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延期の東京五輪まで1年 開催に向けた課題は

小澤 正修  解説委員

新型コロナウイルスの感染拡大のため、史上初めて延期された東京オリンピックの開幕まで23日で1年となります。しかし収束はいまだに見えず、「オリンピックは開催できるのか」という懸念や不安がくすぶり続け、課題も山積しています。そこで3つのポイントから、前例のない大会の開催について考えます。

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解説のポイントです。

1、開催への高いハードル
2、オリンピックに依存する競技団体
3、問われるオリンピックの姿

▼開催できるかは感染状況次第か

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史上初めて延期された東京オリンピックは当初の予定からほぼ1年遅れの来年7月23日から17日間行われます。競技の日程と会場も決まり、組織委員会は今後、IOC・国際オリンピック委員会と共同で9月にも大会のコスト削減案、そして年内には感染防止対策をとりまとめ、来年3月ごろからは聖火リレーや本番に向けたテスト大会を行う予定です。しかし、依然として世界的な感染拡大に歯止めがかからず、多くの国で入国や渡航の制限が続いています。競技についても、柔道など特性上、「密」になるのが避けられない対人競技を中心に、練習ですら制限があり、多くの競技で選手の準備が思うように進んでいないのが現状です。延期が決まった段階で代表選手はおよそ60%しか決まっておらず、各競技の予選も再開できるのか、見通しははっきりしていません。来年、開催できるかどうかは、感染拡大の状況、それにワクチンの開発や治療方法の確立にかかっているのが現実です。

▼3分の2が「さらに延期・中止」と回答

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では、来年に延期された大会はどうとらえられているのでしょうか。NHKが行った世論調査によりますと、「開催すべき」としたのは26%だった一方、「さらに延期すべき」が35%、「中止すべき」が31%となりました。開催・さらに延期すべきという回答の理由には、「選手の努力が報われない」、「日本での開催を楽しみにしている」、「これまで投じた予算や準備がむだになる」という意見が多かった一方、中止すべきという回答には「感染の世界的な流行が続きそう」、「感染拡大が心配」、「大会予算をウイルス対策に使ってほしい」といった意見が見られました。先が見通せず様々な意見がある中、最終的な権限を持つIOCも、開催を判断する時期や条件について、はっきりした見解を打ち出せておらず、現時点では開催を前提とした準備が進んでいますが、残された時間も少なく、そろそろこうした見解を出す時期ではないか、と思います。

▼「開催費用」は?

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見通しが立たないまま、開催を前提とした準備をする間にも、追加の費用はかかっています。パラリンピックを含めた東京大会の開催費用は招致段階から増え、1兆3500億円となっていましたが、延期によって、競技会場を確保し続けるための費用や、数千人もの組織委員会の職員を維持する人件費などが発生し、その追加費用は3000億円にのぼるとの見方もあります。IOCと組織委員会、開催都市の東京都などの間での取り決めでは、組織委員会が赤字となれば東京都、そして最終的には政府が負担することになっています。組織委員会の収入で最も大きいのは、スポンサー料の3480億円ですが、スポンサー企業およそ80社との契約は、本来オリンピックが終わるはずだったことし12月31日で切れることになっています。こうした企業の業績自体も、感染拡大によって影響を受けている上、「大会が開かれる」という確信がないとスポンサー契約を延長する判断は難しくなります。延期に伴い、IOCはおよそ700億円の追加支援を表明していますが、東京都や政府も新型コロナウイルスへの対策で財政は厳しい状況で、今後は組織委員会とスポンサーとの契約延長を含め、財政面での調整が大きな焦点になると思います。

▼簡素化は「総論賛成、各論反対」か

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そこで急がれているのが大会の簡素化への取り組みです。先月10日、組織委員会とIOCは、感染予防対策とコスト削減の検討を進めることで合意し、200をこえる項目にA、B、Cの優先順位をつけて簡素化の検討を進めています。この中には、観客数の削減や開会式の規模を縮小すること、また、IOC委員に向けたサービスの見直しなどがあげられていますが、史上初めての延期を受けた簡素化の検討だけに、まだ思い切った案が出るところまでは至らず、大会関係者からは「総論賛成、各論反対のような状況だろう」との声も聞かれます。簡素化を象徴すると思われる「無観客」での大会はどうなのか。およそ900億円が見込まれる組織委員会の入場料収入はなくなりますが、そのぶん仮設スタンドの設置や会場での警備費用などを大幅に抑えることができ、感染予防の面からも有効だという指摘があります。ただ、選手からはスタンドからの声援でよりよいパフォーマンスが発揮できる、という意見も根強く、大会関係者も、盛り上がりにかけてしまうのではないか、と危惧する声が出ています。今月15日には、IOCのバッハ会長も、無観客での開催を「望んでいない」と述べました。大会の簡素化に向けても、組織委員会は難しいかじ取りを迫られています。

▼オリンピック依存の体質も背景に

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ではなぜ、開催を巡る判断が難しいのでしょうか。様々な思惑だけではなく、オリンピックの開催で得た収入が世界のスポーツ界に再分配される仕組みがあることも理由のひとつだと思います。IOCによりますと冬のソチ大会と夏のリオデジャネイロ大会を含めた2013年から2016年までの4年間で、収入はアメリカのテレビ局などからの放映権料とスポンサー料を中心におよそ6100億円にのぼります。そのうち90%は200以上ある各国・地域のオリンピック委員会や国際競技団体に分配され、世界のスポーツの普及やアスリートの支援に使われているとしています。独自のプロリーグを持たなかったり、競技人口が少なかったりする競技団体は、こうしたオリンピックをベースにしたIOCからの分配金に、財政的に大きく依存しているところも少なくありません。例えばセーリング競技の統括団体、ワールドセーリングでは、IOCからの分配金は4年でおよそ17億円、この期間の予算の実に45%にあたります。オリンピックは80年代以降、商業主義にかじを切ってトップ選手の参加をうながし、巨大なスポーツビジネスになりすぎてしまったという批判もありますが、このモデルによって、世界のスポーツ界が財政的に支えられてきたのも事実です。ただ今回の事態を受けて、競技団体やアスリートをどう支援していくか、今後はオリンピックに依存しすぎない新たな仕組み作りも必要ではないかと思います。

▼問われるオリンピックの姿
史上初めての大会延期は、戦争以外にもオリンピックの開催に大きな影響を与える要素があるという、誰も想像しなかった現実を突きつけ、オリンピックのあり方自体も問われていると思います。

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ソウルオリンピック柔道女子の銅メダリストでJOCの理事でもある、筑波大学の山口香教授は「東京大会はメダルの数や色ではなく、ウイルスの影響を受けた世界中の人々が再び集えた、という日常を感じるメッセージになればと思う」と指摘しています。オリンピックは本来、世界一を決める大会ではなく、世界中の若者が集い、スポーツを通じて平和な社会を作ろうという理念こそが、ほかの大会との大きな違いです。その理念を踏まえた上で、オリンピックはなぜ必要なのか、そして大会規模などを含めてどうあるべきなのか、これを機に、新たな姿を考えることが大切なのではないかと思います。

(小澤 正修 解説委員)


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