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「なぜ続いた豪雨被害?『気候危機』時代の災害にどう向き合う」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

 九州から東海・甲信地方まで広い範囲に、大きな被害をもたらした今回の豪雨。なぜこれほどの災害になったのでしょう。

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今月3日、熊本県を中心に降り始めた今回の大雨。翌4日には球磨川が氾濫して、人吉市や球磨村など広い範囲で浸水し、球磨村の特別養護老人ホームでは14人が犠牲になりました。その後も被害は九州各地、さらには岐阜県や長野県まで洪水や土砂災害が相次ぎました。14日になっても島根県の江の川が氾濫するなど被害は異例の長期に及んでいます。

 今回特に際立っていたのが、その雨量の多さです。気象庁はこの7月上旬の各地点の降水量の合計が、観測史上最多になったと発表しました。

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 こちらは降り始めからの1週間に降った雨の量を、平年の7月の雨量と比較したものです。鹿児島県鹿屋市では318%と、1週間で平年の1か月分の3倍以上の雨が降ったことを表し、その他各地で2倍以上降った地点があります。

 では何がこの大雨をもたらしたのでしょう?原因は、大きく二つあると専門家は見ています。

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 まず1つは、梅雨前線が異例の長期間、停滞し続けていることです。大雨が降り始めた今月3日から梅雨前線は中国大陸から日本列島に沿うように位置し、2週間近く停滞し続けています。例年、この時期になると日本の南にある太平洋高気圧が梅雨前線を北へ押し上げて、梅雨明けへと向かうのですが、今年はその働きが弱く、気象庁はこれだけ長期間、前線が停滞し続けるのは異例だとしています。
 そして2つ目は、この前線に二方向から暖かく湿った空気が流れ込み、水蒸気を大量に供給し続けたことです。そのひとつは太平洋高気圧の縁を回るように南側の海上から吹き込む空気。そしてもうひとつは遠くインド洋から中国大陸を経由して吹き込んだ空気です。この二つの暖かく湿った空気が日本付近で合流し、前線に大量の水蒸気を供給したことで強力な線状降水帯が形成され、未曽有の大雨をもたらしたと考えられています。
名古屋大学の坪木和久教授は、今回の水蒸気の流れをシミュレーションで検証しました。すると、球磨川周辺が豪雨に見舞われた4日午前零時頃には、1秒間に50万トンから60万トンという、南米のアマゾン川の1秒間の流量をはるかに超える水分が、流れ込んでいたとわかってきました。
 また、人工衛星の観測データからは、今回の水蒸気の総量が2018年の西日本豪雨と比べても非常に多かったとの分析もあります。

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 なぜこれほどの水蒸気が供給されたのでしょう?カギになると見られるのが、海水温の高さです。水温が高いと大量の水が蒸発し、空気に含まれる水蒸気が多くなります。
 この時期、日本近海の水温は平年に比べ1℃近く高く、インド洋や南シナ海でも水温の高い状況が続いていました。その影響が及んでいるのは日本だけではありません。前線が中国大陸から延び、水蒸気がインド洋から中国を経由して供給されたことを裏付けるように、中国でも長江流域などで記録的な大雨による水害が発生し、3800万人以上が被災しているとされます。
 そして、海水温の上昇は今年だけの話ではありません。気象庁は今年3月、この百年間で日本近海の海面水温が1.14℃上昇していると発表しました。世界的に「気候危機」と呼ばれるほど地球温暖化が進む中、海水温の上昇は今後も進み、豪雨災害もさらに激甚化すると予測されています。

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 では、こうした水害に、どう対処していけば良いのでしょう。堤防の強化などハード面の治水対策や、早めの避難を促すなどのソフト面の対策を組み合わせ、少しでも命を守ることが、なにより大切であるのは言うまでもありません。その上で、長期的には、できる限り水害に遭いにくい場所に暮らしたい、多くの人がそう思うのではないでしょうか?ところが、現実は逆方向に進んでいます。

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 山梨大学の秦康範准教授の分析では、近年、浸水想定区域に住む人は増え続け、今や全国の人口の3割近い3500万人以上にのぼっており、世帯数で見るとさらに急激に増えています。秦さんはその理由を浸水リスクの高い地域の宅地化が進んでいるためと分析しています。

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 そして球磨川流域の洪水による浸水想定区域図と、実際に今回浸水したと見られる範囲の推定図を見ると、その範囲はかなり一致していました。
 では、私達はどこに暮らせば、こうした水害を避けられるのでしょう?こうした浸水想定に基づいて自治体が作成している、「洪水ハザードマップ」を確認しておくことがきわめて重要ですが、見たことがないという方も依然少なくないかもしれません。

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 実は、私たちが新たに部屋を借りたりする不動産取引の際、土砂災害や津波の警戒区域は業者が「重要事項」として説明することが義務づけられていますが、洪水による水害のリスクはこれまで対象に入っていませんでした。しかし、2017年の九州北部豪雨や2018年の西日本豪雨など「想定を越える豪雨」による被害が繰り返された中で、国はようやくこの夏、水害のリスクに関しても説明を義務づける方針です。
 かつては人口の増加で、リスクのある場所も宅地開発することが避けられなかった面もあるかもしれませんが、今や人口減少の局面に入り市街地の空洞化も進んでいます。こうした中、いわゆるコンパクトシティーをめざして居住を誘導する政策も進んでいますが、その際により安全な地域に人が暮らせるよう、そして取り残される人を出さないよう考えていく必要があるでしょう。
 そして長期的には、地球温暖化を食い止めない限り、気象災害の激甚化は止まりません。既に2年前、WMO世界気象機関は、西日本豪雨と同時期に世界各地で起きていた異常気象や災害について、「温暖化の長期的な傾向と一致している」と警鐘を鳴らしています。大切なふるさとに子どもたちの世代も安心して暮らして行けるためにも、気候変動を食い止める、脱炭素社会への変革をさらに加速する必要があるでしょう。
 大きな犠牲を出し、今も多くの方が大雨や土砂災害への不安を抱いて不自由な生活を余儀なくされている中で、このような災害を繰り返さないための道筋を追求していかなくてはならないと思います。

(土屋 敏之 解説委員)

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