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「イスラエル・UAE 国交正常化の波紋」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■先週、中東情勢を大きく変える可能性のある重要な動きがありました。イスラエルと、UAE・アラブ首長国連邦が、アメリカの仲介で、国交正常化で合意したのです。長年対立してきたイスラエルとアラブ諸国の関係改善への重要な一歩であるとともに、中東に新たな分断と緊張をもたらす可能性も含んでいます。今回の合意の背景と影響を考えます。

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■解説のポイントは、▼国交正常化が可能となった背景。▼合意への国際社会の反応。そして、▼中東情勢に与える影響です。

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■今回の合意、世界に大きな驚きを拡げました。▼イスラエルとUAEが国交を完全に正常化し、▼大使館の設置、投資、技術協力、直行便の就航などについて、数週間以内に合意文書に署名する。▼イスラエルは、占領するヨルダン川西岸地区の一部を併合する計画を、一時停止する。▼両国は、パレスチナ問題の解決に向けて努力するという内容です。

イスラエルは、1948年の建国以来、アラブ諸国と4度にわたる中東戦争を戦いました。パレスチナ人は、住んでいた土地を追われ、難民となり、イスラエルは占領を続け、聖地エルサレムを一方的に併合したため、アラブ諸国は、パレスチナ問題の解決を「アラブの大義」と位置づけ、イスラエルと対立してきました。アメリカの仲介で、1979年にエジプトが、94年にはヨルダンが、それぞれイスラエルと平和条約を結びましたが、その他のアラブ諸国は、イスラエルとの国交樹立を控えてきたのです。

■93年の「パレスチナ暫定自治合意」で始まったイスラエルとパレスチナの和平交渉もその後頓挫し、問題解決の見通しが全く立たない状況です。にもかかわらず、UAEとイスラエルの国交正常化が実現したのはなぜでしょうか。

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▼まず、両者とも、イランを脅威と見ていることが最大の要因です。UAEは、周辺国に影響力を拡大するイランを安全保障上の脅威と見ています。イスラエルは、核開発を進め、弾道ミサイルも保有しているイランを、「国の存亡を脅かす重大な脅威」ととらえ、あらゆる手段で対抗しています。両者の利害が一致しました。「敵の敵は味方」ということです。

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そして、アメリカのトランプ政権は、イスラエルや、サウジアラビアをはじめペルシャ湾岸のアラブ諸国との同盟関係を強化し、「対イラン包囲網」の構築に力を注いでいます。

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▼次に、各国指導者の政治的な思惑です。イスラエルのネタニヤフ首相は、汚職事件の被告となっているほか、新型コロナウイルスの感染拡大を止められず、国民から辞任を求める声が高まっており、UAEとの国交正常化を、政権維持のテコにしたい考えと見られます。トランプ大統領も、秋の大統領選挙を前に、「歴史的な合意を実現させた」と有権者にアピールしています。

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▼UAEの実権を握る、アブダビ首長国のムハンマド皇太子は、ヨルダン川西岸の併合を一時停止する約束を得たことで、イスラエルと国交を結ぶことへの内外の批判をかわせると考えたようです。加えて、石油に依存した経済から脱却し、技術立国を目指す中で、高度な科学技術を持つイスラエルとの提携がプラスになると判断したと見られます。

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■ここから、2つ目のポイントです。
今回の合意について、国際社会は、イスラエルとアラブ諸国の関係改善を前進させるものとして、概ね歓迎しています。しかし、パレスチナ側は、UAEが事前の相談なく、イスラエルとの国交正常化で合意したことに、激しい反発と憤りを示しています。パレスチナ暫定自治政府のアッバス議長は、「パレスチナ人への裏切りであり、断固拒否する」と述べて、合意の撤回を要求し、UAEに駐在する大使を召還しました。
「裏切り」という表現の背景には、アラブ連盟が堅持してきた、中東和平の基本原則があります。それは、イスラエルがすべての占領地から撤退し、東エルサレムを首都とする「パレスチナ国家」の樹立を認めることを条件に、アラブ諸国がイスラエルとの国交を正常化するというものです。パレスチナ側は、この原則が蔑ろにされ、イスラエルの占領が事実上容認される状況に、危機感や孤立感を募らせています。

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▼国連のグテーレス事務総長は、「今回の合意を機に、イスラエルとパレスチナが、『2国家共存』を実現するため、意味のある交渉を再開するよう望む」と訴えました。「2国家共存」とは、パレスチナ国家を樹立し、イスラエルと平和共存させるという中東和平の大目標です。

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▼イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパ諸国も、合意にヨルダン川西岸の併合を一時停止する内容が含まれていることを評価し、「2国家共存」を前提とした和平交渉の再開に期待を示しています。

▼ロシアや中国も、今回の合意を歓迎しつつ、双方に受け入れ可能な解決が重要だとしています。

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▼一方、イランも、合意はイランの封じ込めを狙ったものだとして、激しく反発しています。ロウハニ大統領は、「この地域にイスラエルの足掛かりをつくらせてはならない」と述べ、ペルシャ湾を挟んで、目と鼻の先にあるUAEが、不倶戴天の敵イスラエルと、安全保障も含む広範な協力関係を築くことについて、警戒感をあらわにしています。

▼地域大国のトルコも、パレスチナ人の意思が無視されているとして、合意に強く反対しています。エルドアン大統領は、UAEとの国交断絶の可能性にまで言及しています。

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■ここから3つ目のポイント、中東情勢に与える影響を考えます。
▼イスラエルのネタニヤフ首相は、今回の合意を受けて、他のアラブ諸国との国交正常化にも取り組む考えを表明しました。すでに2年前、オマーンを訪問しており、湾岸のオマーンとバーレーンが、UAEに続くのではないかと見られています。

▼そして、最大のカギを握るのは、湾岸アラブ諸国の盟主で、イスラム教の2大聖地を擁するサウジアラビアです。今回の合意について、まだ公式の反応を示しておらず、慎重な姿勢です。イスラエルとの国交正常化については、強い影響力を持つ宗教界からの反発が予想されるほか、サルマン国王がパレスチナ問題を重視する立場と伝えられ、そう簡単には進まないという見方が有力です。

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▼その一方で、今回の合意をきっかけに、中東各国が、分断と亀裂をいっそう深める可能性も指摘されています。大掴みに言えば、パレスチナ問題は後回しにして、対イラン包囲網をつくることを優先するアメリカ、イスラエル、UAE、サウジアラビアなどのグループと、あくまで、パレスチナ問題の解決を重視し、イランとも協調を図ろうとするグループに分断され、双方の間で、衝突や軋轢が起きることが懸念されます。

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▼各国政府とは別に、アラブの民衆の反応も重要です。イスラエルに対する根強い嫌悪感があるからです。イスラム過激派がそれに乗じて、テロ活動を活発化させる恐れも排除できません。

▼そして、11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が再選されるか、それとも1期目で退場するかが、極めて重要な要素です。パレスチナもイランも、政権交代が起きることを切望しており、選挙結果が出るまで、挑発的な行動は控えるのではないかと考えられます。

■国連のグテーレス事務総長が強調したように、「2国家共存」の目標が実現できるかどうかが、中東の平和と安定のカギを握ります。ネタニヤフ首相は、ヨルダン川西岸地区の併合計画をいったん停止するが、撤回はしないと述べています。イスラエルの外交攻勢の陰で、パレスチナ問題が置き去りにされる事態は避けなければなりません。私たち国際社会は、今回の合意がもたらす影響を見極め、中断したままの中東和平の再生と実現に向けて声をあげてゆく必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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