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「スパコン『富岳』 世界一をいかすには」(時論公論)

水野 倫之  解説委員

日本のスーパーコンピューター富岳が性能を競う世界ランキングで一位を獲得。
スパコンは防災対策や薬の開発などに不可欠な現代社会のインフラで、日本の首位奪還は先代のスパコン京以来9年ぶり。日本の技術力を世界に印象づけた。
でも一位が目的ではない。
幅広く使い、私たちの暮らしに役立つ成果を多く上げてこそ意味を持つわけで、今後世界一の性能をどう生かしていくかが問われる。
今回の世界一獲得、その背景には先代京の反省があった点。
富岳では何が可能になるのか。
世界一の性能を最大限いかすにはどうしたらよいか。
以上3点から水野倫之解説委員の解説。

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富岳は先月、兵庫県の理研・理化学研究所に設置を終えたばかり。
京の後継機として国費1100億円をかけ、理研と富士通が開発。

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まだ調整中で、現状の性能は最大でも9割だが、それでも今回、計算速度で世界1位を獲得。
その速さは、1秒間に40京回の計算できる。新開発のCPU・中央演算処理装置を16万個つなげて実現した。2位のアメリカのスパコンにおよそ3倍の大差。
ただ今回注目すべきは、それ以外の3つの部門でも1位を獲得した点。
アプリを入れた際のシミュレーションのしやすさ、ビッグデータの処理性能、人工知能の学習性能の各部門で2位に圧倒的な差。
これは車で例えれば、レーシングカーの要素に加え、一般の道路でも安定して速く走れる乗用車の面も持ち合わせていることを意味。速いだけでなく使い勝手のよいスパコンであることが認められた。

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その高性能が実現した背景には、先代の京の反省があった。
京は当時の民主党政権の事業仕分けで、「2位じゃダメなんでしょうか」と追求され、世界一の計算速度を目指すあまり、使い勝手の悪いスパコンとなり、利用が広がらなかった。
CPUを日本独自の仕様にこだわって作り込んだため、使えるアプリが限られ、ガラパゴス化。
その後速度世界一こそ獲得したが、特に企業の利用は100社余りにとどまった。
そこで富岳は京を教訓に、使い勝手の良さが当初から開発目標。
名前も、富士山のように裾野が広い、つまり利用が広がるようにとの願いが込められている。
それを実現するためにCPUは日本独自ではなく、世界でも広く使われているイギリスの方式を取り入れ。こうすることで、パワーポイントさえも富岳で動かせる。
こうした使い勝手の良さに加えて、日本が得意な超微細な加工技術を駆使し、配線の間隔がわずか10億分の7mという高密度の回路を持つCPUが完成して速さも実現。今回4冠が達成された。

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では世界一の性能で何が可能になるのか。
イメージするために、まずは先代京の成果について。
東日本大震災で周期が長い地震動で超高層ビルが大きく揺れたが、今後予想される南海トラフ地震では、京のシミュレーションで、高さ60mの最上階の揺れ幅は最大6mに達することがわかった。

また医療分野では、CTのデータをもとに患者の心臓を17万以上の要素に分割して正確に再現することに成功。心臓の病気で、手術前にシミュレーションできるようになり、実際に臨床で生かされている。

さらにものづくりの分野では従来のスパコンが描き出した車の空力特性のシミュレーションで滑らかに見える空気の流れも、京では空気を20億の要素に分けて計算することで、実際には細かく波打っていることがわかる。この結果をもとにメーカーは車体のデザインを変えて燃費を改善することが可能に。

富岳も同じように地震津波などの防災や医療、それに産業利用に加え、宇宙の進化の解明など基礎的な研究にも利用していくことが決まっているが、計算速度は京の40倍。
京で1年かかっていたシミュレーションが、富岳だと数日でしかもより詳細にできるようになるわけで、来年度からの本格運用に向けて、大きな期待。

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ではこの世界一の性能を最大限にいかしていくためには何が必要か。
まずは京では広がらなかった民間利用の拡大に力を入れること、そして緊急を要するような国民的な課題解決に向けてすばやくテーマを選定し利用できる体制をあらかじめつくってことの2点が重要。

文部科学省は当面は全体の利用枠の15%程度を民間に振り向ける考え示す。しかし利用が広がらなかった京でも民間利用は最大14%はあったわけで、まずはこの民間枠の目標を最初からもっと高く掲げる必要。
京の成果を紹介するなどしてこれまでスパコンを使う機会や技術がなかった企業に対して利用を積極的に呼びかけること。

また緊急を要するテーマでいかにはやく富岳を利用して研究成果を出していくかも課題。
その点、今回新型コロナウイルス対策で文部科学省と理研が、まだ調整中だった富岳を4月から急遽動かして研究を開始したのは妥当な判断。すでに成果も得られ始めており今後の運用の参考になる。
オフィスでの飛沫飛散のシミュレーションではマスクを着けずに咳をすると正面の人には飛沫が飛ぶが、隣や斜め前の人にはあまり飛ばないという計算結果を数週間で分析し発表した。
さらに2000以上あるほかの治療薬の中から新型コロナに効く可能性のある薬を見つけ出す研究も、まもなく成果を発表できるということ。
ただこうした対応は異例で、今回富岳がまだ調整中だったため、利用枠を容易に確保できたもの。
通常研究テーマは原則公募で、専門家でつくる委員会が審査し数か月かかって選定され、利用枠は数か月先までほぼ埋まっている。今後、今回のような緊急の課題がでてきた場合に同じような手続きをしていては間に合わない。民間含めすでに決まっている利用枠の一部を制限してすみやかに利用することなどが想定。
ただ利用を予定していた企業などには大きな影響があるわけで、来年度からの本格運用を前にこうした緊急避難的な利用についてのルール作りを急ぐ必要。

スパコンは米中が激しい競争を繰り広げており、富岳の1位も数年以内にはとってかわられるのは確実で、順位にこだわることはあまり意味がない。
ただ今回のような緊急課題でスピーディに様々提案できることがわかれば、巨額の国費をかけることについても国民の納得は得られるだろう。

(水野 倫之 解説委員)

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