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「プーチン長期政権の行方は? ロシア改正憲法承認」(時論公論)

石川 一洋  解説委員
安間 英夫  解説委員

(石川)ロシアでプーチン大統領の続投も可能とする憲法改正の全国投票が行われ、改正憲法は得票率78%で承認されました。プーチン長期体制の今後を分析してまいります。

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今回の改正は、プーチン大統領が今年1月の年次教書演説で提案し、作業部会や議会の審議を経て今の形となりました。大きく分けて政治システムの改革とロシアの国家像という二つに分けられます。

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●政治システムの改革
▼大統領の任期は2期に制限、しかし現憲法下の大統領任期は含まれない
  2024年にプーチン大統領が続投する道を開き、2036年、83歳になるまで続投も可能です。
▼議会に首相の任命や内閣の構成に関与する権限を増やし、議会の権限強化
●ロシアの国家像 保守伝統主義の色彩
▼男女間の同盟(ソユーズ)としての結婚を守る、神の尊重、国民福祉の向上
▼領土割譲の禁止 ソビエト連邦の継承国、共通の歴史、
結果は、投票率 68%で 賛成78% 反対21%で改正憲法は承認されました。
(いずれも放送時、小数点以下四捨五入)
クレムリンは大勝利としています。

【結果をどう評価するか?】
(安間)投票率、賛成票の割合も当初の予想以上でしたが、これは、プーチン政権がさまざまな手だてで底上げに努めた結果だと言えます。

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投票の1週間前には、ナチスドイツに対する勝利から75年を記念する軍事パレードを挙行して国民の愛国心を鼓舞。それから投票は、異例のかたちで事実上1週間にわたって行われました。プーチン大統領も、大統領の任期にはほとんど触れず、愛国心や、誰もが反対しにくい教育や福祉といった国民生活の向上を前面に押し出しました。国営メディアの連日の投票呼びかけとともに、支持層を総動員して行われたキャンペーンだったのです。
一方、反対派の集会は、新型コロナウイルスの感染対策を理由に許可されませんでした。なりふりかまわず反対派を排除する強権的な手法は、ここでも繰り返されたと言わざるを得ません。

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(石川)プーチン大統領には自らの治世の記念碑として自らの考えを入れた憲法を残したいという思いもあったのでしょう。ただ私は圧倒的な賛成票にも関わらず深い亀裂が残ったと思います。1993年成立した憲法は確かに議会と大統領の対立が武力衝突を経て国民投票で成立しました。しかしプーチン大統領が順守することでプーチン時代においては反プーチンを含めて国民をまとめる基盤となってきました。しかしプーチン色の濃い改正には若者中心に強い拒否感があり、プーチンのロシアとそれを拒否するロシアの二つに分裂したといえるかもしれません。

【プーチン大統領のねらいは?】
(安間)私は、亀裂を生んだ責任はプーチン大統領にあると思います。自らの続投を可能とする改正のねらいが国民に十分説明されていないからです。

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これまで「連続2期まで」となっていたのを「通算2期まで」に変えたものの、現憲法のもとでの自らの4回の任期は含めない、ロシア語ではОбнуление(オブヌレーニエ)、文字どおりゼロにするという修正を突然加えました。
2024年に退任するはずだったのに、なぜ修正したのでしょうか。
大統領は投票前、「この条項がないと、後継者探しが始まる」と述べました。つまり、退任時期が確定してしまうと求心力が低下し、レームダック化することは避けられないと考えたのです。私は、プーチン大統領のそもそもの目的は、続投すること自体ではなく、むしろ求心力を最大限維持したまま、自ら築いた政治システムや路線を後継者や次の世代に引き継がせることにあると見ています。
しかし、プーチン政権がいつ終わるか分かりにくくなり、国民に飽きられてしまうことは避けられないと思います。プーチン大統領自身かつて、長期政権だったドイツのコール政権を評して、「16年も続けばどんな国民も飽きる。それに気づくべきだった」と述べたことがあります。この言葉はいま、そのままプーチン大統領にあてはまるのではないでしょうか。

(石川)大統領にはまだ信頼に足る後継者がいないのでしょう。もしも信頼する後継者が見つからない場合は2024年に続投するでしょう。その可能性は50%・50%と見ています。
さてロシアの国家像ですが、そもそものプーチン提案にはなく、国民各階層の声を取り上げるという形で付け加えられたもので政治システムの改正を覆い隠す飾りとも思いました。ただ私は「保守主義ロシアの宣言」ともいえる重要性があると気が付きました。大統領の側近で保守派の柱ともいえるパトルシェフ安全保障会議書記が先月注目すべき論文を発表しています。

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「ロシアに“ユニバーサル”普遍的な価値は必要か」という論文です。その中で、ユニバーサルな価値観とは欧米のネオリベラリズム新自由主義の価値観の押し付けに他ならないとして、基本的な家族の価値観、歴史的真実、精神的、道徳的な教育の重視、そして多民族による国民性としてのユニークな文化遺産を守り、社会的国家としての基礎を強化することが今回の改正だと述べています。ロシアはロシアだという路線、保守的なイデオロギーを憲法によって強化するという意味を持たせています。

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ただ同じ安全保障会議の副議長である元大統領のメドベージェフ氏も、ちょうど同じ時期に論文を発表し、安全保障も含めて透明性のある国際協力の必要性を強調しています。政権の実力者が国際社会に保守的な価値観と国際協力という二つのシグナルを送った形ですが、私はプーチン大統領の本音に近いのはパトルシェフ論文だと思います。

【外交への影響は?】
(石川)憲法改正後のロシアの外交政策です。

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まず日ロ関係では、ロシアの領土を割譲とその交渉を禁じる条項が心配です。一方ソビエトの継承国でありソビエト時代の国際条約とその義務の継承国としています。2島の引き渡しを定めた1956年共同宣言も含まれ、その義務の継承を担保したと読めます。しかし全体としては北方領土交渉ではマイナスです。解釈はともかくとしてロシア国民の受け止め方として領土交渉は閉ざされると受け止めるからです。安倍総理としては▼1956年共同宣言を基礎に交渉を加速化する、▼4島における共同経済活動を実現する、という首脳間の合意が維持されるのかどうか、率直に問いただすべきでしょう。大統領の立場が変わるという場合、日本の戦略を練り直す必要があるでしょう。

(安間)北方領土交渉はかなり難しくなるのではないでしょうか。プーチン大統領は、支持率や権威の低下を食い止めるためにも、対外的に弱腰と受け止められる行動はとりにくく、外交でも支持率をあげる成果が必要となってきます。

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アメリカとの関係では、ロシアがイデオロギー的な価値観の違いを鮮明にしたことで、本質的な接近は望みにくくなります。ただ、ことし秋のアメリカ大統領選挙でトランプ大統領が再選されようと、民主党のバイデン候補が当選しようと、ロシアは、核大国としてアメリカと対等に立つという、ロシアにとって戦略的に安定した関係の復活を望んでいると考えています。来年2月に新START=戦略兵器削減条約の期限切れが迫り、その延長ができるのかどうかが焦点となります。

【プーチン政権の今後は?】
(石川)新型コロナウイルスでロシア経済も大きな打撃を受け、国民の所得も大幅に減少しています。国民の生活を憲法が保障するとプーチン大統領は訴えてきたわけですが、生活の低下が続けば、国民は裏切られたと考える可能性もあるでしょう。プーチン大統領にとって改正憲法での約束が重荷となってくるでしょう。
「国民の声が一番大事だ」プーチン大統領は国民の声を聴くことができると固く信じています。しかし国民の間の亀裂を克服し、変化を求める国民の声をつかみ取り続けることができるのかどうか、私は疑問です。体制の流動化を含めてロシアの今後を見つめる必要があります。

(安間)世界の政治指導者には「戦略も哲学もない」と元側近に言われる人もいますが、プーチン大統領が、世界最大で複雑なこの国を混乱から安定に導き、その功罪は別にして、20年にわたって統治できたのは、それなりの資質があったことは認めざるを得ません。
しかし、1強と言われる体制を築いたからこそ、それが揺らぐのを怖れ、国の安定と自らの権力の安定を混同しているように思えてなりません。
国際政治のうえで、欧米と対決も辞さない姿勢をとってきたプーチン大統領がさらに強気に出ていくのか、権力基盤の行方とともに見定めていかなければなりません。

(石川 一洋 解説委員/安間 英夫 解説委員)

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