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「疲弊する医療現場 『余裕』ある体制を」(時論公論)

堀家 春野  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大に歯止めがかかりません。30日には全国で感染が確認された人が1300人を超え、これまでで最も多くなりました。懸念されるのが、重症化リスクの高い高齢者などに感染が広がり普段なら救える命が救えなくなる医療崩壊です。

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(解説のポイント)。
解説のポイントは3つです。▽現在の感染の再燃はいわゆる“第1波”と何が違うのか。▽いま、医療現場で懸念されていること、そして▽求められる医療政策の見直しについて考えます。

(“第1波”と何が違う?)。

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緊急事態宣言が解除されてから2か月余り。感染はじわじわと広がり、1日に報告される感染者の数は緊急事態宣言の頃よりも多い日が続いています。

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4月のいわゆる第1波の時と異なるのが感染者の多くが20代、30代の若い世代で、無症状や軽症の人が多いということです。接待を伴う飲食店や飲み会、家庭内での感染のほか、感染経路がわからないという人も少なくありません。感染が確認される人が増えている背景には、検査が比較的受けやすくなったということもあります。

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1日に検査が可能な件数はおよそ3万5000件。まだ十分ではありませんが、4月上旬の3倍です。対象は症状がある人だけでなく、症状がない濃厚接触者などにも広げられました。検査体制の充実で迅速に診断がつき、早期に治療が開始されているのも第1波と異なる点です。注目したいのが、症状が出始めてから診断がつくまでの平均の日数です。4月の中旬は1週間余りかかっていましたが、いまは全国平均でおよそ5日。まだ新型コロナウイルス感染症への決定的な特効薬はありませんが、別の病気の薬を使ったり複数の薬を組み合わせたりするなど治療法も進歩しています。早期に治療を始めることによって重症化を防いでいる面もあるのではないか。医療現場からはこうした声も聞こえてきます。このように感染者の年代や検査体制、それに治療法の進歩など第1波とは異なる点がいくつかあるのです。一方で、感染者全体の増加に加え、重症化リスクが高くなる中高年の感染者の割合も徐々に増えてきていることから医療機関の負担は重くなっています。

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感染者が最も多い東京では、入院患者は7月29日の時点で1106人と7月初めのおよそ4倍、重症者の数もおよそ2倍に上っています。確保しているベッドの数は2400床とまだ余裕があるように見えますが、入院や施設などでの療養を調整中の人も620人と感染者の増加に調整が追い付いていない様子がうかがえます。第1波の時は医療崩壊が近かったともいわれますが、いま感染者を受け入れる病院はどうなっているのでしょうか。

(疲弊する医療現場)。
東京・葛飾区にある平成立石病院は主に中等症の患者を受け入れています。
私はこの4か月の間、状況の変化を取材してきました。第1波が落ち着いた5月下旬、いったん通常の診療に戻りましたが、7月初めスタッフステーションは再び防護シートで覆われコロナの患者の受け入れを再開しました。用意した19床のうち、14床が埋まっています。患者の受け入れを要請する電話はひっきりなしにかかってきます。

(わかってきたウイルスの対処法)
第1波とは何が違うのか。

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大澤秀一院長は、ウイルスの対処法が徐々にわかってきたことで、より多くの患者を受け入れられるようになったことをあげます。入院期間が短くなりベッドの回転率が上がったのです。以前は退院するには発症から14日間経過し、かつ症状が軽くなってからPCR検査で2回陰性を確認する必要がありました。しかし、研究が進み発症から10日を過ぎるとほかの人に感染させるリスクが低いとみられることがわかったため、発症から10日で退院できるよう国の基準が変更されたのです。加えて、30分程度で結果がわかる抗原検査の導入で、かつてたらい回しが問題になった、コロナの診断がついていない救急患者も断ることがなくなったといいます。

(医療現場の懸念は)。
多くの患者を受け入れられるようになった一方、懸念もあります。ひとつは感染が高齢者などに広がり重症患者が増えることです。1週間ほど前には入院患者のほとんどが20代と30代でしたが、年代が上がってきたからです。実際に症状が悪化した80代の患者を、人工呼吸器などを備えた大学病院に送るといったケースもありました。2つ目の懸念はスタッフの疲弊です。第1波から休む間もなく増え続ける患者の対応に追われているのです。そして3つ目が経営の悪化です。ことし2月以降、コロナの患者の受け入れを優先し通常の医療や手術を制限した分、経営が苦しくなっているといいます。この病院だけでなく、全国で患者を受け入れた病院のおよそ8割が赤字になっています。

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こうした問題に国は診療報酬の引き上げや、医療スタッフへの慰労金、そして患者の受け入れに備え空きベッドを確保した際には最大で30万円余りの補助金を出すなどの支援をしています。病院や病棟単位で患者を受け入れたところには手厚い額ですが、それ以外の病院への支援は心もとない額です。しかし、少ないベッドでもひとたび患者を受け入れると人手もかかるので通常の診療を制限せざるを得ないのが現状です。いまのように複数の病院が広く薄く患者を受け入れるのではなく、財政的な支援をした上でコロナの患者だけを専門に受け入れる病院を地域で決める。そして通常の診療はほかの病院に担ってもらうなど役割分担を進め体制の強化を図っていく必要があるのではないでしょうか。

(医療政策に欠けていた感染症の視点)。
こうした対応と合わせて進めなければならないのが医療政策の見直しです。これまで感染症の視点が欠けていました。高齢化と人口減少が進む中、日本の医療は変革の真っただ中にあります。

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国は都道府県に対し地域医療構想と呼ばれる地域医療の未来図をつくるよう求めています。その柱は財源や人手が限られる中、効率的で不足のない医療提供体制の構築です。去年9月にはがんや救急などの領域で診療実績が特に少なく、近くに似たような機能を持つ病院がある全国400余りの公立・公的病院の名前を公表し、病院の再編や統合の議論を進めるよう求めました。病院の再編・統合を通じて、手術後の治療などを行う急性期の病床を減らし、超高齢社会のニーズに合わせてリハビリなどの病床を充実させる狙いもありました。しかし、感染症の病床をどうするのかといった視点は抜け落ちていたのです。感染症の病床はこの20年ほどの間に500床あまり減っています。起きるのかわからない感染症のためにベッドを空けておくのは効率的ではないという考え方もあったと見られます。しかし、未知の感染症の大流行=パンデミックは起きるか起きないかではなく、いつ起きるかが問題だと常々言われてきました。その準備が不足していたと言わざるを得ません。人手を集め病院の機能を強化するために再編や統合は必要な面もあるでしょう。ですが、同時に、これまで効率化に比重を置いていた医療政策を見直し、いざというときに備えあらかじめ感染症のベッドを確保するなどある程度“余裕”を持った医療体制に作り替えていく必要があります。

新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、日本の医療のいわば弱点も見えてきました。医療機関の疲弊が続くと医療崩壊につながりかねません。そうならないための迅速な見直しを求めたいと思います。

(堀家 春野 解説委員)

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