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「Go Toトラベル 見直しに追い込んだ感染拡大の現実」(時論公論)

神子田 章博  解説委員
中村 幸司  解説委員

国内で亡くなった人の数が2020年7月20日、1000人を超えた新型コロナウイルスの感染拡大。そうした中で始まる政府の観光関連の消費喚起策をめぐって大きな議論が巻き起こっています。経済回復を急ぐあまり感染の状況から目をそらすことがあってはならない。キャンペーンの見直しがつきつけた課題についてお伝えしていきます。

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Go Toトラベルキャンペーンは、新型コロナウイルスの影響で需要が落ち込む観光産業を支える制度です。

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具体的には、1泊当たり2万円を限度として、料金の35%相当の宿泊費と、15%相当の飲食や土産物購入などの費用を補助するものです。例えば1泊2日4万円の旅行では、14000円が宿泊費から割り引きされ、6000円分のクーポン券が支給されます。政府は、キャンペーンを開始する時期について、7月はじめには8月に入ってからとしていましたが、7月10日になって急遽7月22日からに前倒ししました。飲食などのクーポン券は準備が間に合わないとして、当面、宿泊の補助だけを行うとしています。

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しかし、感染が再び拡大する中、東京都を発着とする旅行を適用除外とする異例の形でのスタートとなりました。今回の政府の対応をどうみるか。

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Go Toトラベルの実施には、多くの人が不安を持っていると思います。
東京都内の感染者は、7月20日は168人で、12日連続して100人を超えています。東京都内は6月の中ごろから感染者の拡大が増えてきました。そのころは、ナイトクラブやキャバレーなど「接待を伴う飲食店」での感染者が多く、20代30代が多い。さらには、接待を伴う飲食店の関係者に、症状がなくても検査に協力してもらっていて、検査数が多いために感染確認の数が多くなっているとされていました。国も東京都も、感染は限定的といったとらえ方をしていました。
しかし、現在は感染者の中に感染経路が不明の人が増えきて、40代50代などにも感染が広がってきています。こうしたことから感染は、重症化が心配される人が多い高齢者施設、あるいは病院などでも広がりやすい状況になっていると指摘されています。入院患者も増加してきていて、警戒が必要な状況になっています。
さらに、東京から感染が広がったとみられるケースが、宮城県や鹿児島県などでも報告されています。こうした状況をみると、Go Toトラベルの対象から東京都は外さざるを得ないと思います。

ただ、全国で移動する人が増えることへの不安は残ります。

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全国で都道府県の境を越えた移動自粛が緩和されたのが、6月19日でした。その直前、6月18日まで10日間と、7月19までの10日間の都道府県別の感染者数を比較したのが、上の図です。
東京都は感染者が多く、隣接する3県でも200人を超えています。全国の感染者数は、この間で、およそ10倍の4000人を超えています。数だけでなく、地域も地方に広がっています。
これは、検査の数が多くなったことも理由とみられますが、感染は拡大傾向にあります。
多くの人が持つ不安は、感染拡大傾向を抑えられていない点、そしてその状況で、人の移動がさらに活発になるGo Toトラベルを実施して大丈夫なのかというものだと思います。

そうした不安の声があるなかでも、キャンペーンに踏み切った背景には、観光業界の厳しい経営状況があります。

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上のグラフはデータ分析会社のナウキャストとJCBが、クレジットカードの利用情報をもとに半月ごとの消費動向の指数を算出し、感染拡大前の1月後半と比較したものです。6月後半の旅行の減少率は62.9%と、サービス産業の中でも外食や映画などの娯楽に比べ落ち込みが際立っています。

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さらに国土交通省の調査でも、8月の予約の状況が2019年に比べて70%以上も落ち込んでいるという企業が、宿泊業界では49%、貸し切りバスにいたっては、77%にのぼっています。こうした中で、観光業界からは「このままでは経営がもたず倒産してしまう。なんとか夏休み前に対策をとってほしい」という声が強まり、キャンペーンの前倒しが決まったのです。

今回のキャンペーンの実施に当たり、国土交通省は、感染防止にむけた対策を徹底するとしています。

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宿泊施設では、チェックインの際の検温や、浴場や食事処などでの3密対策の実施、共用スペースの消毒や換気などを求め、こうした対策の徹底をキャンペーン参加の条件としています。
また旅行客には、旅行中もマスクをつけ、おしゃべりをひかえる、観光スポットでは混んでいる時間を避けたり、徒歩や自転車で移動するなど密を避けるよう求めています。当局は、協力的でない旅行客について、事後的に補助を取り消すことも検討するとしています。
こうした対策でリスクを抑えることができるのでしょうか。

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地方でも感染拡大が懸念される中で、ホテルなどの施設には、ガイドラインの徹底が求められますが、特に感染者が確認されたというときに、感染を大勢に広げないこと、そうした対策がとられているかどうか常に点検するが大切です。
そして、客の側も少しでも体調が悪ければ旅行を取りやめる、場所によって、おしゃべりを控えるなど、従来の旅行と同じ感覚ではない、感染リスクを考えた行動をとることが求められます。
東京都だけの除外で十分なのかという指摘もありますが、今後、感染拡大が止まらないなどして、必要と判断されれば、東京都以外の地域でも、Go Toトラベルの対象から外すなどの措置を、タイミングが遅れることなくとる必要があります。
それが、いまGo Toトラベルを実施するための条件だと思います。

今回のキャンペーンをめぐっては、経済政策としても、政府のちぐはぐな対応が、場当たり的だという批判を浴びています。

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今回の措置について、補助を受けられない東京都民からは、「感染を地方に広げたくない」と理解を示す声がある一方で、「都民も税金を払っているのに恩恵を受けられないのは不公平だ」という批判が聞こえます。東京都が除外となったことに伴うキャンセル料は当初の方針を変更して政府が補償する方向で調整に入りましたが、対応に追われる旅行会社も、政府が何をめざしているのかわからないと戸惑いを隠せません。さらに大雨の被災地からは、いまはそれどころではないという声も聴かれます。
政府の対応は、初めに7月22日という日付ありきで、東京都だけをはずす措置は、それに間に合わせるための便法では、という厳しい見方も出ています。
政府は今回旅行の喚起策は実施に踏み切る一方で、外食分野や、コンサート・スポーツなどイベントの消費喚起策については、感染拡大の状況を踏まえて実施時期を判断するとしており、同じGo Toキャンペーンなのに政策の一貫性に欠けているという指摘もあります。
本来であれば、地域ごとの感染状況に応じて、どこからどこへの旅行ならリスクが少ないか、どの地域から始めていけばよいかなど、きめ細かな情勢の分析と制度設計が必要だったのではないでしょうか。
政府はなぜこの時期にこの形でキャンペーンを始めるのか、国民にわかりやすく説明することが求められています。

国民が不安を抱えたままでは、結局、旅行にも行きにくくなり、経済効果も限られたものになってしまいます。国には、いまの感染拡大を抑え、感染者を減少に転じさせる具体的な方策を示すことが求められています。

( 神子田 章博 解説委員 / 中村 幸司 解説委員)

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