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「コロナで急ブレーキ 地方の最低賃金は?」(時論公論)

竹田 忠  解説委員

コロナショックが、最低賃金の引き上げに急ブレーキをかけています。
ここ数年、高い水準の引き上げが続いていた最低賃金ですが、
厚生労働省の審議会は、
今年はいくら引き上げるのか、という目安を提示することを見送りました。
経済が急速に悪化するなか、
引き上げを凍結すべきという経営側の主張に配慮した形です。

しかし、その一方、最低賃金を少しでも上げて、
非正規で働く人たちの処遇を改善することは急務です。

今後、この結果を受けて、
各都道府県ごとに開く審議会が、実際の最低賃金について
引き上げの有無やその額を決めることになります。
そこで今夜は、
これからの地方の審議の課題について考えます。

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【 途絶えた3%の引き上げ 】
まず、最低賃金の現状です。
そもそも最低賃金というのは、労働者の生活を守るために、
企業が最低限払わないといけない賃金のことで、法律で罰則もあります。
正社員はもちろん、パートやアルバイトなど、全ての労働者に適用されます。

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その最低賃金、国際的にみて、低水準であることが知られています。
OECDが2018年にまとめた実質最低賃金の一覧では、
日本の最低賃金は、主な先進各国に比べて
2割から4割も低く、大きく見劣りするというのが現状です。
この最低賃金をめぐって、政府の姿勢が大きく変わったのが平成27年です。
それまでは毎年1~2%程度の引き上げにとどまっていましたが、
この年、安部政権がデフレ脱却に向けて
年3%という高い引上げを目指す方針を表明しました。

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これを受けて翌年から4年連続で3%引上げが続きました。
さらに去年は骨太の方針で、
早期に平均1000円を目指すことも明記されました。
こうしたこともあって、去年の引上げ額は過去最高の27円となり、
全国平均も901円と、初めて900円の大台に乗りました。

いよいよ目標の平均1000円が見えてきた。
という所で起きたのがコロナショックです。
経済は大きく落ち込み、
最低賃金の行方は一気に不透明になりました


【 流れは「賃金より雇用」 】

こうした中、今年度の最低賃金の改定について話し合う
厚生労働省の中央最低賃金審議会が始まりました。
最低賃金は、毎年、中央の審議会がいくら上げるのか、
という目安の額を決定し、
これをもとに、各都道府県が実際の改定額を決める、という流れになっています。

ただ、今年は、この審議会の議論に
大きな影響を与える会議が、政府によって直前に開かれました。
それが全世代型社会保障検討会議です。
この会議は、最低賃金の決定プロセスとは直接関係がありませんが、
そこに、最低賃金の当事者である労使双方の代表が呼ばれて、
トップ同士による議論が行われました。

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この会議で、日本商工会議所の三村会頭が、
「経済は急速に悪化していて、
最低賃金の引き上げは凍結すべき」だと主張しました。
これに対し連合の神津会長は、
「こういう状況だからこそ、
最低賃金引き上げの歩みを止めるべきではない」と述べて反論しました。
そして、双方の議論を踏まえた上で安倍総理大臣が
「今は、官民あげて雇用を守ることが最優先課題であり、
 中小企業が置かれている厳しい状況を考慮し、
検討を」お願いしたいと述べました。
この発言によって、
これまで最低賃金の大幅引き上げの旗を振ってきた安倍総理大臣が、
今回は大幅引き上げにこだわらない意向を示した、という見方が
一気に広がりました。

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これを受ける形となった中央最低賃金審議会では、
労使双方の主張が真向から対立し、
審議は異例の長時間に及びましたが、
経営側は、引き上げを凍結すべきという強い主張を崩すことはなく、
結局、リーマンショック以来、11年ぶりに、
引き上げの目安額を示さないことで決着したわけです。

【 問われる地方 】

では、実際の最低賃金はどうなるのか?
それは、この結果を受けて、
今後、各都道府県の審議会が開かれ、
地域ごとの引き上げの有無やその額が決定されます。

例年なら、中央審議会が決めた引上げの目安額
たとえば去年なら、ランクごとに示された
26円から28円という額にそって
それぞれの引き上げ額を決めればよかったわけですが、
今年は、その目安がありません。
そうした中で、今後、各地方の審議会が、
どこまで自主的に最低賃金を上げられるか、
そこが大きな焦点となってきます。

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焦点となる理由は大きく二つあります。
一つは深刻な「地域間格差」です。
どういうことかといいますと、
現在の最低賃金は、全国加重平均で901円ですが、
最も高いのは東京の1013円。
最も低いのは、鹿児島、青森などの15の県の、790円。
この両者の間に、時給で223円もの大きな開きがあります。

これが賃金の低い地方から、賃金の高い都市部へと
働き手が流出する大きな要因となっています。
つまり、経営側の支払い能力に配慮して
最低賃金を抑えたままでいると、
それがやがて、働く人だけでなく、
地方の経済全体に影響が及ぶことになるわけです。

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このため、今回の答申には、
今後の地方の審議について、
「地域間格差の縮小を求める意見も勘案しつつ、適切に審議が行われることを希望する」という公益委員の見解が付けられています。
地方が可能な範囲で引上げることに期待する形となっているわけです。

実は、これには、過去に参考となるケースがあります。
深刻なIT不況によって、平成14年度と16年度も
同じく目安額が示されませんでしたが、
このうち14年度は17の県が、
16年度は44の都道府県が、
1円から2円、それぞれ引き上げています。

【 支援のありかたは? 】

そして、もう一つ。
引き上げが焦点となる理由があります。
それは、最低賃金とほぼ同じ水準で働いている人が、年々増えているためです。

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今は最低賃金より、やや上の賃金をもらっているが、
最低賃金が引き上げられれば、それを下まわってしまい、
自分の賃金も上がらないと法律違反になってしまう。
そういう最低賃金の引き上げが影響する賃金をもらっている労働者の割合を
影響率と呼んでいますが、
この影響率が2011年度には3.4%でしたが、
2019年度には、16.3%に上昇しました。
最低賃金の引き上げによって、
いかに多くの労働者の賃金が改善されるかを示すものですが、
これは同時に企業の負担が大きいことも示唆します。

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しかし、コロナショックの中でも
地域や業種によって、その影響の度合いは様々の筈です。
一律に引上げを凍結するのではなく、
たとえば、コロナの影響でどうしても引き上げに対応できない企業や業種には
コロナ関連の様々な補助金を組み合わせて
賃上げを助成する仕組みを考えることはできないでしょうか?

そもそも最低賃金の最高額である東京の1013円でさえ、
フルタイムで働いたとして年収は200万円にとどきません。
チャンと働けばチャンと生活ができる。
そういう社会を目指して、
最低賃金引上げの努力を続けてほしいと思います。

(竹田 忠 解説委員)

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