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「原爆投下75年 終末時計100秒の警告」(時論公論)

石川 一洋  解説委員
髙橋 祐介  解説委員

広島と長崎に原子爆弾が投下され、人類が核兵器の脅威を目の当たりにしてから75年。核の超大国アメリカとロシアの確執が再燃し、世界の破滅までの残り時間を警告する、いわゆる終末時計の針は、冷戦時代より進んで、あと100秒を指しています。はたして核兵器の廃絶につながる共通のビジョンを描き直すことは出来るでしょうか?米ロの現状と課題、日本が果たすべき役割を考えます。

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ポイントはふたつ。
▼まず、終末時計が警告する意味。
▼もうひとつはコロナ後の核軍縮です。

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髙橋)
終末時計は、原爆を製造したマンハッタン計画に携わった科学者らの一部が中心となり、文明を破壊しかねない核兵器の脅威に警鐘を鳴らすため始めたものでした。人類滅亡の時を真夜中の午前零時になぞらえた時計の針に象徴させて、情勢が変化するたびに専門家らの助言を受け改定してきたのです。

冷戦期の米ソが水爆実験に成功した頃は「2分前」。米ソの雪解けで針が戻っても、再び軍拡競争が激しくなると「3分前」。冷戦の終結後「17分前」まで一気に針が戻ったのも束の間、核の拡散やテロの頻発、近年は気候変動問題なども考慮して、いま時計の針は「1分40秒つまり100秒前」を指し、かつてなく破滅に近いと言うのです。

石川さん、冷戦時代よりも現在の危機が深刻とする見方の根底には何があるのでしょう?

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石川)
核の超大国米ロの関係が最低レベルにあるということだ。プーチン大統領は主権国家としてのロシアを復活、アメリカの一極支配に挑戦している。政治対話はほとんど行われず、相互の不信感は深まっている。しかし冷戦時代と変わらないのは米ロが世界を破滅させるだけの核兵器を保有している事実だ。
さらにロシアは、アメリカのミサイル防衛に対抗して様々な新型の核兵器を開発している。例えば音速の20倍で飛行する極超音速戦略ミサイル「アバンガルド」の配備を発表。敵の港湾や空母機動部隊を破壊するため原子力動力のポセイドンと呼ばれる核魚雷の開発も進めている。

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しかも去年、互いの中距離核ミサイルを禁じるINF全廃条約が失効。戦略核を制限する新START条約も来年2月に期限を迎える。アメリカはロシアの新型核兵器を制限するよう求めているがロシアは応じていない。米ロはこの条約の延長も視野に精力的な交渉も続けているが、立場の違いは埋まっていない。この条約も失効すれば米ロの核戦力を制限する枠組みは無くなり核軍拡に歯止めがかからない恐れがある。

さらに中国の存在がある。世界最大の中距離ミサイル保有国となった中国は、いわばフリーハンドで核戦力を増強している。アメリカは、米ロだけを縛る条約は意味がないとして、中国に交渉参加を求めている。しかし、中国は「米ロが核兵器を減らすのが先決だ」として参加には消極的だ。

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髙橋)
いま世界には、およそ13,400発の核弾頭があると推定されています。そうした核兵器を国際社会が管理する取り決めの根幹が、NPT=核拡散防止条約です。ことし発効から50年を迎えたNPTは、5か国だけに核保有を認め、それ以外の核保有を禁じる一方、核保有国が核軍縮に誠実に取り組むよう義務づけています。
このNPTに参加しない“事実上の核保有国”はインド、パキスタン、イスラエル。また北朝鮮も条約脱退を宣言し、今なお核を手放す兆候はみられません。

NPT体制の進捗を5年に一度話しあう再検討会議は、ことし春に予定されていましたが、新型コロナの影響で来年以降に先送りされました。穴だらけで綻びが目立つ体制を立て直し、核軍縮を再び活性化するためには、世界の核兵器の90%以上を保有する米ロの積極的な取り組みが欠かせません。ところがその米ロが自国優先主義を貫く姿勢が、新たな核保有や核戦力の増強をはかる国々に格好の口実を与え、結局自国の安全保障を脅かしてしまう矛盾をきたしているのです。

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石川)
非常に危険なのは、米ロ両国は核の先制使用を排除していないことだ。ロシアは、軍事ドクトリンで、国家の存亡が危うい場合、通常兵器による攻撃であっても核兵器を使用するとしている。核抑止と核使用の原則を定めた「核抑止における基本政策」という大統領令では、核兵器使用は局限的なやむ得ない場合に限るとしているが、核の盾の機能を失わせかねない重要な施設が攻撃を受けた場合も核使用の可能性を明記している。ではサイバー攻撃を受けた場合はどうするのであろうか。

アメリカも低出力の核兵器の開発を進めている。米ロの指導者は「核兵器を使うかもしれない」と敵国に思わせ、敵対行為を抑止できると考えているのだろう。しかし、核を持たない国々や専門家は、「核兵器使用のハードルが下がってしまう」と強く批判している。私は、米ロは最初の小さな一歩として「核兵器の先制不使用」で公式に合意し、そこから行き詰まった核軍縮交渉を生き返らせるべきだと思う。

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髙橋)
秋のアメリカ大統領選挙で政権奪還をめざす民主党のバイデン氏は、核の先制不使用を宣言することに前向きで、低出力の核兵器開発にも反対しています。今度の選挙はアメリカが「核なき世界」を唱えたオバマ時代の路線に回帰するかどうかが焦点になるでしょう。

長年この核問題に取り組み、民主党クリントン政権で国防長官も務めたウィリアム・ペリー氏は、早期警戒システムには誤作動の危険があり、「大統領たった一人の判断で核攻撃を命じ、人類滅亡のリスクを負うのはあまりに不合理だ」と指摘し、米ロが核ミサイルの即応態勢でにらみ合う現状を早急に見直すよう提言しています。

核兵器は、製造開発から維持管理まで莫大なコストがかかります。新型コロナ対策で巨額の財源が必要となった今、財政赤字と国防費の削減議論が本格化したら、真っ先に俎上に載ってくるかも知れません。“核戦力の増強よりも、交渉と対話で安全保障を強化する”そうした気運を高めることで、核軍縮を進展させるチャンスにすることも可能でしょう。

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石川)
広島、長崎の被爆の実相を日本が唯一の被爆国として世界、特に米ロなど核保有国に伝えることが重要だ。私は、プーチン大統領が今年6月「日本の教科書には、広島長崎に原爆を投下したのは連合国と書いている。連合国で核兵器を保有していたのはアメリカだけだ」と発言したことに驚いた。日本の教科書にはアメリカが原爆を投下したとはっきりと明記している。原爆を投下したアメリカの責任を覆い隠そうとしているという不信感があるのだろうが、プーチン発言は明白な誤りである。

不信に基づく核抑止を乗り越えなければ、核軍縮は進まない。被爆国でありながらアメリカの拡大抑止の傘に守られているという矛盾を抱えた日本にとっても、米ロの核軍縮が破綻することは北東アジアのさらなる軍拡を招き自らの安全保障も危うくする。日本は、核兵器は人道に反した兵器だとの立場をより明確に打ち出すべきだ。「核戦争には勝者はない、核戦争は決してあってはならない」という原点に立ち、核軍縮に向けた米ロ首脳会談の広島での開催を呼び掛けてもよいと思う。

髙橋)
核兵器禁止条約の締結に、肝心の核保有国は強く反対し、これまで日本も参加に後ろ向きでした。核兵器の廃絶は厳しい現実を踏まえない単なる理想論という批判も消えません。しかし、どの国も新型コロナがもたらした影響の大きさに慄然としている今、核軍縮こそがポストコロナ時代を先取りし、安全保障を強化するという新たな希望も生まれています。終末時計の警告を真摯に受け止め、核軍縮をめざす国際社会の先頭に立つことが、被爆国の日本に課せられた責務ではないでしょうか。

(石川 一洋 解説委員 / 髙橋 祐介 解説委員)

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