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「コロナ禍の終戦の日 継承の灯」(時論公論)

名越 章浩  解説委員

8月15日は終戦の日。先の大戦で戦闘や空襲などによって犠牲となった方々は、310万人にのぼりました。あれから75年。戦争の記憶がある人が年々少なくなっている中で、今年は新型コロナウイルスの影響が重なり、記憶の継承や追悼の機会すら奪われています。
コロナ禍での各地の取り組みをみながら、戦争の証言を次の世代に継承していくために私たちにできることは何かを考えます。

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【新型コロナ 追悼式にも影響】

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毎年、日本武道館を会場に開かれる、政府主催の全国戦没者追悼式。
ことしは新型コロナウイルスの影響で、参列者の人数が去年の1割ほどのおよそ600人と、過去最も少なくなる見通しです。
戦争で一家の大黒柱を失い、戦後、国からの援助がなくなって、精神的にも経済的にも困窮を極めた遺族にとって、昭和27年以降、国をあげて追悼するようになったこの式典は特別です。
それだけに断腸の思いで参加を断念した遺族も多いと思います。
終戦当時2歳半だった自分を母親が1人で馬車馬のように働いて育ててくれたという、日本遺族会の会長で、参議院議員の水落敏栄さんは、「尊い生命の礎の上に今日の我が国の平和と繁栄があるということ、そして戦争の悲惨さ、平和の尊さを後の世代に語り継いでいくこと、これこそ私たち遺児の最大の使命」と語っています。
そのうえで、「戦争の記憶の風化に大きな危惧を抱いている」といいます。
今や、人口の85%以上が戦後生まれ。終戦当時15歳以上で、いま90歳を超える人は、人口のわずか1.9%と少なくなっています。
今年の春以降、新型コロナによる打撃で、各地の追悼式典や戦争を語り継ぐ催しが、次々に中止や縮小となり、記憶の風化がさらに進むのではないか。遺族会の人たちの懸念は、一段と大きくなっているのです。

【“リモート”で継承 新たな可能性】

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では、私たちは、次の世代へと語り継いでいくために、新型コロナの影響が続く今、何ができるでしょうか。
参考となるのが、ことし6月、東京都内で開かれた催しです。
20万人を超える人が亡くなった沖縄戦を語り継ごうと、体験者の証言を遠く離れた沖縄からリモートで伝える催しでした。
特徴的だったのは、会場に集まった30人のほかに170人ほどが、国内外からリモートで参加したという点です。
主催者は「これまで会場へ来ることがなかった人に、リモートなら体験者の生の声を届けられるという、新たな気づきがあった」といいます。
当然、リモートで伝える技術そのものは、以前からありました。
しかし、新型コロナの影響で、会社の会議や学校の授業などへのリモート参加が当たり前になり、祈りの場や、平和を願う催しでも、人々のリモートへの抵抗感が薄くなっていることが、予想外の効果を生み出していたのです。

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しかも、パソコン画面とはいえ、面と向かって話を聞いたことで、音声もよく、より身近に感じられたという参加者の意見もありました。
さらにもう1つ。
戦争体験者、つまり話す側も参加しやすくなったという効果があります。
これまでは、たとえ壮絶な体験を持っていても、高齢や病気で長距離移動が困難な場合は、その体験を語ってもらう機会は限られていたからです。

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奈良県に住む97歳の花岡四郎さんも、その1人です。
花岡さんは、今月8日、孫の助けを借りながら、初めてリモートで戦争体験について語るイベントに参加しました。
花岡さんは、昭和19年11月、21歳のときに、フィリピンのルソン島に送られました。
武器や弾薬が十分ではなく、アメリカ軍によって、あっという間に平地部分が制圧されたことや、花岡さんの近くに、敵の砲弾が落ちてきて、仲間が死亡、自分も大けがをして意識を失った経験などを語りました。
さらに戦地では、最も飢えに苦しんだと言います。
花岡さんは、次のように語りました。
「何より恐ろしいのは、敵の砲弾とか襲撃より、飢餓の方がうんと恐ろしいです。どうしてかというと、飢餓は朝目が覚めて夜寝るまで、いっときもその飢餓から離れることがないからです」

【多面的に継承することが重要】

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戦争は、様々な立場や年齢などによって語る内容が異なります。
繰り返してはならないあの戦争で何があったのか、その記憶を様々な立場の人によって多面的に伝えることで、正しい継承がなされると言えます。
その意味で、これまで参加出来なかったという戦争体験者にリモートで参加してもらえるようになったことは、より厚みを持って、戦争を語り継いでいける可能性の幅が広がったのだと思います。

今後、インターネット経由で、若い世代の参加を増やすことができれば、全国各地、場所を選ばない新たな形の継承方法が、定着してくるかもしれません。

【未来を見据えた取り組みも】

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その若い世代に焦点をあてる、未来を見据えた取り組みも各地で進んでいます。
その1つ、京都府舞鶴市の「舞鶴引揚記念館」です(写真提供:舞鶴引揚記念館)
シベリア抑留の過酷な体験を伝える手記や引揚者の生活用品などを展示している施設ですが、ここで取り組まれているのは、「次世代への継承」のさらに次を見据えた、「次世代による継承」です。
主役となるのは、中学生と高校生。
体験者本人から直接、話を聞いて語り継ぐ「語り部」になっているのです。
大人向けの「語り部」の養成に、3年前、中学生が自主的に加わったのをきっかけに毎年増え、今年は、過去最多の17人の中高生が加わりました。別の街の高校生とオンラインで交流する取り組みにも力を入れています。
語り部の1人、高校2年生の眞下葵さんは、「難しい言葉で伝えても若い世代には関心を持ってもらえない。自分たちで伝え方を工夫している」と話していました。

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例えば、シベリア抑留の「抑留」という言葉も、辞書には「おさえとどめること」とありますが、これだと体験者の本当の苦しみは伝わりません。そこで、若い世代には「戦争が終わっても、連れていかれること」と言い添えて、理不尽な状況で収容所に送られた人たちの思いを伝えていると言います。

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舞鶴市では、小学校で必ず引き揚げの歴史を学ぶことになっていて、まさに地域を挙げての記憶の継承が実を結んでいるのです。戦争体験者が少なくなる中で、こうした場を守るための地域の取り組みが、いかに重要か、そして、いかに戦争に「無関心」であってはならないか、私たちが学ぶべき点だと思います。

【新しいスタイルで“継承の灯”を守る】
戦後75年。高齢化が進む遺族会の方からは、私たちには「時間的猶予はありません」という声が聞かれます。戦争体験者が話せるうちに本人から話を聞き、継承していく機会は、極めて重要になっています。
新型コロナの影響で、新しい継承のスタイルが生まれている今だからこそ、これまでとは違った様々な方法で体験者の声に触れることができます。
戦争の愚かさを伝え、未来のために記憶を風化させない。
その継承の灯を絶やさないための行動が、今を生きる私たちには求められているのではないでしょうか。

(名越 章浩 解説委員)

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