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「7月豪雨1ヵ月~激化する豪雨 対策の総動員を」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

7月豪雨から1ヵ月になりました。復旧の間も与えず毎年襲いかかる豪雨災害に、国は先月、治水の考え方を大きく転換し「流域治水」を打ち出しました。ダムや堤防だけでなく町づくりや避難しやすい環境整備などあらゆる手立てを動員して被害を小さくしようというものです。

▼今年も起きた「経験のない豪雨」を振り返ったうえで
▼「流域治水」とはどういうものか
▼そのなかでポイントになる「被害を小さくするまちづくり」と
その課題を考えます。

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■今年も起きた「経験のない豪雨」■

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7月豪雨では西日本だけでも100を超える川が氾濫して広い範囲が浸水。土砂災害も300ヶ所で発生し、86人が死亡・行方不明になる大きな被害が出ました。

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豪雨の原因は梅雨前線に向かって南から大量の水蒸気が流れ込み続けたためです。
気象庁の解析で先月3日から14日にかけて流れ込んだ水蒸気の量は過去、最大規模だったことがわかりました。さらに発生した線状降水帯も長さが280キロとこれまでで最も長大なものでした。
一昨年の豪雨では西日本のほぼ全域で、去年の台風19号では東日本のほぼ全域で雨量の記録が過去最大になっていて、3年続けてそれぞれの地域で「経験したことのない」豪雨が起きたのです。

■「流域治水」への大転換

専門家の間では豪雨の激化など気候変動の影響が思ったより早く現れ始めていて、今後加速するのではないかという危機感が強まっています。これを背景に、インフラ整備のあり方を検討する国の審議会は先月「流域治水」への転換を打ち出しました。

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国の治水はかつてはダムや川の堤防などハード整備に重点が置かれていました。しかしそれだけでは被害を抑えきれないことから、洪水のときに水を溢れさせる地域を設けたり、危険な場所に住まないようにしたり、浸水しても命は守ることのできる建物や住み方に変えるなどあらゆる手立てを尽くして被害を小さくしようというのが「流域治水」です。

■「被害対象」を減らすために■
なかでも「危険な場所に住まないようにする」取り組みが重要だと考えられています。
背景には高度成長期とそれ以降も都市の周辺部での開発が進んだことで危険のある地域が拡大を続けてきたことがあります。

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西日本豪雨で大きな浸水被害が出た倉敷市真備町も以前は水田が広がる地域で住宅地は川から離れた場所が中心でした。しかし鉄道や道路の開通で開発が進み川の近くに多くの住宅が建ち、その大部分が浸水しました。

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西日本豪雨で土砂災害が集中したある市の郊外の写真です。本来、住宅を建てることができない区域でしたが、例外的に開発が認められて住宅や工場が建てられ、そうした場所で土石流が発生して被害が出ました。災害の危険のある場所に住む人は増加していて、全国の人口の3割を占めるという試算もあります。

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そこで注目されているのがコンパクトシティー政策です。自治体が「立地適正化計画」を作って居住を誘導する区域を指定し、そこに集まり、住んでもらおうというものです。
もともと地方の人口減少や過疎化対策として始まった取り組みですが、災害の危険がある場所を減らすことにもつながるからです。

問題は集約する地域にも危険があるということです。国が全国の計画を調べたところ居住誘導区域に浸水の危険区域が含まれている都市が9割近く、土砂災害警戒区域を含むところが3割以上あることがわかりました。

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福岡県久留米市は今回の豪雨で市内の広い範囲が浸水し、2000棟が浸水被害を受けました。西日本豪雨でも同規模の被害が出たほか、去年も浸水被害が出ていて3年続けての被災となりました。

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久留米市も立地適正化計画を立てていて、黄色の部分が居住誘導区域です。
今回、一部が浸水しましたが、さらに最大級の氾濫を想定したハザードマップでは居住誘導区域のうち紫色の広い範囲が浸水するとされています。
久留米市は今後、排水施設や護岸のかさ上げなどの対策とあわせて居住誘導区域の避難体制や区域そのものの見直しを検討することにしています。

■安全な町づくりを進めるために■
町のコンパクト化に向けて、国は危険な場所に住まないようにする新たな対策を打ち出しています。

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6月に法律を改正し、土砂災害の特別警戒区域など災害の危険性が特に高い、いわゆる「レッドゾーン」での店舗やオフィスビル、旅館・ホテルなどの開発を原則禁止することにしました。また川の氾濫で浸水が想定される区域など「イエローゾーン」についても開発を抑制します。

ただイエローゾーンの規制強化は郊外だけで効果は限定的と考えられます。
今月から不動産取引の際に不動産業者が水害ハザードマップで浸水のリスクを説明することが義務付けられますが、さらに固定資産税や損害保険料に差をつけるなど危険エリアの外に間接的に誘導する仕組みの検討が求められると思います。

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規制の一方で危険のある場所からの移転を促す仕組みも強化されました。住民が集団移転の制度を使いやすくするため、市町村が計画作りや手続きを代行して事業を進めることができるようになります。ただ集団移転は東日本大震災では数多く実施されましたが、被災前に行われたケースはなく、住民と市町村の協力が問われることになります。

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一方、都市の中心部など移転は不可能で、浸水リスクがあっても住み続けなければならない場所がほとんどです。浸水することを前提にして命を守る町づくりを進め、住み方を考える必要があります。国は居住誘導地域で浸水などの恐れがある自治体は「防災指針」を作り、避難のための施設の整備や避難体制づくりなどを定めるよう原則義務付けます。

国に先んじて対策を進めてきた自治体では危険区域での開発を制限する一方、想定される浸水の深さより高いところに避難できる居室を確保することを条件に新築を認めたり、かさ上げの費用を補助するなど誘導に知恵を絞っています。こうした自治体のノウハウや経験を共有するべきでしょう。

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国も民間事業者が再開発ビルを建てる際に高層階に住民が避難できるスペースを設けたり、敷地に避難路や避難場所を整備する場合、ビルの容積率を緩和する制度を創設することにしています。

浸水の危険がある市街地では想定される水の流れの強さや深さに応じて、住民の命が守られるような建物の新築や改修を誘導したり、避難場所や避難路を優先して浸水から守るなど具体策が求められます。

■まとめ■
豪雨による大きな被害が出る一方、先月は観測史上初めて台風がひとつも発生しませんでした。異例な状況だけに、今後の台風や秋の豪雨に十分警戒し、今のうちに備えを確認しておく必要があります。

一方、危険な場所に住まないようにする対策や浸水しても命を守る町づくりには時間がかかります。しかし気象現象の激甚化の進行が対策のスピードを上回っているのが現状です。あらゆる手立てを動員して被害を小さくする取り組みを加速することが行政にも住民にも求められていると思います。

(松本 浩司 解説委員)

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