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「来年度予算要求へ~コロナ禍でも求められる財政規律」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

来年度予算要求に向けた各省庁の動きが本格化しています。新型コロナウイルスが日本経済に大きな打撃を与える中で、財政の規律はどうあるべきか。例年ですと、赤字をどう削減するかという話になるのですが、医療体制の整備や経済対策に巨額の財源が必要となる中、支出を抑えることばかり考えるわけにもゆきません。
この問題について考えてゆきます。

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解説のポイントは三つです。
1) 来年度予算要求の基準と課題
2) 危機感なき財政悪化 灯らぬ赤信号
3) コロナ禍でも求められる規律

1)来年度予算要求の基準と課題

 毎年夏に行われる来年度予算の概算要求。今年は新型コロナウイルスへの対応を優先したとして、例年とは様変わりしています。

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財務省は、要求の提出期限を例年より一か月遅らせて9月末としました。予算のとりまとめが例年通り12月だとすると、査定の期間が1か月短くなり、十分な査定ができるのか懸念されます。さらに、例年数値で示される要求額の上限などの目安も、今年は示されていません。各省の予算の要求額は基本的に今年度の当初予算と同額としたうえで、感染症対策や経済対策などコロナ関連については、別途要望を認めるとして、上限も設けられていません。

しかしその一方で、政府の財政はすでに極めて厳しい状況にあります。

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政府予算の一般会計の歳出は、ここ数年、100兆円前後で推移してきました。ところが今年度は、当初予算に加え、25兆円あまりの第一次補正予算、32兆円近い第二次補正予算が加わり、歳出の規模は160兆円にものぼっています。一方で歳入は税収などでは到底まかなえず、90兆円の国債を発行、つまり借金をすることになります。この結果、政府の国債発行総額は964兆円、国民の頭数で割ると一人当たり769万円にのぼる見通しです。こうした中で各省庁は、財務省から削減の基準が示されずとも、ひとつひとつの予算について、本当にいま必要なものなのかを自問し、不要不急の事業をとりやめることでコロナ対策に必要な財源を部分的にでも捻出するなど、優先順位を厳しくつけたうえで予算の要求に臨んでもらいたいと思います。

2)危機感なき財政悪化 灯らぬ赤信号

コロナ禍で大きく傷ついた日本の財政ですが、健全化に向けた見通しも、決して明るくはありません。

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政府は、財政の健全化に向けて、基礎的財政収支の黒字化を目標に掲げてきました。基礎的財政収支とは、その年の政策に必要となる経費と、その年の税金などの収入の間の収支で、いまは赤字ですが、黒字になればその分借金をしなくてもすみます。政府は国と地方を合わせた収支を2025年度には黒字化する目標を掲げています。

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ところが内閣府の試算によりますと、今年度の基礎的財政収支は、67兆5000億円の赤字に膨らむ見通しで、さらに今後コロナがいずれ収束し、2%程度の経済成長が続いた場合でも、2025年度に7兆3000億円の赤字になるとしています。コロナによる経済の停滞が長引けば、さらなる財政出動と税収の落ち込みで状況が一段と悪化することも懸念されます。
このように、日本の財政は、巨額の借金を重ねて赤字が膨らむ状態が当たり前のようになってしまっていますが、その一因として指摘されているのが日銀の金融緩和政策です。どういうことでしょうか。

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通常政府の借金が増えれば、国債の信用力が低下して金利があがり、歳出に占める利払い費が膨らむなど、強い危機感を感じることになります。しかしいま日本では日銀が、景気を支えようと長期金利を0%程度に抑える目標をかかげ、市場を通じて大量の国債を購入し続けており、政府の借金がいくら増えても金利があまり上がりません。これは今回のように、コロナ対策で巨額の資金を国債発行で調達しても金利が上がらなくて済むというプラスの効果も発揮しているのですが、金利上昇という赤信号が灯らないことから、財政規律にはマイナスに作用します。このため、日銀が財政赤字の拡大に間接的に手を貸しているのでは、という指摘が出ているのです。

これに対する日銀の黒田総裁の記者会見での発言が最近注目を集めました。

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「財政政策は政府と国会が決めるわけであり、日銀のオペレーションで政府と国会が受動的にマニピュレイトされると考えるのは政策主体に対しても失礼だ」と述べたのです。私はこの言葉を、「日銀が金利を低く抑えているから財政規律を守れない」という主張は、政府や国会という立派な大人をつかまえて子ども扱いしているのと同じだ。大人であれば、金利がどのような水準にあろうと、しかるべく行動すべきだ。というメッセージだと読み解きました。
日銀はいまや国債発行総額の44%にあたるおよそ500兆円分を保有しており、国債の購入もやがて限界がくるとも指摘されています。借金をいくら増やしても金利はあがらない、という状況がいつまでも続かないかもしれないということを、私たちは肝に銘じておく必要があります。

3) コロナ禍でも求められる規律

ただ、そうはいっても、当面、コロナ対策が危急の課題となるなかで、財政状況を改善にむかわせるのは難しいのが現実です。
それでも予算を支出する際に、効果的に使われるか、無駄に使われないかなど、「国民の納得感を得られるかどうか」という目線からチェックを徹底する。そういった意味での規律は引き続き求められるのではないでしょうか。

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 たとえば1兆3500億円あまりの予算を投じて行われているGO TO トラベルキャンペーンでは、感染が拡大し続けるいま、人の移動を促す政策が妥当なのか、狙い通りの経済効果が得られるのかといった疑問が多く聞かれます。
これから編成にかかる来年度の当初予算は、再来年の3月までを見越したものとなるわけですが、将来の感染状況によっては、コロナ対策として適切でない、あるいは時宜を得ない結果となることも考えられます。その場合には、一度予算がついた事業でも、実際には執行しない。そうすることで、新たに必要になった政策に財源を残し、追加的な支出を抑える。こうした柔軟な対応が求められていると思います。

 またGO TO トラベルをめぐっては、予算の要求の在り方にも疑問が投げかけられました。

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政府は、当初、GO TO トラベルの事務を、GO TOイート、GO TOイベントと同じ一つの事務局に委託し、トラベルの事務委託費として2294億円の予算を計上していました。しかしこの経費が高すぎるという批判の声があがったため、分野ごとに委託先を公募する方式に改めたところ、経費は1866億円に圧縮され、400億円あまりの予算を、旅費の割引などに活用できることになりました。
政府はあとになって、「まったく性質の異なる事業を一つの事務局で実施することは、費用や執行の構造が複雑になるおそれがあった」と説明しましたが、そんなことが最初からわからなかったのでしょうか。まず予算の要求の段階で、経費ができるだけかからない方法を考えるようにしてもらいたいと思います。
またこの予算をめぐっては、民間企業などへの委託の仕方が不透明だという批判があがったことが、予算の妥当性を見直すきっかけともなりました。納税者である私たちが予算の使い道に厳しい目をむけることも、財政の規律を維持するための大切な条件と言えそうです。

最後に、コロナによる不況で税収も増えない中、新たな政策の多くが国債という借金によって賄われることになります。そして、その借金は、子や孫の世代が税金を通じて返済することになる。いわば、将来世代の財布の中から拝借しているお金なのです。来年度の予算編成にむけては、各省庁がそうした自覚をもって予算の要求にあたってもらいたいと思います。

(神子田 章博 解説委員)

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