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「再び『一触即発』 イラン情勢」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

■中東のイランでは、先月以来、軍事施設や核施設などで、不審な爆発や火災が相次いで起きています。敵対するイスラエルの関与を疑う見方が広がる一方、アメリカとの軍事的緊張も再び高まり、世界に不安を拡げています。ペルシャ湾岸地域にエネルギーの大部分を頼る日本にとっても、決して「対岸の火事」ではありません。
イランをめぐる緊張の背景を探ります。

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■先月上旬から、イラン国内10か所以上の戦略的に重要な施設で、原因不明の爆発や火災が、相次いで起きています。発電所、石油化学工場、造船所、国営放送局などです。

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先月26日には、首都テヘランの近郊にある軍事施設で爆発が起き、大規模な火災になりました。イラン政府は詳細を公表していませんが、ミサイル用の燃料を製造していた工場と見られます。

続いて、今月2日、イラン中部のナタンズにある核施設で爆発と火災が起き、建物が大きく壊れました。イラン政府は、数日後、ウラン濃縮用の新型の遠心分離機の組み立て工場であったことを明らかにし、最高指導者ハメネイ師の指示で進められていた、高性能の遠心分離機の開発に遅れが出ることを認めました。また、発生直後に、正体不明の組織の名で、「破壊工作を行った」とする犯行声明が出されましたが、その目的など詳しいことはわかっていません。

ナタンズの核施設は、5年前に結ばれた「イラン核合意」により、イランが、国内で唯一、濃縮度を低く制限した形で、ウラン濃縮活動を認められている施設です。IAEA・国際原子力機関による査察も行われています。

ところが、2年前、アメリカのトランプ政権が、「核合意」から一方的に離脱し、イランに対し、厳しい経済制裁を科してきました。イランは、対抗措置として、「核合意」の制限を破る形で、ここで、新型で高性能の遠心分離機の開発を進めていたのです。

■いったい誰が、何の目的で、この施設を破壊したのでしょうか。

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アメリカの新聞「ニューヨーク・タイムズ」は、中東の情報機関筋の話として、「核施設の内部に設置された爆発装置によって引き起こされた火災で、イスラエルが関与していた」と伝えています。

このように、世界のメディアや外交・安全保障問題の専門家の間では、イランと激しい敵対関係にあるイスラエルの関与を指摘する見方が支配的です。

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これについて、イスラエルのガンツ国防相は、「イランで起きるすべての出来事にわれわれが関与しているわけではない」と述べ、明確な否定も肯定もしていません。また、アシュケナジー外相は、「イランに核開発能力を持たせないことで、われわれは一致しており、そのための行動をとる」と、含みのある発言をしています。

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問題のナタンズの核施設では、10年前、イスラエルとアメリカが、コンピューターウイルスを使った共同作戦で遠心分離機を破壊したことが、後に、有力メディアの調査報道で明らかになりました。また、2012年頃には、イスラエルのネタニヤフ政権が、ナタンズを含むイランの核施設に対する軍事攻撃の準備を進めたものの、当時のアメリカ・オバマ政権の承諾が得られず、実行には至らなかった経緯が、当時のイスラエルの高官らの証言で明らかになっています。

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イスラエルの歴代政権は、イスラエルを国家として認めず、核とミサイルの開発を進めるイランのイスラム体制を、「国の存亡を脅かす重大な脅威」と認識し、あらゆる手段を使って、核開発を阻止する方針をとってきました。イランは、「核の平和利用」だと主張していますが、イスラエルは、全く信用せず、イランが核兵器を獲得する意思があると見ています。

■それでは、なぜ、今、このタイミングなのでしょうか。大きく3つの理由が考えられます。

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▼まず、イランは、現在、アメリカの経済制裁で、深刻な危機に置かれています。弱体化させる絶好のチャンスだと、捉えられているのでしょう。原油輸出と金融を対象にした経済制裁で、収入の柱を失い、通貨が暴落し、激しいインフレが起き、街は失業者であふれ、政府に対する民衆の抗議デモも起きています。
さらに、新型コロナウイルスが猛威を奮い、累計の感染者数は30万人を超えました。感染は、いったん収束に向かいましたが、政府が経済活動の制限を解除すると、再び拡大しています。

▼次に、「イラン核合意」が定めている、イランへの武器の禁輸措置が、今年10月に解除されることになっていることも重要です。その場合、イランは、ロシアなどから最新鋭の迎撃システムを購入する可能性があり、核やミサイル施設の防衛能力が高まると予想されます。イスラエルやアメリカは、それを強く警戒しています。

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▼もう1つは、11月のアメリカ大統領選挙で、政権交代の可能性があることです。民主党のバイデン前副大統領は、大統領に就任した場合には、トランプ政権が離脱した「イラン核合意」に復帰する考えを示しています。
イスラエルとしては、イランに対する脅威認識を共有し、要求を受け入れてくれるトランプ大統領がいる間に、イランの核開発能力を、できる限り削ぎ落したいと考えているようです。仮に、イランが報復攻撃に出てきた場合には、トランプ政権とともに、イランに徹底的な攻撃を加え、あわよくば、イスラム体制を転換させることも視野に入れているのではないか。専門家の間では、このような見方が出ています。

■次に、イラン側が今後どう対応するかを、考えます。

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イランの指導部は、今回破壊された施設を速やかに再建する意向を示していますが、イスラエルやアメリカを名指しで非難することは控えています。国力が弱まっている中、全面衝突を避けるため、直ちに報復攻撃を行う可能性は低いと見られます。
ロウハニ政権は、11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が再選されず、民主党のバイデン氏が勝利することを願っています。そして、来年1月、大統領就任後、速やかに「核合意」に復帰し、制裁を全面解除してもらうことを、強く期待していると見られます。

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その一方で、イスラエルと国境を接するシリアやレバノンでは、イランの最精鋭の軍事組織である「革命防衛隊」や、イランの影響下にあるイスラム教シーア派の武装組織が活動しており、イスラエルとの間で、衝突や越境攻撃が繰り返し起きています。

また、去年5月以来続く、イランとアメリカの軍事的緊張も再び高まっています。今週(28日)、ホルムズ海峡周辺のペルシャ湾で、「革命防衛隊」が軍事演習を行い、アメリカの空母に似せた大型の模型の船を標的に、ミサイルの発射訓練を行いました。さらに、先週(23日)、シリア上空を飛行中のイランの旅客機に、アメリカ軍の戦闘機が急接近する事案も起きています。

イランは、アメリカの政権交代をひたすら願い、当面は、冷静で慎重な対応をとると考えられるものの、重要な施設への破壊工作が、さらに続く場合には、何らかの報復の行動を起こす可能性が高まるでしょう。そして、ペルシャ湾や周辺地域での偶発的な衝突をきっかけに、報復合戦がエスカレートし、大規模な軍事衝突に発展する事態が最も危惧されるところです。

■再び高まったイランをめぐる軍事的な緊張は、新型コロナウイルスに加えて、世界を一層の大混乱に陥れる恐れをはらんでいます。このため、日本を含む国際社会は、全力で緊張緩和に取り組む必要があります。関係する国や組織に、自制を求めることはもちろん、「イラン核合意」を崩壊の危機から救えるかがカギを握ります。イランに対しては、合意の完全な遵守を求めるとともに、その見返りとして、経済的な利益を与えるための具体的な方策を打ち出すことが不可欠だと考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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