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「なぜ、いま、『敵基地攻撃能力』なのか」(時論公論)

梶原 崇幹  解説委員

日本のミサイル防衛体制のあり方を大きく変えるかもしれない議論が始まろうとしています。政府は、配備に向けて調整を進めていた新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の計画を、急遽、停止することとし、これを受けて、政府は、これまで保有しないとしてきた「敵基地攻撃能力」の議論を行うとしています。
なぜ、いま「敵基地攻撃能力」の議論なのか、その背景や論点を考えてみたいと思います。

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「敵基地攻撃能力」とは、弾道ミサイルの発射基地など、敵の基地を直接、攻撃できる能力と解されています。敵が攻撃に着手したあとに反撃するもので、攻撃がないにも関わらず、敵基地を攻撃する先制攻撃は含まれません。
これまで、日本は、相手基地への攻撃はアメリカ軍にゆだね、自衛隊は、攻撃的な武器の取得を自制して防衛に専念し、「敵基地攻撃能力」は、政策的に保有しないとしてきました。
この議論のきっかけとなったのは、「イージス・アショア」の配備計画の停止です。河野防衛大臣は、安全な運用のために大幅な改修が必要であることが分かったとして、6月15日、急遽、計画の停止を表明しました。
政府は、防衛に空白が生じることは許されないとして、NSC=国家安全保障会議で対応を協議することになり、「敵基地攻撃能力」の保有についても議論を進めるとしたことから、注目を集めています。

(衆議院安全保障委員会で質疑)
これをめぐって、8日、衆議院安全保障委員会の閉会中審査が行われました。
この中で、河野防衛大臣は、「イージス・アショアの配備を断念し、今後どうするのか、あらゆる選択肢をテーブルの上に載せて議論するのは当然だ」と述べました。
ただ、与野党からは、「『敵基地攻撃能力』の議論は唐突だ」との声が上がっています。

(なぜ、いま、「敵基地攻撃能力」なのか)
なぜ、ここにきて政府は、「敵基地攻撃能力」の議論を行おうとしているのでしょうか。
政府は、「日本を取りまく安全保障環境がいっそう、厳しくなっているからだ」と説明しています。

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防衛省の分析によりますと、北朝鮮は、2016年9月に、3発の弾道ミサイルを同時に発射し、ミサイルは、日本の排他的経済水域のほぼ同じ地点に落下したとみられるなど、同時に多数のミサイルを発射し、防御できないようにする飽和攻撃を可能にするため、運用能力の向上を目指しているとしています。さらに、2016年から17年にかけて、弾道ミサイルを、高い角度で打ち上げ、ほとんど真上から弾頭部分を落とす、ロフテッド軌道で発射するなど、迎撃の難しい方法を試みています。
さらに中国は、日本を含むアジア太平洋地域を射程に収める中距離弾道ミサイルの充実を図っていています。
去年(2019年)は、ミサイルによる危機がさらに増した年でした。
北朝鮮は低空で飛行し、変則的な軌道で落下するとみられる新型ミサイルを発射し、また中国は、極超音速兵器で、音速の5倍以上の速さで飛行しながら軌道を変えられる能力を持つミサイル「東風17」を公開しました。こうしたミサイルは、既存のミサイル防衛体制では迎撃できない可能性があるとみられています。

自民党の安全保障調査会の幹部は、政府は、こうした状況に対応するため、発射直前のミサイルをたたけるよう、攻撃能力の保有を検討しようとしているのではないかと指摘していますが、政府から具体的な背景の説明はまだ、なされていません。

(これまでの「敵基地攻撃能力」の議論)
「敵基地攻撃能力」の保有をめぐる、政府のこれまでの立場はどのようなものだったのでしょうか。

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1956年、当時の鳩山一郎内閣は、国会で、「例えば、敵基地から誘導弾による攻撃が行われた場合、座して死を待つべしというのは自衛権の本質として考えられない」として「ほかに適当な手段がないと認められる場合に限り」、「自衛権の範囲に含まれる」として憲法上、許されると説明し(昭和31年2月29日衆・内閣委)、歴代の内閣は、この見解を維持しています。
ただ、政府は、実際には、自衛権の行使として敵基地攻撃を行うことは想定していないと説明してきました。
安倍総理大臣も、去年5月、衆議院本会議で、「敵基地攻撃能力を目的とした装備体系を整備することは考えていない。日米の役割分担の中で、アメリカの打撃力に依存しており、今後とも日米間の基本的な役割分担を変更することは考えていない」と答弁しています。(2019年5月16日 衆議院本会議)

安倍総理大臣は、6月の会見で、3年前に自民党から保有を検討するよう求める提言が出されたことを踏まえて、「われわれも、自民党の提言を受け止めなければならない」と述べました。そのため保有に前向きではないかとの見方が出ています。ただ、政府のこれまでの立場を変えるとは明言しておらず、NSCの議論で舵を切るかどうかは、不透明です。

(検討のポイント)
政府は、NSCで議論し、秋にも方向性を出したいとしていますが、検討のポイントとしては、どのようなものが考えられるのでしょうか。

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▼まずは、これまでの政府の立場との整合性が問われることになります。公明党は、整合性をとるのは簡単ではないとして、慎重な立場を崩していません。
▼さらに、必要な装備の導入は可能かという点があります。
専門家は、例えば奇襲攻撃に使用される移動可能なミサイル発射台を攻撃するには、偵察衛星や無人偵察機で、位置を正確に把握するとともに、敵が攻撃に着手したと判断できる情報を入手することが不可欠だと指摘しています。さらに、リアルタイムでそうした情報を自衛隊の航空機や艦船に伝える総合的なシステムに加えて、確実に効果があげられる打撃部隊の量も必要だとしています。日本が単独でそうした能力を身に着けるには、相当な時間と費用がかかり、簡単ではありません。自民党で議論を主導する幹部の1人は、「敵基地攻撃を、弾道ミサイル防衛の一環として明確に位置付けることになる」との見通しを示し、あくまでミサイルの発射を阻止するための、限定された攻撃力を想定していることを示唆しています。
▼また、周辺諸国の反発を招かないか、同盟国アメリカとの役割分担をどう考えるかなども論点の1つとなります。
日本は攻撃的な装備は保有してきませんでしたが、「敵基地攻撃能力」の保有は、周辺国からは、防衛戦略の変更と受け止められ、かえって緊張を高めてしまう恐れがあります。さらに、アメリカと中国の対立が激しさを増す中、日米の役割分担を見直し、攻撃面でも連携することになれば、アメリカの対中戦略に組み込まれ、歯止めがきかなくなる恐れもあります。

議論は緒についたばかりですが、このように論点は多岐にわたり、方向性を示すのは容易ではないとの見方が出ています。

(「イージス・アショア」配備計画停止、くすぶる批判)
一方、「敵基地攻撃能力」の議論のきっかけとなった「イージス・アショア」の配備計画の停止をめぐっても、理解が得られている状況ではありません。

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与党内では、なぜ防衛省は、裏付けもないまま「ブースターを演習場内に確実に落下させられる」と説明したのかという疑問や、与党内で手続きを重ねて決めたにも関わらず、調整もなく、突然、停止を発表するのは乱暴だとの批判がくすぶり続けています。参議院決算委員会は、7日、経緯を検証するよう求める決議を全会一致で決めています。
「イージス・アショア」の配備計画は、地元自治体の住民を巻き込むことになっただけに、「敵基地攻撃能力」の議論があるからといっておろそかにすることなく、十分な検証が必要です。

(まとめ)
今回の議論は、「イージス・アショア」の配備計画の停止に端を発していますが、代わりとなる装備の有無や、紛争を避けるための周辺国との外交上の協議の枠組みなどについて、十分に検討することなく、「敵基地攻撃能力」が急浮上したことに、与党内からも、とまどいの声が上がっています。攻撃能力の保有は、自衛隊の在り方を変え、周辺諸国への影響も大きいだけに、国民的な議論は不可欠です。
政府には、これまで以上に慎重な検討と、国民への丁寧な説明が求められています。 

(梶原 崇幹 解説委員)

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