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「新型コロナウイルス ワクチンの早期開発と安全性の課題」(時論公論)

中村 幸司  解説委員

安全性を確保した上で、ワクチンの早期開発をどう実現したらいいのでしょうか。
新型コロナウイルスの感染を収束させるために必要なワクチンの開発が、世界中で進められています。通常は数年ないし、それ以上かかるとされるワクチン開発を非常に短い期間で進めようとしていますが、その実現には、難しい課題があります。

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今回は
▽新型コロナウイルスのワクチン開発の現状と日本への供給の見通し、
▽そして、有効性・安全性の課題を見た上で、
▽ワクチン開発で、何が求められているのか、考えます。

まず、ワクチン開発の現状です。

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WHO(世界保健機関)によりますと、海外では、すでに150以上のワクチン開発が行われています。(2020年8月13日現在)このうち、およそ30は人に接種する臨床試験に入っています。臨床試験は、3つの段階で進められます。少ない人数から始めて、最終段階は、一般に数万人規模で行い、安全性や有効性を評価します。すでに6つは最終段階に入ったとされています。
ロシアは、2020年8月に1つのワクチンを承認したことを正式に明らかにしましたが、このワクチンは、最終段階を完了していないということで、安全性の確認に疑問の声も上がっています。

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日本は、これまでに海外で開発中の2つのワクチンについて、供給を受けることで基本合意しています。
このうち、アメリカの製薬大手ファイザーが、ドイツの製薬会社などと開発しているワクチンについては、日本に2021年6月末までの間に、6000万人分のワクチンを供給するとしています。もう一つは、イギリスの製薬大手「アストラゼネカ」とオックスフォード大学が開発を進めているワクチンです。2020年8月にも、日本で臨床試験を始める計画で、2021年の1月から3月までに3000万回分、最終的には1億2000万回分の供給を計画しています。1人当たりの接種回数は1回か2回になる予定なので、6000万人分ないし1億2000万人分という計算になります。
いずれも臨床試験などを終えて、ワクチンとして承認を受けてから供給されます。
一方、日本では、基礎的研究を含めて、10以上のワクチン開発が行われています。このうち少なくとも5つは、動物実験などの段階に進んでいます。
国内で臨床試験を行っているのは、バイオベンチャー企業「アンジェス」が大阪大学などと開発しているワクチンです。2021年春の承認、生産を目指しているとしています。

新型コロナウイルスのワクチンの開発をめぐっては、有効性や安全性について課題が指摘されています。
まず、有効性についてです。

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ウイルスが感染すると、ヒトの体内では「抗体」という物質ができるなどして、免疫を獲得します。治った後も抗体は体内の残っていて、次にウイルスが体の中に入ってきたとき、この抗体がウイルスの感染を防いでくれます。ただ、新型コロナウイルスでは、この抗体が2~3か月ほどで減少してしまうケースが報告されています。
ワクチンは、接種することで体に抗体を作らせます。しかし、この抗体も短い期間で減少する可能性があります。

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つまり、ワクチンをうっても、効果が限定的である可能性がありますし、また、効果を維持させるために、ワクチンを定期的に繰り返し接種する必要が出てくることも考えられます。

安全性についても、慎重な確認が必要だとする声が聞かれます。

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新型コロナウイルスは、細胞の内部に入り込んで増殖します。

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ワクチンをうつと、抗体がこの細胞の入り口にいわば立ちはだかって侵入を防ぎ、ウイルスは増殖できなくなります。
ところが、ワクチン接種によって、やっかいな抗体ができることがあります。

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上の図の右の抗体は、特定の細胞の扉を開けてウイルスを細胞内に入れてしまいます。ウイルスは、図の右の特定の細胞の中で増えることができます。

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ウイルスの増殖が促進され、ワクチンをうつことが、かえって症状の悪化につながることがあるのです。
こうした現象が、どのような条件で起こるのか、詳しくはわかっていません。ただ、同じコロナウイルスの仲間である「SARS」などでも報告されていることから、コロナウイルスに共通して、起こりやすい可能性があるとされています。

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このため、新型コロナウイルスのワクチン開発では、「安全性の評価をより慎重に行う必要がある」と指摘する専門家は少なくありません。

もうひとつは、大規模な最終段階の臨床試験を外国人で行ったワクチンをどう評価するかです。

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日本人に接種した時に、有効性が低い、あるいは何らかの副反応が強く出るといった安全性の問題は起こらないのでしょうか。それを確認するためには、大勢の日本人で臨床試験を行うことが必要になりますが、そうすれば、承認まで時間がかかることになります。
海外で得られたデータを精査することはもちろん、日本人を対象にした臨床試験を行うのか、行うとしたらどれくらいの規模にするのか、十分検討しなければなりません。

こうした課題がある中で、今後、国内でワクチンを使うようになった際、どのようなことが求められるでしょうか。

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ひとつは、ワクチンを接種した人の、その後の状態を細かく追跡して、安全性や有効性を確認していくことが必要です。仮に、何らかの問題があったときに、素早く対応できるような態勢をとることが求められると思います。
そして、ワクチン接種を始めるまでに求められるのが、日本人の誰から接種するのかという「優先順位」の議論です。ワクチンは国民全員分が一度にできるわけではありませんので、こうした順位をあらかじめ決めておく必要があります。
これについては専門家らでつくる国の分科会で、すでに議論が進められ、優先すべき人として、「医療従事者、それに高齢者や基礎疾患のある人など重症化のリスクの高い人、妊婦など」とするという方向性が示されています。
では、こうした人たちの後は、誰に接種したらいいのでしょうか。
有効なワクチンができた時、誰もが「早くワクチンをうってほしい」と考えると思います。混乱が起こらないよう、優先順位について、国民が納得することが大切です。今は非公開の分科会で検討されていますが、こうした議論については、より透明性を図り、検討の過程も含めて多くの人に周知されることが必要だと思います。
もう一つは、国内でいくつものワクチン開発を推進することの重要性です。
どのようなワクチンが効果が高いのか、まだよくわかっていない現状では、さまざまな手法によるワクチンの開発を並行して進めることで、効果的なワクチンに行きつく可能性が広がってきます。また、開発が先行している海外のワクチンが、仮に日本で、うまく使えなくなったときのようなリスクに備えるためにも、取り組むことが必要だと思います。

臨床試験のうち、最終段階に入ったものがでてきたことで、ワクチンの開発に大きな期待が集まっています。
しかし、新型コロナウイルスのワクチン開発には、まだまだ解明しなければならない点が多いというのも事実です。ワクチンは、健康な人に接種することから、重篤な健康被害が起きるようなことがあってはなりません。世界中の経済や生活が大きく影響を受けている状況で、一刻も早い、有効なワクチン開発が必要になっています。ただ、ワクチンは世界の非常に多くの人に使われることが想定されるだけに、安全性と有効性の確認を十分に行って、開発することが一層重要になっています。

(中村 幸司 解説委員)

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