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「アメリカ経済WITHコロナ ~懸念される回復の遅れと格差拡大」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

世界で最も多くの新型コロナウイルスの感染者を出しているアメリカ。雇用の回復のペースがにぶり、景気の先行きはかってないほどに不透明です。そしてコロナ禍は経済格差の拡大という深刻な課題も投げかけています。この問題について考えていきます。

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解説のポイントは三つです
1) 見込めないV字回復
2) 回復の軌跡は U字かL字か
3) K字回復が意味するもの

(1) 見込めないV字回復
まずはアメリカ経済の現状について見てゆきます。

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先週金曜に発表された雇用統計によりますと、景気の目安となる農業以外の就業者の数は、先月は6月に比べて176万人増えました。この増加数、6月は479万人でしたので、そこから300万人あまりも増え幅が縮小。雇用回復のペースが鈍ってきているのです。背景には、6月下旬ころから南部や西海岸を中心に感染者が急増していることがあります。いったんは職場に戻った人が再び解雇されるケースも相次いでおり、減少が続いていた失業保険の申請件数も、7月の第2週には16週ぶりに増加に転じました。雇用環境の悪化が懸念されています。

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さらにその後発表された今年4月から6月のGDP・国内総生産は、前の三か月に比べて年率でマイナス32.9%と、リーマンショックを超える史上最悪の落ち込みが確認されました。今回の不況をめぐっては、リーマンの時のように経済のシステムが傷ついたわけではなく、感染拡大を防ぐため人為的に経済をとめたことによるものだとして、感染が収束さえすれば持ち直しは早い、いわゆるV字回復が可能だという見方が出ていました。

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しかしその後、「感染の収束」は、思った以上に難しいことがわかってきました。感染が収束しないうちに経済活動を再開すると、それが感染の再拡大を招いてしまうからです。

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アメリカではいま飲食店やバーの営業を再び制限するなど、経済活動を再停止する動きが相次いでいます。アメリカの中央銀行にあたるFRBのパウエル議長は、こうした感染防止対策が経済の重しになり始めているとして、「景気の先行きは並外れて不透明」だと強い警戒感を示しています。

(2) 回復の軌跡は U字かL字か 
では、今後アメリカ経済はどのような回復の軌跡をたどっていくのでしょうか? 

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コロナ収束の見通しが立たない中、企業は設備投資に及び腰です。輸出も、主要な輸出先であるEUの4月から6月の成長率が年率で40%以上も落ち込み、日本でも20%を超える落ち込みが予想されるなど、経済が激しく痛んでいます。さらに、米中貿易協議で大幅な輸入の拡大を合意した中国も、アメリカとの関係が悪化する中で、合意通りに動くかは不透明です。アメリカからの輸出の急回復は期待できそうにありません。そこでカギを握るのが個人消費の行方です。

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 トランプ政権は、コロナによる消費への影響を食い止めるために、手厚い経済対策を行ってきました。それを象徴するのが失業給付です。従来からの給付額に週600ドルを上乗せし、ひと月の給付が日本円で40万円を超えた人もいるといいます。失業者の7割以上が、失業前よりも収入が増えるという手厚い給付が消費を下支えしてきたのです。

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しかし今月からの実施が期待されていた新たな経済対策をめぐっては、失業給付の大幅な縮小を求める共和党と現状維持を主張する民主党が対立、対策全体の規模をめぐっても大きな開きがあり、いまだに合意できていません。このためトランプ大統領は先週末、大統領の権限で失業給付などの予算を執行する大統領令に署名しましたが、民主党は、議会の承認を経ない予算措置には効力がないと反発。秋の大統領選挙を前に、与野党の対立は一段と深まっています。また、経済対策がまとまったとしても、その規模は、これまでの対策を下回る見通しで、消費に与えるマイナスの影響が懸念されます。

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こうした中でアメリカ経済の回復は、V字ではなく、底の長い鍋底型のU字型。さらに、コロナの収束まで想定以上に時間がかかれば、相次ぐ企業の倒産が銀行の経営悪化を招き、リーマンの時のようにシステム自体が傷つくことも予想され、そうなれば、景気の回復がさらに遠のくL字型になるという見方もでています。

(3) K字型回復が意味するもの
もうひとつ。アメリカで言われている回復の軌跡がK字型です。ここからはKの字が意味するものを考えてゆきます。

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K字型とは経済全体が急落した後で、テレワークを支えるIT分野や人との接触を避けるための技術をもつなどwithコロナ時代に求められる産業が成長する一方で、飲食や宿泊などサービス産業などの業績は落ち込んでいく。いわば二つの道に分かれる軌跡を示したものです。 
それが鮮明に表れているのが株式市場です。

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これは、NY市場のダウ平均株価とナスダック株価指数を、コロナ問題で株価が急落した2月下旬を100としてその後の推移を見たものです。3月にFRBが大量の国債や投資不適格といわれる企業の債券まで買いあげる強力な金融緩和策を打ち出すと、株価は実体経済から乖離する形で上昇しましたが、6月以降は、ナスダックの上昇の勢いがダウを上回るようになり、2月の急落前の水準を超えて最高値を更新しています。今後の業績拡大が見込まれるIT銘柄が多く上場しているためだといわれています。

一方で、K字回復のKは格差のKでもあります。株価の上昇が株式を保有する持てる人と持たざる人の格差を広げることに加え、コロナ禍の中で勢いよく伸びる産業と、落ち込む産業の差は、もとからある経済格差を一段と拡大させるからです。ここからは、大手シンクタンクのみずほ総合研究所がアメリカの商務省や労働省のデータをもとに行った分析を通じて、コロナ問題による雇用の悪化の実態を詳しく見ていきます。

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まずグラフの横軸にテレワークでもできる仕事かどうかを基準に様々な職業を並べます。輸送や、建設、その他のサービス業ではテレワークがしにくく、比較的所得の高い専門職や経営管理はテレワークがしやすくなっています。

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そして縦軸で、今年2月の就業者数を100として、4月にどれだけ減ったかをみてみますと、テレワークがしやすい職業では減り方が少なく、テレワークがしにくい職業で大幅に減っています。つまりテレワークのできない職業に就く人がより大きな経済的打撃を受けていることがわかります。

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さらに横軸に学歴をおいてみてみると、学歴の低い人はテレワークのしにくい仕事に、学歴の高い人はしやすい仕事についている傾向が強くなっています。そして2月から4月の変化をみると、学歴が低いほど仕事が大幅に減っている、つまりより大きな経済的な打撃を受けていることがわかります。しかも、テレワークができないということは、人と接触する機会も減らせないため、感染リスクも高まることになるのです。こう考えると今回のコロナ禍は、格差の拡大に拍車をかける性質をもつものといえ、人種問題で全米に抗議デモが広がったアメリカ社会を、一段と不安定にするおそれもあります。

そしてこの格差問題は日本にとっても決して他人ごとではありません。営業の自粛を余儀なくされる飲食や宿泊分野の中小企業は、事態が長引く中で経営破綻に追い込まれるケースが増えてきています。また非正規雇用の世帯や、シングルマザーなど雇用が不安定だったり、所得が低い人が一段と厳しい生活に追い込まれようとしています。
これからの私たちは、単に経済の落ち込みからの回復をめざすだけでなく、WITHコロナがもたらす格差の拡大にどう向き合い、経済的な弱者をどう支援してゆくかについても考えていく必要があるようです。

(神子田 章博 解説委員)

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