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「骨太の方針 withコロナ時代に求められる変革」(時論公論)

神子田 章博  解説委員

感染拡大が続く新型コロナウイルス。日本経済はwithコロナ時代をどう生き抜いて、どう立て直しをはかるべきか。感染防止の拡大と経済活動を両立する新たな日常を実現するには何が必要か。政府がきょう閣議決定した経済財政政策の基本方針=いわゆる骨太の方針をきっかけに、この問題について考えていきたいと思います。

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解説のポイントは三つです。
1)行政デジタル化の遅れ 教訓に
2)新たな日常の実現に 求められる技術革新
3)新ビジネスを育てる規制改革を

今年の骨太の方針は、感染症の拡大がもたらした経済的な影響に対応するうえで障害となった、政府のシステムや経済活動の在り方を問い直すところから始まっています。教訓の一つが、政府のデジタル化、行政手続きのIT化の遅れです。

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例えば、国民に一律10万円を配る特別定額給付金のオンライン手続きで、混乱や遅れが生じました。この給付金は、世帯ごとに支給されることになって、各自治体から各世帯へ申請書が送られる一方、国が国民に割り当てたマイナンバーをつかった電子申請も受け付けました。ところがマイナンバーと世帯の情報を電子的に照合する仕組みはありません。このため、自治体に登録される世帯に属していない人が紛れ込んでいないか、二重に申請が行われていないかを確認するには、申請された情報と自治体の情報を職員が突き合せなければならず、支給に時間がかかってしまったのです。
これを教訓に、今回の骨太の方針では、国・地方を通じたデジタル基盤の統一・標準化を早急に推進する。さらに、マイナンバーをデジタル政府の基盤と改めて位置付け、運転免許証とのシステムの連携や、マイナンバーを個人のもつ預貯金口座へ付番、つまりひも付けすることを検討するなど、行政手続きから政府による資金の給付まで、オンラインで完結させる方針を打ち出しました。
今後1年を集中改革期間と位置づけて、書面やハンコのいらないデジタル政府を一気に実現したいとしています。

次にいわゆる三密の回避をはかるため、ネットを利用するなどして、人と人が接触しなくとも社会が動いていく仕組みづくりです。

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今回のコロナ禍では、オフィスに社員が密集密閉状態となるのを避けるためのテレワークの活用など、オンライン化の推進が課題となりました。これを受けて骨太の方針では、とりわけ経営基盤の弱い中小企業の間でテレワークが普及するよう支援策を推進するとしています。また、医療をめぐっては、院内感染をふせぐためにニーズが高まっているオンライン診療をとりあげ、診察から薬剤の受け取りまでオンラインで完結する仕組みを構築するとしています。
しかし、テレワークをめぐっては、一度は導入したものの「ネットを通じたやりとりがもどかしく、業務の効率があがらない」とか、「セキュリティ上のリスクがある」としてやめてしまった企業が26%にものぼるという調査結果がある他、オンライン診療をめぐっても、医療関係者からは、触診などができず正確な診断ができないおそれがあるとする慎重な意見もあり実現には課題も残っています。

2)新たな日常の実現に求められる技術革新

次に、今回の骨太の方針では、感染拡大防止という課題を逆に新たなビジネスチャンスととらえ、非対面型=つまり人と人とが接触せず、オンラインを通じてリモートで行うビジネスモデルへの転換の取り組みを支援することが盛り込まれています。ではリモートでの業務を推進するには具体的にどのような技術が必要となるでしょうか。

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IT関連の業務に精通しの政府のIT戦略本部の委員も務めた産業戦略研究所の村上輝康代表は、「超臨場」、一言でいうとオンライン上でリアルな臨場感をどう再現できるかがカギを握るといいます。

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例えばライブハウスの映像を、ネットを通じてみても、盛り上がれないという声を聴きます。ライブハウスでは、まわりに大勢の客がいて歓声をあげ、それで気持ちが昂る面があるからです。そこで、特別なゴーグルを装着して、目の前にライブ会場を仮想現実として映し出す。高い音質で演奏が聞こえ、周りを見れば他の客がとびはねているのが見える。そこまで技術が高まれば、あたかもライブハウスにいるかのような体験ができるというのです。

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同様に、オンライン会議でも、いまは二次元の画面上に上司や同僚の顔が並ぶだけですが、これを仮想現実の映像で会議室を立体化して見せ、テーブルの中央には上司が、周りには同僚が座っている。特殊な機能を使って、隣の同僚には聞こえるが上司には聞こえないようにひそひそ声でしゃべることもできる。さらに技術が進めば、机の上に新開発の商品の像を浮かび上がらせて、物をみせながら説明できる。リモート業務が定着するには、こうした技術革新が必要で、政府も側面から支えていくことが求められています。

3)新たなビジネスを育てる規制改革を

さてここからは、骨太の方針とは離れて、新たな技術が社会に定着していくための課題について考えていきたいと思います。私はこれまでの取材経験で、新技術をつかった新たなビジネスが規制の壁に阻まれたという話を何度も聞いたことがあります。ところが、いま、政府の間では、新たなビジネスに対し、既存の規制を理由に認めないのではなく、実現するためには規制をどう変えたらよいか、という発想の転換が進んでいるといいます。

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具体的には、サンドボックスという制度で、これまでにないビジネスについて、地域や期間や参加者を限定して「実証実験」を行い、そこで得られたデータをもとに、社会にどれだけのメリットがあるか、実現するためにはどのような規制かなどを検討していく仕組みです。サンドボックスとは砂場の意味で、子供が親に見守られながら、砂場という限られた空間で、砂をつかって自由に何かをつくっては壊しを繰り返すことをイメージして、この制度をそう名付けたということです。
実証実験の一例が、ハンドルがついた板に車輪をとりつけたキックボードにモーターをつけた「電動キックボード」。ドイツなどでは、観光客が観光スポットを回るのに利用されています。コロナ禍のいま、密を避けることが求められ、政府は、旅先の移動にバスなどの公共交通機関をできるだけ使わないよう呼び掛けていますが、この電動キックボードをシェアできるビジネスが広がれば、旅行客の観光地での行動範囲が広がります。ただ日本では運転免許の保有やヘルメットの着用が義務付けられ、今のままでは気軽に乗り回すことはできません。そこでまず二つの事業者が、大学のキャンパス内で、免許をもたない人を対象とした実証実験を行いました。事業者は、消費者の期待は高いとして、将来は、免許をもたない人が、ヘルメットをかぶらないでも公道を走れるようになればと考えています。これに対し行政側は、安全性の確保も重要だとして、どの地域なら可能なのか、免許や速度制限などの規制はどうすべきか、社会のニーズもくみ取りながら検討してゆきたいとしています。
傷ついた日本経済の立て直しに向けて、こうした新たなビジネスがどう実を結んでいくのか注目していきたいと思います。

最後に、今年の骨太の方針も、例年と同様、骨太というよりも細かな政策が並ぶ形となりました。行政のデジタル化や規制改革も、もう20年も前からその必要性が繰り返し指摘されていたもので、逆に言えば、そうした宿題を後回しにしてきたつけが、今回のコロナ禍で一気に噴き出た形です。
過去にない感染症の拡大をきっかけに、骨太の方針に書き込まれた変革を今度こそ現実のものにできるのか。その行方に日本の未来がかかっています。

(神子田 章博 解説委員)

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