンペイオ国務長官は、習近平主席のことを「破綻した全体主義イデオロギーの真の信奉者だ」と名指し批判しています。
習近平政権は、今年に入り、戦う狼、「戦狼外交」と呼ばれる攻撃的な外交を展開し、アメリカだけでなく、東南アジアやオーストラリア、インドなど近隣諸国との摩擦も増しています。日本の尖閣諸島周辺の海域にも100日以上連続して中国の警備船がやってくるなど、強硬な姿勢をのぞかせました。しかしそれがかえって、中国と近隣諸国との摩擦を拡大し、中国と対立する国々がアメリカと手を結ぶ形で、中国包囲網を形成しつつあるのです。

今回の北戴河会議では、当初、さすがにこれではまずいということになったのでしょう。
会議が始まって早々、外交責任者が次々とアメリカに関係改善を呼びかけました。

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評判の悪い戦狼外交をとりあえず封印して、関係改善のシグナルを送ったのです。
今月6日、まず王毅外相が国営通信社を通じて「中国は衝突や対立ではなく、相互尊重、協力・ウィンウィンの精神で、アメリカ側と協調・協力・安定の関係を築きたい」と表明しました。
翌7日には、外交担当の楊潔篪政治局員が「対話の窓は常に大きく開いている」として、軍事交流や新型コロナウイルス対策などの協力を呼びかける署名入り文書を発表しました。
ところがアメリカは、それを無視するかのように、アザー厚生長官に台湾を訪問させ、蔡英文総統と会談させるなど、揺さぶりをかけたのです。

これには習近平指導部もかなり当惑したようです。党内の強硬派からは、アメリカ企業の中国締め出しや台湾への武力行使など極端な対抗策を掲げて、立ち向かうべきだという意見も出されたといわれています。

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中国は、アザー厚生長官が蔡英文総統と会談したのと同じ10日に、香港で突然、中国に批判的な新聞「リンゴ日報」の創始者黎智英氏や、香港民主の女神ともいわれる女性活動家の周庭氏ら10人を国家安全維持法違反の疑いなどで逮捕するという暴挙に出たのです。これは、世界の目を引き付ける大きなニュースを香港で引き起こすことで、アメリカと台湾の会談を目立たせなくさせる意図があったのではないかという見方も出ています。

中国国内では、このところ盛んにアメリカとの対立をあおる映画が上映されるようになり、反米宣伝が行われるようになりました。しかし中国がアメリカと本当に断絶することになれば、人々の暮らしにも大きな影響がでると考えられます。

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今回の北戴河会議で習近平主席は、中国が今後、どん底の暮らしに陥っても踏ん張れるという「底線思考」の重要性を強調。一致団結を呼びかけることで求心力を保とうとしたようです。
一方、習近平主席の続投を望まない長老や指導者たちは、10月の中央委員会総会で、ポスト習近平を担う若手の政治局員を、最高指導部に昇格させようと画策したと伝えられています。習近平氏に近い側近上海のトップ李強政治局員と、李克強首相と同じ共青団出身の胡春華政治局員がその有力候補ともいわれています。

「底線思考」によってどん底まで意識し始めた中国の政策は、習近平氏が当初から掲げる「中華民族の偉大な復興」という輝かしい夢からは、遠ざかり始めているようにも見えます。これまでは「一強他弱」といわれた習近平指導部の絶大な求心力にもどこか陰りが見えてきたのではないか。今回の北戴河会議からは、中国が今置かれている窮地と険しい前途が垣間見られたように思えます。

(加藤 青延 専門解説委員)

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