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「記録的豪雨 施設の高齢者をどう守るのか」(時論公論)

松本 浩司  解説委員

日本列島を西から打ちつけるような豪雨がやむ気配を見せません。最初に襲われた熊本県では球磨川が氾濫し、高齢者施設のお年寄り14人の命が奪われました。高齢者施設の被害は過去にも繰り返され避難態勢づくりが進められてきましたが、今回の被害は対策の難しさをあらためて示すものなりました。

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【インデックス】
▼豪雨と被害の状況
▼なぜ防げなかったのか
▼高齢者を守るために何が必要かを考えます。

【豪雨と氾濫の状況】

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今月3日夜から4日朝にかけて強い雨雲が次々に発生して同じ地域にかかりつづけました。熊本県南部では24時間の雨量が500ミリ近くに達するなど記録的豪雨になりました。

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球磨川では大規模な氾濫が発生し、球磨村にある特別養護老人ホーム「千寿園」が浸水してお年寄り14人が亡くなりました。施設は脇を流れる川から少し高いところにあり、その川と球磨川の合流点までは400メートルほどでした。

当時、入所者51人と職員5人がいて、4日の早朝、水があがってきたため1階にいたお年寄りを2階に避難させていました。施設に駆けつけて避難を手助けした住民は「突然、窓ガラスが割れて背丈ほどの水がいっきに流れ込んできた」と話しています。

【被害は防げなかったのか】

被害は避けられなかったのでしょうか。
事前の想定と避難情報、避難計画の3点を見ていきます。

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球磨川が氾濫したときに浸水が想定される範囲を示した図です。
上の図は千年に一度以下と頻度はきわめて低いものの、想定される最大規模の氾濫が起きた場合で、千寿園は10メートルから20メートル浸水すると想定されていました。
一方、下の図は通常の想定である80年から100年に一度の氾濫で、こちらの想定では千寿園はぎりぎりで浸水しない場所にあり、安全だと考える住民もいました。

次に避難情報はどう発表されたのでしょうか。

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球磨川流域は川を管理する国と気象台、自治体などが協議会を作り、時系列で連携して防災対応をとっていく「タイムライン防災」に早くから取り組んできた地域です。
今回も前日の午後4時、オンラインで会議が開かれ、大雨の見通しや対応を確認しました。
これを受け球磨村はまだ明るいうちに「避難準備・高齢者等避難開始」の情報を発表しました。
大雨警報に続いて夜10時過ぎに土砂災害警戒情報が出たのと同時に「避難勧告」を発表。
川が氾濫危険水位に達するのとほぼ同時の午前3時半に、より強く避難を促す「避難指示」を発表しました。
大雨特別警報が出たのが午前5時前で、このあと被害が発生したものと見られています。
避難情報は国のガイドラインなどで求められるタイミングで発表されていました。

施設の備えはどうでしょうか。

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千寿園では事前に「避難確保計画」を策定し、浸水の恐れがあるときは、高台にある別の施設や住宅に避難をするか2階に避難をすることにしていました。また年に2回、避難訓練を行っていて法律で求められる対策はとっていました。
さらに避難を手助けする近隣住民のボランティア組織も作られていて、4日早朝も数人の住民が駆けつけ、職員と一緒に入所者30人ほどを2階に避難させました。住民の手助けがなければさらに被害が大きくなっていた可能性があります。

このように避難情報や避難計画は求められる対応がとられていたと考えられます。それでも入所者を守ることができなかったのはなぜなのか。避難準備情報や避難勧告が出た段階で避難を開始することができなかったのか、職員の配置は十分だったのかなど詳しい検証を待つ必要があります。

【高齢者を守るために】
氾濫や土砂災害で高齢者施設が巻き込まれる被害はこれまでも繰り返されてきました。

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特に4年前の台風10号では岩手県岩泉町で川が氾濫し、高齢者グループホームの9人が亡くなりました。この災害をきっかけに「避難準備情報」の名称が「避難準備・高齢者等避難開始」に改められ、氾濫など危険のある場所に建つ高齢者施設などには「避難確保計画」を作り、訓練をすることが義務付けられました。

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しかし、まだ計画ができていない施設が多いのが現状です。計画を作った施設は去年3月の時点で6万8000の施設の36パーセントにとどまっています。

進まない理由は
▼手厚い介護が必要なお年寄りを移動させたり、避難先を確保したりすることが現実的には難しい
▼避難の判断が困難
▼計画を作る専門知識が不足していること
▼さらに水害などが想定されている場所に新しく施設が建設されていることなどが指摘されています。

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国はガイドラインや事例集などをまとめ、▼避難の判断基準、▼避難場所やルートの決め方、▼次善の策として建物の2階以上に避難をする方法などを示しています。

去年10月の台風19号では多くの川が氾濫し、高齢者の施設などが浸水しましたが、2階以上に逃れて命が守られた施設も少なくありませんでした。

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長野市の高齢者施設「介護医療院とよの」は千曲川の決壊で、1階の天井付近まであっという間に水没しましたが、300人の入所者にひとりの犠牲者も出ませんでした。
事前の計画に基づいて「避難準備・高齢者等避難開始」の情報が出た前日の段階で1階にいた40人を2階以上に避難させていたからです。

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当日、浸水が始まる1時間半前に停電になってエレベータは使えなくなっていて、施設長は「あらかじめ上の階に避難をしていなかったらと考えると今でもぞっとする」と話しています。
このほか埼玉県川越市や茨城県水戸市の高齢者施設でも建物は浸水したものの2階以上に避難をして高齢者の命が守られたケースがありました。

去年の台風19号では上陸3日前から気象庁が会見を開き厳重な警戒を繰り返し呼びかけたことが早めの対応につながった可能性が指摘されています。しかし台風の予報の精度が上がっているのに対して、今回のような集中豪雨は今の予報技術では正確な予測が難しく、今回は早い段階での警戒呼びかけはありませんでした。検証にあたってはこの点もポイントになります。

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施設の高齢者を守るために何が必要でしょうか。

▼まず避難確保計画の策定を急ぐ必要があることは言うまでもありません
策定をしたところも今回や去年の台風の経験を生かして検討を深める必要があります。
▼早めの避難をすれば空振りも多くなり現場の負担は重くなります。しかし繰り返される被害を考えれば、地域住民の力を借りるなどなんとか工夫をして対応することが求められます。
▼また避難勧告を出す市町村との連絡を密にして市町村が施設側に積極的に働きかけることも重要になります。
▼さらに長期的には危険な場所への施設の立地を少なくする取り組みも必要だと思います。

【まとめ】
これからあすにかけても九州北部や中国地方などで激しい雨の恐れがあり、引き続き厳重な警戒が必要です。そしてこれから雨期と台風の季節が続きます。施設や地域社会、そして家庭での防災の備えを急ぐ必要があります。

(松本 浩司 解説委員)

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