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「新たな福祉『包括支援』への期待と課題」(時論公論)

飯野 奈津子  専門解説委員

私たちの暮らしを支える福祉の在り方が大きく変わろうとしています。先の国会で社会福祉法が改正されて、新たな福祉の制度が設けられることになりました。年老いて介護が必要な親が、引きこもり状態の子供の生活を支えていたり、幼い子供の育児と親の介護を同時に抱えていたり。そうしたいくつもの課題を抱える家族に寄り添って、包括的に支援しようという制度です。

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<解説のポイント>
解説のポイントです。
●新たにできる包括的な支援制度とは。
●新たな福祉が地域を元気にする可能性について。  
●ただ今回の制度は、実施を希望する市町村を対象に始まります。この取り組みをどう広げていくか、その課題についてです。

<重層的な支援体制 3つの柱>
まず、新たにできる制度です。
市町村が3つの支援を一体的に進めることになっています。

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●ひとつは「包括的な相談支援」。福祉の窓口は、高齢者、障害者、子供といった分野別にわかれていることが多いのですが、どんな相談も最初の窓口で丸ごと受け止めます。たとえば、高齢者の窓口に介護の相談に来た親が、息子の引きこもりのことも相談したら、そこで受け止める。相談を断らない、たらい回しにしないということです。そして、福祉の分野にとどまらず、住まいや雇用、医療など、他の分野の人たちとも連携して、家族が抱える課題を解決していきます。
ただ、引きこもりが長期化しているような場合は、具体的な課題がすぐに見えないこともあります。その場合も伴走する意識で、本人に寄り添いながらつながりを持ち続けて、課題を解きほぐし、支援につなげていきます。
●二つ目が、地域につなぎ戻していくための「社会参加の支援」です。
仕事をしたり地域活動に参加したり、本人にあった場を探して、そこで役割を見いだせるよう支援していきます。それによって自信を取り戻してもらうことを目指します。
●そして、3つ目が「地域づくりに向けた支援」です。こども食堂や運動教室など、住民自らの意思で行う多様な活動や居場所を増やしていきます。そのために、地域づくりに関心を持つ住民やNPO、農業や観光など福祉以外の分野の人ともネットワークを作っていきます。
★この3つの支援を一体的に行う市町村に国が交付金を支給する新たな制度が、来年度から始まります。

<新たな制度が求められる背景>
さて、どうでしょう。
これまでの福祉の改革では、高齢者、障害者、子供といった分野ごとに、専門的な支援を充実させてきました。それはそれで大きな意味がありますが、分野ごとに課題を切り分けた枠組みでは、とらえきれない現実がひろがってきています。

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いわゆる8050問題。80代の親がひきこもり状態の50代の子供の生活を支える家族や夫婦間のDVが子供の虐待につながるケースなど、家族が抱えるリスクが複雑化・多様化しています。また、どの制度の対象にもならないごみ屋敷の問題なども相次いでいます。根底にあるのは、社会からの孤立という問題です。地域のつながりが薄れる中で、誰にも相談できないまま、問題を深刻化させるケースが少なくないのです。

<新たな制度の評価>
こうした現状を考えますと、制度の縦割りを超えて、人とのつながりを再構築しようという、新たな制度は、まさに今必要とされるものだと思いまし、住民の間で支えあったり気に掛けあったりする関係が広がれば、SOSを出せずに孤立している人を早い段階で見つけて、支援につなげることもできるのではないかと思います。
そしてもうひとつ、今回の制度で注目したいのは、これまでの福祉の在りようを根本から変えることになる点です。

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制度に人をあわせる制度中心の支援から、困りごとを抱えている本人中心の支援へ。福祉の大きな転換点になると思います。
これまでは、窓口に相談に来た人が、たとえば介護保険など制度の対象であれば、サービスを提供するけれど、対象でなければ他をあたってください、という対応が少なくありませんでした。
新たな制度では、どんな相談も断らずに丸ごと受け止めて、本人が自律的に暮らせるよう支援していきます。介護サービスの対象外でも、足腰が弱って買い物にでかけるのが難しいというのであれば、近所の人に声をかけて一緒に買い物をしてもらうなど、なんらか支援の方法を考えなければなりません。中心にあるのは、制度ではなく、あくまでも本人です。こうした本人中心の支援を積み重ねていくことが、誰もが孤立せずに生きがいをもって暮らせる社会につながるのではないでしょうか。

<地域の持続性の可能性> 
新たな制度は来年度から始まりますが、すでに200を超える自治体でモデル事業が行われています。そのうちの一つ、兵庫県芦屋市では、福祉の領域を超えて、地域に元気を取り戻すことにもつながっています。

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芦屋市では、福祉の総合相談窓口を設け、市役所の中でも、保健師によるトータルサポート担当を設けて、部局を超えて課題解決に向けて調整する仕組みを作りました。
その中で、行政改革の一環として始まったのが「こえる場」のプロジェクトです。行政の発想を超えて、地域の力を総動員して「誰もが豊かに暮らせるまちづくり」を目指そうというものです。参加しているのは、30を超える企業や民間団体です。「子育て支援」や「食を通じた多世代交流」など、テーマごとにアイディアを出しあい、団地の集会所で乳幼児の親子の交流会を開いたり、災害に備えた食のイベントを開いたり、地域住民とも連携しながら、様々な活動を展開しています。
行政改革というと、行政内部の改革にとどまることが多いのですが、芦屋市では、企業や民間団体の力も借りて、みんなで目指すべきまちの未来を共有し、互いに刺激しあって地域づくりの改革につなげています。そこに、福祉の領域を超えて地域の持続性を高めていく可能性を感じます。

<どう取り組みを広げるか>
ただこうした取り組みが、どこの自治体でもすぐにできるかというと、人口や財政など事情が違うので、そう簡単ではありません。来年度から新たな制度が設けられるといっても、対象になるのは、実施を希望する市町村だけ。やれるところとやれないところの格差が広がらないか心配です。いかに取り組みを全国にひろげていくか。重要なのは、市町村任せにしないこと。交付金を支給するといった財政的な支援にとどまらず、国がしっかり後押しすることが欠かせません。

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●まず、この制度の意義や重要性を周知することが大前提です。
そのうえで、
●行政の中の部局間、地域とも連携して情報共有ができるよう、国がそれぞれの地域の状況にあった進め方をアドバイスすることも必要です。
●そして、支援に携わる人材の育成です。これが最も大事なことだと思います。
本人に寄り添い、抱える課題をときほぐす力、解決に導く発想力、関係する人たちとの調整力も求められます。支援の質を高めるために、研修などを通じて人材を育てていくことが不可欠です。

<まとめ>
人口減少と少子高齢化が進む中で、暮らしの安心を守るためには、人と人とのつながりを育てていくための公的な支援が欠かせないと思います。
新型コロナウイルスの影響で人が集まって活動することが難しくなっていますが、そんな時でも、周りに困りごとを抱えている人がいれば声をかけ、自分が困った時に助けを求めることができる、そんな地域づくりが全国に広がるよう、国も自治体も、取り組みを進めてほしいと思います。

(飯野 奈津子 専門解説委員)

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