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「中国・インド国境衝突 アジア両大国の思惑は」(時論公論)

加藤 青延  専門解説委員
安間 英夫  解説委員

【はじめに】(加藤・中国担当 安間・インド担当)
(加藤)中国とインドの国境地帯で先週、両国の兵士が衝突し、45年ぶりに死者が出る事態となりました。
陸続きで隣り合う核保有国同士、しかも人口で世界第1位と2位という両大国間のあつれきは、今後の国際政治を左右しうる新たな変動要素として浮かび上がってきたといえます。
アジアの両大国の思惑と対外戦略について考えます。

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【解説のポイント】
(加藤)
①まず、なぜ今回衝突が起きたのか、両国の国境紛争の歴史を振り返りながら見ていきます。
②続いて、両国の外交姿勢を見ながら、対立の背景に何があるのかを考えます。
③最後に、両国がもたらす地政学的な要素が国際社会にどのような影響をもたらしうるのかを展望します。

【衝突はどのように起きたのか】
(安間)衝突のあったのは、中国とインド、そしてパキスタンの3つの国に囲まれた「カシミール地方」という地域です。

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標高4000メートル以上の険しい山岳地帯で、3つの国の間でそれぞれ領土の主張が食い違い、国境が画定していません。

今月15日、実効支配線をはさんで駐留する双方の部隊の間で、投石やこん棒で殴り合うという異例の形で衝突となり、インド軍によりますと、インド側の20人が死亡、中国側にも死者が出たということです。
銃など武器を使わなかったのは、偶発的な戦闘を防ごうと、両国で取り決めていたためですが、死者が出たのは45年ぶりとなりました。

この付近では、先月から、相手側が越境したなどとして小競り合いが起き、今回の衝突はそれが先鋭化した結果でした。
衝突直後、互いに非難し合っていた両国は、今週に入って緊張緩和に向けた措置をとることでひとまず合意し、これ以上の事態の悪化を食い止めようとしているようです。

【中印国境紛争の歴史】
(安間)両国の国境紛争は、長い歴史があります。
1954年、領土・主権の尊重、不可侵などを決めた「平和5原則」を掲げ、共存していくことになりましたが、このとき国境は画定せず、対立の火種は残されたのです。
このあと中国が支配下に置いたチベットをめぐって両国の関係は悪化。
1962年には戦火を交える紛争に発展し、このとき中国がインドを圧倒して、支配地をインド側へと拡大したのです。
その後、にらみ合いや小競り合いはあったものの、双方がおおむね自制したことで、激しい衝突になることはあまりありませんでした。

【中国はどう考えているか】
(安間)加藤さん、インド側は今回中国が越境して挑発したと主張していますが、中国は他の地域で見られるように、拡張主義的な動きを強めていると見ていいのでしょうか?

(加藤)私も当初は中国が強硬な姿勢に出るとみていたのですが、どうもその後の動きをみていると様子が変なのです。
確かに中国は、このところ対外的に強硬な姿勢で臨む、戦う狼と書く「戦狼」外交を展開してきました。
例えば、アメリカやオーストラリアをはじめ、東シナ海、南シナ海、台湾海峡に面する国や地域に対して、威圧的で強硬な姿勢や行動が目につくようになってきています。

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ところが、今回のインドとの衝突では、直ちにインド側と協議を行い、できるだけ穏便に処理しようとしているように思えます。自分たちがどれだけ被害を受けたかすらも明らかにしていないのです。
そこからは強気一点張りのように見えた中国の戦狼外交にも意外な弱点があることが見えてきたように思えます。

なぜ今回、中国がインドに対して、強気に出ないのか。
私は、中国が最大の外交戦略として進める大規模な経済圏構想「一帯一路」と深くかかわっているのではないかとみています。

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こちらの図は、中国の国営メディアが伝えた「一帯一路」の路線図ですが、海のルートを見ると不思議なことに、中国の友好国とみられるパキスタンやミャンマーは経由していません。
しかもスリランカから逆もどりさせてまでわざわざインドのコルカタを経由させています。
実際には、インドを取り巻くように、スリランカやパキスタン、ミャンマーなどで港の整備を行い、インド包囲網を形成しつつあるように見えるのが実態なのに、中国が示す路線図にはそうした実態はほとんど描かれていないのです。
これは一帯一路政策を進めるうえで、インドを仲間に引き入れなくてはならないという中国の外交姿勢を示したものといえるでしょう。

【インドはどう考えているか】
(加藤)今回の衝突ではインド側も中国側との協議に応じましたが、インド側はどのように見ているのでしょうか?

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(安間)インドにも、中国との間で戦争や決定的な対立を避けたい事情があります。
人口はほぼ匹敵する規模とはいえ、経済規模は中国のおよそ5分の1。軍事費も中国の3分の1以下です。
1962年の国境紛争では屈辱的な敗北となり、負ける戦いはしたくないというのが本音だと思います。

さらに無視できないのが、経済の結びつきという実利です。
中国はインドにとって最大の貿易相手国であり、製造業振興など経済発展を目指すモディ政権の方針にも欠くことのできないパートナーとなっています。

しかしだからといって、領土問題、つまり主権で、譲るわけにはいきません。
2014年に就任したモディ首相は、ヒンドゥー至上主義というナショナリズムを基盤に支持を拡大してきました。
領土問題で対立する中国とパキスタンに対して弱腰の姿勢を見せると、一気に求心力を失うおそれがあります。

インドにとって中国は、対立・警戒しながらも「大人の関係」で付き合っていかなければならない隣の大国ですが、今回の衝突でインドは、やはり「警戒を解いてはいけない相手」だという思いを新たにしたのではないでしょうか。

【インドはどこへ向かうか】
(加藤)では、インドはこれからどのような方向に向かうのでしょうか?

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(安間)インドは、日本やアメリカが掲げる「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた重要なパートナーとして位置づけられています。
中国と激しく対立するアメリカのトランプ大統領は、ことし9月にG7=主要7か国の首脳会議を自国で開こうとしていますが、インド、オーストラリア、韓国、ロシアの首脳を招待し、インドのモディ首相は出席に前向きな考えを示しています。
トランプ大統領は、中国を取り上げ、“対中国包囲網”とも言える各国の連携を築いて、インドにも協力を求める構えです。
さらに中国と対立を深めるオーストラリアも、経済・安全保障面でインドと協力を強化しようとしています。

インドが、今後、こうした“対中国包囲網”に加わっていくのかどうか。
私は、独立した大国、世界のひとつの極であることを自負するインドは、決してアメリカなどのいいなりになるのではなく、アメリカ側と中国を天秤にかけながら、どのような利益を引き出せるかしたたかに見極めていくと見ています。

【中国が注視 インドの動向】

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(加藤)実は、中国は内陸部の2万2千キロ以上に及ぶ陸上国境で14か国と世界で最も多くの国と接しています。
中国が、このところ逆の海側、つまり東シナ海、南シナ海などで威嚇的な行動に出られるのも、そうした裏側、西側の陸上国境が安定していることが大前提なのです。

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先ほどの「一帯一路」の地図を見ると、陸上ルートでも不自然な線が描かれていることがわかります。
それはトルコからわざわざ逆戻りして、ロシア経由でヨーロッパに入っていることです。

つまり、中国にとって一帯一路には、大国のロシアとインドとを抱き込まざるを得ないことを意味している。
裏返せば、ロシアとインドがともに中国と対立すれば、手を組んで一帯一路を分断することもありえるのです。

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特にインドは、最近、アメリカやオーストラリアなどからラブコールを送られているだけに、中国がうまく付き合えるかどうかは、今後の中国の対外戦略の行方をも左右することになるでしょう。

これまで国際情勢を見るうえで、とかく米ロ、米中の対立という構図が描かれることが多かったのですが、今回の中国とインドの衝突をめぐる動きは、そうした対立構造の新たな変動要素として、インドがキャスティングボートを握る時代がくることをも予感させるものになったといえるでしょう。

(加藤 青延 専門解説委員 / 安間 英夫 解説委員)

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