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「日銀短観 底打ち?日本経済」(時論公論) 

神子田 章博  解説委員

下げ止まりつつあるという見方も出ている日本経済。きょう発表された日銀の短観・企業短期経済観測調査では、大企業の非製造業で景気判断を示す指数が、リーマンショックの直後を上回る過去最大の落ち込み幅を記録しました。また、経営基盤の弱い中小企業は、今後景気がさらに悪化するという見通しを示しています。
日本経済は底を打ったといえるのか。今夜は景気の現状を見たうえで、回復への課題について考えます。

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 解説のポイントは三つです
1) 確信できない“底打ち”
2) 苦境の企業 支援策の課題    
そして
3) “前を向く企業”を支える政策を

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まずはきょう発表された数字を見てみます。
短観では三か月ごとに企業に対し景気の現状をどう見るかをたずね、「良い」と答えた企業の割合から「悪い」とこたえた企業の割合をひいた数字を指にとして景気の動向をとらえようとしています。今回の数字を見ると、まず製造業では、大企業が、前回の調査より、26ポイント悪化してマイナス34。中小企業も、前回より30ポイント悪化して、マイナス45に落ち込みました。いずれもリーマンショックの翌年以来の低い水準です。

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次に非製造業です。大企業が前回より25ポイント悪化して、マイナス17に。この落ち込み幅はリーマンショックを超え過去最大です。中小企業も、25ポイント悪化してマイナス26と9年ぶりの低い水準となりました。

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さらに、非製造業の中小企業のうち、とくに感染症対策の影響が大きかった業種をみると、小売りと運輸・郵便がいずれもマイナス38、宿泊・飲食サービスはマイナス87と激しく落ち込んでいます。短観の調査では、直近の経営状況の実績をもとに判断を示す企業が多いといいますが、今回の結果は、4月から5月にかけて緊急事態宣言が出され、飲食店をはじめ多くの企業が営業を自粛するなど、経済活動が大幅に縮小したことが反映されたものとみられます。

次に企業は今後の見通しをどう見ているでしょうか。
短観では3か月後に景気が「良くなる」と答えた企業の割合から、「悪くなる」と答えた企業の割合をひいて、先行きの見通しの指数としていますが、大企業では、製造業、非製造業とも改善を見込んでいるのに対し、経営基盤の弱い中小企業では、いまより悪くなると見込んでいます。経済の底打ちを確信できる状況とはいえないようです。

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ただ、緊急事態宣言が解除され、その後も企業活動や往来の制限が段階的に緩和されるにつれて、経済が回復に向かう動きが出てきているのも事実です。
データ分析会社のナウキャストとクレジットカード大手JCBでは、カードの利用情報をもとにプライバシーを保護したうえで消費動向を半月ごとに指数にして表しています。きょう発表された先月前半の指数を感染拡大前の1月の後半と比較すると、全体で17.9%の下落となりました。この数字、5月の後半は20.1%の下落でしたので、下げ幅はいくぶん縮小しています。これを感染症対策の影響が大きかった外食、宿泊、交通、それに映画などの娯楽といった業種別にみてみますと、いずれも4月後半から5月の前半を底にする形で、もち直しているように見えます。政府の先月の月例経済報告でも、こうした消費の持ち直しの動きをとらえ、景気の現状について「下げ止まりつつある」という判断を示しています。

2) 苦境の企業 支援策の課題 

では今後景気は回復に向かうのでしょうか。その行方は、収益の落ち込んだ企業の資金繰りを支えて事業を継続させ、雇用を維持することができるかにかかっています。

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政府は、売り上げが大きく落ち込んだ中小企業などに最大で200万円を支給する持続化給付金や政府系や民間の金融機関による無利子・無担保融資を通じて資金繰りを支援してきました。では企業は資金繰りについてどう感じているのでしょうか?
今回の短観の調査では、資金繰りが「楽である」とこたえた企業の割合から「苦しい」と答えた企業の割合を引いた指数は、大企業で三か月前より8ポイント悪化、中小企業では9ポイント悪化しています。政策的な支援があっても、売り上げが激しく落ち込む中で、日々の資金をつないでいく苦しさが解消されていない企業が多いことを示しています。今月からは、賃料の一部の半年分、最大で600万円を支給する「家賃支援給付金」の申請の受付が始まります。景気の回復を着実に進めていくためにも、必要としている人の手にできるだけ早く資金がわたることが求められています。

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経済活動の再開と感染防止の両立も課題です。
来月からは、新型コロナウイルスのおかげでとりわけ大きな打撃を受けた観光産業などを支援するGOTOキャンペーンも始まります。
これは一泊当たり2万円を限度に旅行の代金や旅先での食事や土産物の購入を補助するものです。先月19日から都道府県をまたぐ移動が全面解禁される中で、各地の観光地では旅行客への期待が高まっています。
しかしここへきて心配な面もでてきました。東京では連日50人を超える感染者が確認され、周辺の県でも感染者の数が増えています。こうした地域と全国との間で人の移動が活発になれば、感染を広げるおそれもあります。旅行に利用する交通機関や宿泊施設ではそれぞれガイドラインを設けて感染防止の対策をはかっているほか、業界団体も、個人ができる感染防止対策の周知をはかっています。こうした対策を徹底することで、人々の不安を抑え、安心して観光に行ける環境づくりを進めていくことが課題となります。

3)  “前を向く企業”を支える政策を

このように、経済活動を元に戻すにも、感染防止の取り組みは欠かせません。顧客同士のソーシャルディスタンスもとる必要がある中で、以前と同様の来店客数は当面のぞめません。ここからは、こうした中で、売り上げの維持をはかる中小企業の取り組みについてみていきます。カギとなるのはネットの活用です。

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大阪市にあるライブハウスでは、営業を再開できても、以前のような客足が見込めない中で、ライブの動画をネットを通じて配信するサービスを始めようとしています。撮影には、360度のVR=バーチャルリアリティのカメラを使い、あたかもその場にいるかのような臨場感でライブを楽しめるようにするとしています。自宅にいるのであれば、叫び声をあげても感染の心配はありません。これまでの来店客をつなぎとめるとともに、ネットを通じて新たなファンを増やそうという試みです。
また長崎県の陶器の産地波佐見町では、毎年5月に30万人が訪れる陶器祭りを開催していましたが、今年は新型コロナウイルスの影響で中止に追い込まれ、これをきっかけに、オンラインでの陶器市に乗り出しました。地元の地方銀行が発案したもので、グループの銀行がもつWEB上のネットワークを利用してメールを配信するなど幅広く宣伝し、新たな顧客層の開拓に努めています。
政府は、規模の小さな企業が、新型コロナウイルスによる影響を乗り越えるために、ネットを利用した販路の開拓や、ビジネスモデルの転換をはかろうとする際、その費用を最大で100万円まで補助する支援策をとっています。感染症対策による影響が長引く見通しとなる中で、いわば前を向いて、独自の工夫で経営基盤を強化しようとする企業を支えていくことも、今後の需要な政策課題となります。 

第二の感染の波が懸念されるなかで、感染防止との両立が求められる経済回復の道のりは容易ではありません。苦境の企業を支えるとともに新たなビジネスに踏み出す企業をどう後押ししてゆくか。官と民の歯車がうまくかみあい、日本経済を着実に前に進めてゆくための政策対応が求められています。

(神子田 章博 解説委員)

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